東方幻影人   作:藍薔薇

431 / 474
第431話

まず、わたしが灼熱地獄跡地で霊烏路空が語っていたことを一字一句違わず思い返す。その時にわたしが言ったことも含めて全部だ、かなり吹っ飛んだ自称完璧な計画に関しても、わたしが思ったことを添えて思い返した。

 

「…そうですか。お空は、自らの意思で、計画的に、引き起こしたのですね」

「っ!…そんな…っ」

「ですが、貰った、ですか…。お空が目覚めたら訊いてみる必要がありそうですね…」

 

何時、誰が、何故と気になることは浮かんでくるが、わたしの場合はどうやってが一番気になる。地底の妖怪たちが誰一人気付くことなく灼熱地獄跡地にいた霊烏路空と会い、そして気付かれることなく去っていったわけだ。そんな手段はあるのだろうか。真っ先に浮かぶのは八雲紫だが、それをする理由が不明だ。仮に八雲紫がやったとすると、その結果として大事な幻想郷が丸ごとお陀仏になりかけたことになる。流石にそんなことをさせるとは思えない。

それと、貰ったということは、与えた側も同等以上の力を有しているのだろう。核融合を簡単にさせる力を超えた力、かぁ…。一体どんな力なのやら。対生成と対消滅かな?…対生成、わたしがやってることじゃないか。ちょっと原理が違うっぽいけど。

 

「…何時、誰が、何故、どうやって。それはお空が覚えていることに期待しましょう。…お燐、貴女はお空に何か語っていませんでしたか?」

「え、っと…。な、何をでしょうか?」

「あぁ…。例えば、私達は地底に追いやられている、いつか地上に上がりたい、みたいなことです。お空が灼熱地獄跡地を暴走させた理由は、端的に言うと地上侵攻でしたから」

「そんなことは…、言ってましたね…。大分前の話になりますが、地上から落とされた妖怪の話をした覚えがあります。他にもお喋り程度の会話でいくつか…」

「…そうですか」

 

そう言うと、さとりさんは目を強く瞑った。深い思考の中に沈もうとしているようだけど、次のことに移っていいのかな?…あぁ、駄目だ。既に周りのことが気にならない深みに沈んでる。考えがまとまるまで放っておこうか。

さとりさんの意識が戻ってくるまでの間に核融合も再現出来そうだなぁ、と考えていると、霊烏路空を拭き終えたらしいお燐さんの顔がこちらに向いた。その顔はあまりいい表情とは言えないもので、少なくとも今から口にする言葉にいい感情があるとは思えないものだ。

 

「…お空をこうしたのは、あんただよね?」

「こう、とは?」

「こんなに傷だらけにしたのは、だよ。そのくらい分かってるでしょう?」

「いや、もしかしたらこうするように誑かしたのは、かもしれないじゃないですか。それとも、こんな強力な力を与えたのは、かもしれませんね…。流石にそう思われたとなると、言いがかりだと言いたくなりますが…」

「答えなよ。…早く答えろッ!」

「やりましたよ。あんま大声出さないでくださいよ…」

 

考え続けているさとりさんに指差しながら言ったが、お燐さんはわたしのことを睨むばかりだ。…まぁ、睨みたくなる気持ちは分からなくもないけれども。

そう思いながら、一つため息を吐くと、ガッと襟首を掴まれて思い切り引き寄せられた。お燐さんの顔が近い。怒りに染まったその顔を、わたしは冷めた目で見ていた。

 

「ここまでやる必要はなかったんじゃあないかいッ!?」

「逆に、ここまでやる必要はなかったと何故分かるんですか?」

「なっ!こんなに傷だらけにしといてその言い草は何だい!?」

 

更に詰め寄ってくるお燐さんの顔を見ながら、わたしは一つ例え話をした。

 

「仮に、だ。霊烏路空が百で止まるとする。ただし、その数値は見えないものとする。わたしはきっと、五百や六百ぐらい、もしかしたらそれ以上の過剰な数値で止めたのかもしれないね。けどさ、これ以上傷つけたくないから、何て甘い考えで八十で終わらせてもう大丈夫だ、何て言ったら地底は地上も巻き込んで丸ごと滅んでいたんだよね。…その場合、貴女は責任を取れますか?」

