東方幻影人   作:藍薔薇

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第433話

創造、創造、創造…。カラコロと硬いものが次々と机の上を転がる。小さな山が出来る程度に積み上がったそれは薄い虹色の光を反射している。過剰妖力を満たした金剛石。

 

「…はぁ」

「疲れた?」

「いえ、まだ平気ですよ。…えぇ、平気です」

 

隣でわたしの肩に寄りかかっているこいしに答える。体力を妖力に変換しながら創造しているため多少の疲労感はあるが、体力的にはまだ大丈夫。もう少ししたら休めと言われるかもしれないが、あまり時間がないのだ。多少の無茶は許してほしい。

しばらく金剛石を創り続け、視界がチカチカと明滅し始めたところで一旦止める。瞬間、体力と妖力の大半を持ってかれた体から一気に力が抜けた。寄りかかっていたこいしにわたしも寄りかかる形になってしまい、少し悪いことしたかなぁ、と思いながら疲労感の入り混じった息を吐いた。

 

「大丈夫?」

「…大丈夫ですよ」

「ならいいんだけど、幻香は平気で無茶するからなぁ」

「そうかなぁ?」

「そうだよ」

 

無茶してるならこんなところで休まないんだけどなぁ。そうすれば、追加で五、六個は創れるだろう。…まぁ、また創る予定だから倒れる前に休んでおこうと思ったのが主な理由だけど。

そんなわたしの考え込みで無茶の範疇に入れているらしいこいしは、口先を尖らせて髪先をクルクルと弄っている。ご不満らしいこいしに思わず苦笑いしながら、あらかじめ注いでおいたお茶を口に含んだ。すっかり冷めてしまっていたが、味に支障はない。

寄りかかっていた姿勢を正し、両手を組んで真上に伸ばしていると、手先を髪から金剛石に移したこいしがわたしを見上げた。

 

「お姉ちゃんに聞いたんだけどさ、幻香は八雲紫ってのとやり合うつもりなんでしょ?」

「ま、そうですね」

 

今創っている金剛石も、そのためのものだ。こいしが摘まんでいる一つでは大した妖力量ではないかもしれないが、塵も積もれば山となる。数を増やせばいい。八雲紫相手に妖力が多過ぎて困るということはない。出来るだけ多い方がいいのだが、いくつ創れるだろうか?

 

「どうしてやり合うの?」

「…どうして、ですか」

「うん。博麗の巫女の霊夢となら何となく分かるよ。あれでしょ?負け逃げしたから次こそ勝つぞ、みたいな感じでしょ?けどさ、八雲紫のはよく分かんない。前は脅迫して押し込めたんでしょ?なら、今回もわざわざ戦う必要があるのかなぁ、って」

「ただの自己満足ですから、ないと言えばないですよ。…ま、あれだ。それらしい言い方をするならば、博麗霊夢と戦う際に手出しされる前に潰した方が楽そうだから、かな。色々と言ってやりたいことがあるし」

 

そう言いながら天井を見上げる。細く吐いた息には、疲労感よりもやり場のない怒りが込められているのが嫌でも分かる。次いで頭に浮かぶのは、成長した道について。気づいたら相当歪んだ成長を遂げていたことを、見返してしまったこと。

わたしは、別に間違っていてもいいとは思っている。過ちからしか得られないものだって存在するから、完全に無価値であるとは思っていない。きっと、正答よりも価値のある誤答だってある。だから、わたしが外れた成長をさせられたとしても、そのことについてどうこう言うつもりはない。事実、創造の確かな一歩はその外れた成長からだ。

けれど、心情的に穏やかでいられていないのも事実。かなりむかついている。…まぁ、このやり場のない怒りはやる気の着火剤にでも転嫁して昇華させることにしよう。そうでもしないと、今後に支障が出そうだ。

 

「あとは、諦めてもらうため、かなぁ」

「諦める?」

「そう。あの時、わたしは全てを賭けた。目的を成就しなければ、わたしの全てを八雲紫に譲渡するという口約束。わたしの目的は博麗霊夢と戦うことだったけれど、八雲紫は博麗霊夢に勝利することだと思っていそうなんだよなぁ…」

 

というか、そう思わせるような言い方をした。あの時は勝敗なんてどうでもよかったし、どう転んでもよかった。けれど、今回は下手に転ぶと後がなくなる。過去を持ち出されると困るかもしれない。

 

「そのことを説明してもいいけれど、それでも力尽くで取りに来てもおかしくない」

「そうなの?」

 

八雲紫がここにわたしがいると知れば、取りに来てもおかしくはないかなぁ、と頭をよぎったのだ。何せ、今のわたしは封印されているはずの存在。つまり、幻想郷に存在していないのだ。存在しないものをどうしようと、誰にも何も言われることはあるまい。見方を変えれば、とても都合のいい状態である。