「っ、それでもお空が死んだら――」

「死んでもいいんだよ。それで止まるなら、わたしは殺すよ。心臓を潰し、首を刎ね、細切れにし、灰一つ残さず、殺し尽くす。過剰なくらいでちょうどいい。さとりさんにはこう言うよ。『必要な犠牲でした』とね」

 

そもそも、さとりさんが最悪殺しても構わないと言ってたでしょうに。そう続けようと思ったが、椅子の背もたれに押し付けられた衝撃で口を閉ざす。…あぁ、酷い顔だなぁ。許せない、って書かれてる感じ。

 

「…許されるつもりなんてない。わたしはそう言ったはずですよ…?」

「っ!あんたって奴はぁっ!」

 

襟首を掴んでいた手で押し付けられる。首が絞まる感触。息が詰まる。呼吸が出来ない。…何だ。霊烏路空が死ぬのは嫌でも、わたしが死ぬのは許せるってか。別にいいけど。

 

「ッ!?…っ、ぶ…ッ?」

「駄目だなぁ…。こんなんじゃあわたしを殺すには程遠いよ」

 

ただし、やられっぱなしでいるほどわたしは優しくないんでね。右手でお燐さんの顔を掴み、両側のこめかみを中指を親指で挟んだことで首を絞めた手が僅かに緩んだ。その瞬間にお燐さんを引き剥がし、そのまま後頭部を床に叩き付けた。顔を掴んでいた手で口を押さえておいたので、悲鳴はほとんど漏れることはなかった。

頭が大きく揺れたせいか、何が起きたかよく分かっていないらしいお燐さんを霊烏路空を寝かせている椅子の横に置いておく。まぁ、少しすれば正常な思考が戻るだろう。

 

「…幻香さん、暴れるなら外でやってくれませんか?」

「すみませんね。まさかこんなところではしゃがれるとは思ってなかったので」

 

いつの間にか考えがまとまったらしいさとりさんにそう言われたが、あちらから始まったことだ。わたしに言われても正直困る。廊下に出すくらいしていればこう言われなかったのだろうか?…ま、お燐さんが今の霊烏路空から離れたいとは思わないだろうから、ここで始まってもしょうがないか。

 

「そうですか…。まぁ、お燐にはお燐の言い分があります。どうか許してあげてくれませんか?」

「わたしなんかに許されたいなんて思ってないでしょ」

 

そもそも、どうでもいいから。許す許さないの範疇じゃない。ただ、殺すつもりなら殺されることも意識しておいてほしい、とは思ったけれど。

多少乱れた服を軽く整えつつ、わたしはこの話題を打ち切ることにした。これ以上話しても意味がない。それよりも重要なのは、霊烏路空をどうするかだ。そのために次のことを思い返す必要があるか。

 

「…いえ、貴女がお空をどう止めたかは思い返さなくて結構です。後は、お空が目覚めてからということになりますね」

「はぁ、そうですか。すぐ目覚めてくれるといいんだけど」

 

未だ目を覚まさない霊烏路空を見ながらそう言うが、言ったから目覚めるというわけではないだろう。かなり殴りましたからねぇ。いつ起きることやら、わたしには分かりませんよ。

そんなことを話している間に、お燐さんが咳き込みながら起き上がった。意識がまともになってすぐにわたしを睨むあたり、やはり許されたいなんて思っていないのだろう。そもそも、彼女もそういう範疇じゃないのだ。わたしを許さないでお終い。それ以上はない。

この軋轢はそう簡単には埋まらないだろう。わたしはわざわざ埋めようと思っていないし、彼女も埋めようなんて思わないだろう。わたしが許しを請えばもしかしたら埋まるかもしれないけれど、するつもりがないからしょうがない。

とてもではないが口を開く気になれない雰囲気の中、わたしは霊烏路空が目覚めるのを待った。部屋に戻るという選択は、その時は不思議と思い浮かばなかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。