 

「それだけわたしには価値があるらしいですよ。自分で言うのも何ですが、わたしって結構便利ですからね」

 

未だに生命創造には至らないが、わたしが博麗霊夢の精神を複製してしまえば、博麗の巫女は途絶えることなく続く。博麗の巫女は才能によってのみ務まるのならば、その才能のみを切り取ることだって出来るだろう。そうすれば、好きなだけ量産することだって夢ではない。…まぁ、流石に量産はしないと思うけれど。

自嘲するように笑っていると、こいしに頬を突かれた。チクリと爪が刺さって少し痛い。

 

「自分のことでも、ものみたいな言い方はしてほしくないかなぁ」

「悪かったですよ」

 

たかが精神だけのわたしはものですらない、とは言わない方がいいだろう。体に至っては借り物だし。

 

「ま、それでだ。わたしは八雲紫の所有物になりかねない」

 

さっき謝ったが、わざとものであると言う。こいしの目が細くなったが、気にせず続ける。

 

「けれどさぁ、所有物にするなら制御出来て当然でしょう?扱えないものなんて使えない。わたしの全てを得ても使い物にならないことを証明するために、わたしは八雲紫を打ち負かす。完膚なきまでにね」

 

そう言いながら、わたしは静かに嗤う。頬が吊り上がるのが止められない。あまりいい顔をしていない自覚はあるが、それを取り繕う必要もないのでそのままだ。

 

「うわぁお、悪い顔してるねぇ」

「…ま、そんな理由かな。納得出来た?」

「出来たよ。大丈夫、幻香なら勝てるよ」

「そう言ってくれると嬉しいです」

 

ま、簡単に勝てるとは思っていないけれど、勝つための手段は大量に考えてある。後は、準備を出来るだけしておき、上手くいくことを願うだけ。

こいしの頭に手を乗せると、こいしの一息吐く音が聞こえた。嬉しいような、寂しいような、そんなどっちつかずな音だった。

それからはお互いに何かを口にすることはなく、静かな時間だけが流れていった。わしゃわしゃとこいしの頭を撫で、寄りかかってくるこいしの体重を感じ、お互いの呼吸を聞くだけ。生産性だとか、利益だとか、必要だとか、そういうのとはかけ離れているこの沈黙に支配された時間が不思議と心地いい。

しばらく緩やかな時を味わっていると、扉を叩く音が静寂を破った。空間把握。念のため、誰が扉の前に立っているのか把握しておく。…ふむ、さとりさんのペットか。もしや八雲紫かその関係者ではないかと考えたけれど、そんなことはなかったらしい。

寄りかかっていたこいしの身体を正しながらゆっくりと腰を上げ、カチャリと鍵を開け扉を開いた。

 

「何の用ですか?」

「これを。さとり様からです」

「分かりました。ありがとうございます」

「確かにお渡ししました。それでは」

 

封筒を手渡したさとりさんのペットは、ペコリとお辞儀をしてから静かに扉を閉めた。わたしが鍵を閉めるころには、既に遠ざかる足音が聞こえてきていた。封筒の上端を妖力弾で吹き飛ばしながら、元いたこいしの隣に腰を下ろす。

 

「お姉ちゃんは何て書いてたの?」

「えぇと、…え、本当に?」

「八雲、藍?誰それ?」

「八雲紫の式神ですよ。従者と言い換えても構いません」

 

数刻前に八雲藍が地上と地底を繋ぐ大穴を下りて旧都を通り、地霊殿まで訪れていたらしい。八雲紫は二日後の日付が変わると共に参上する、と伝達だけして去っていたそうだ。日付が変わる瞬間って、この昼夜の存在しない地底でどうやって知ればいいんですか…。

万が一にも読み違いがないように数度読み直し、手紙を折ってから机の上に放る。…期日は決まった。胸の奥からふつふつと沸き上がるものを感じながら、右手のひらを見詰めた。…ついに、決まったんだ。ようやくだ。

 

「…とうとうだね」

「ですね」

「あーあ、早かったなぁ…。もう、幻香とお別れかぁ」

「…ですね」

 

確かに別れは近い。けれど、今のわたしはそれに対してどうとも思えない。漆黒の心は既に凍てついている。

わたしを見上げるこいしと目が合った。目を逸らせない。逸らしてはならない。…零しては、ならない。

 

「…また、会えるよね?」

「会えるといいですね」

 

確約は出来ません。けれど、希望だけは。

 

「約束出来る?」

「…しましょうか、約束」

 

ごめんね、やっぱりわたしは嘘吐きだから。この約束だって、結局破るかもしれないんだ。

そう思いながらも、わたしの顔には微笑みのみが浮かんでいる。小指を結んだ約束を、わたしは守れるだろうか。守らせてください。

 


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