東方幻影人   作:藍薔薇

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第424話

随分長いこと下り続けていると、初めて地底へ下りた時のことを思い出す。新たな地に居場所を求め、大きな不安とほんの少しの期待を胸にしていた覚えがある。受け入れられるだろうか、殺されないだろうか、何処に住むことになるだろうか、一人くらい友達が出来るかな、そんなことを考えていた。…まぁ、まさか大切な待ち人がそこにいるとは思っていなかったけれどね。

ただし、今回下りて到着する場所は旧都ではなく灼熱地獄跡地、待ち人はこいしではなく霊烏路空だ。どう止めればいいか、止められるだろうか、死んでしまわないか、殺してしまうのではないか、そんなことが頭を過ぎるが、不思議と不安はない。止める。その使命が決意と共に胸に灯っている。

 

「…今のところ問題なし、と」

 

わたしが着用している防護服のおかげで暑さは全く感じない。時折、新たな空気を創造しなくてはならないのが面倒だが、息苦しいという感覚もない。期待通りの働きをしてくれていることにホッとした。

首を曲げて底を見下ろしていると、その奥に僅かな光が見えてきた。白に僅かに橙を混ぜたような色は、確かに太陽を思わせる色合いだ。灼熱地獄跡地に、霊烏路空に確かに近づいている。

 

「…大丈夫かな?上のほうは」

 

わたしのほうは別に不安はない。ただ、旧都で暴れているであろう異変解決者のことが心配だ。異変解決者の推測だが、魔理沙さんがほぼ確定。おそらく霊夢さんもいるだろう。他にも何人かいるかもしれないけれど、この二人がいないということはわたしには考えられない。

その彼女達がまさか殺されてしまうのではないだろうか、という心配もあるだけど、彼女達がここまで来てしまうことのほうがわたしは心配だ。この状況で鉢合わせになりたくない。何せ、彼女達からすれば封印されているはずの存在が何故か灼熱地獄跡地にいるのだ。さとりさんに頼んだことの一つに彼女達の足止めがあるのだけれど、それもどのくらい持つだろうか…。

ついでに、無意識に変なことを口走ってしまう恐れと、顔を見ることで一時的とはいえ記憶が蘇ってしまうこいしに決して合わせないようにすることも頼んでおいた。この環境でこいしを部屋に閉じ込めるのは非常によくないだろうが、わたしの今後のために身を隠していてほしい。

そんなことを考えながら下り続けていると、底からの光がより一層強くなった。灼熱地獄跡地は近い。

 

「…どう、お燐?私と一緒にやる気に――って、違ったわ。誰、貴女?変な服」

「貴女が、霊烏路空ですね?」

「そうだよ。私に何か用?」

 

ほぼ自由落下の同じ速度で下りていたわたしが音を立てて着地すると、振り返った彼女はそう言った。ザッと灼熱地獄跡地を見回すと、かなり広い空間だった。足場となる場所が用意されているが、地球の核と思われるマグマが真下に見える。しかも、足場を踏み外せば落ちてしまう。最初から飛んでいたほうがいいかもしれないなぁ…。あと、変な服は放っとけ。

さて、目の前にいる彼女が霊烏路空だろう。まず真っ先に目が行ったのは右腕に装着されている多角形の棒。そして右脚の鉄塊。それから鴉を思わせる漆黒の翼。最後に胸元の真っ赤な瞳。太陽を浮かべているという話だったが、今はそのようなものは見当たらない。さとりさんのペットの一人なのだから、きっと鳥系統のペットなのだろう。苗字にも入っているし、最初に浮かんだ鴉が妖怪化した存在かもしれないな。

一通り観察をし終え、無邪気ささえ感じられる彼女の眼を見つめる。さて、ひとまず交渉を始めよう。

 

「目的は灼熱地獄跡地の過剰稼働の停止だ。貴女が止めてくれるなら話が楽になるんだけど、どうかな?」

「わざわざここまで来てくれた見ず知らずの誰かさんにこんな事を言うのは心苦しいんだけど…、もう遅い。遅過ぎたわ。止めるつもりなんて全然ないし、もう決して止まらない」

 

止めるつもりはない、と。つまり、彼女は灼熱地獄跡地の過剰稼働を止めることが可能であるらしい。正直、ホッとした。仮に彼女を生かしても殺しても止まりません、では困るところだった。ただし、彼女を殺せば止まるのかは不明だが。

見ず知らずの誰かさん、と言われて名を名乗ろうかと考えた。しかし、止めておいた。わたしの名前何てわざわざ覚えてもらう必要はないだろうし、仮にわたしが彼女を生かして解決した後で異変解決者がここに来て、その時に彼女にわたしの名を言われると非常に困るから。

 

「さとりさ…様が、貴女が引き起こしていることに頭を抱えています。具体的には、異常なまでの気温の上昇と度重なる地震に」

「さとり様が?…んー、けど、しょうがないよ。私が貰ったこの究極の力を使うたびに灼熱地獄の炎がより強くなり、それに伴って間欠泉がより強く噴き出す。熱は炎が生み出す副産物で、地震は間欠泉の勢いが生み出す副産物。…えぇ、しょうがないわ」

「それを止めてほしい、と頼まれてわざわざ来たんだけどなぁ…」

「じゃあ、諦めて帰ればいいと思いますよ?」

「そういうわけにもいかないんだよなぁ、これが」

 

はい、この自白で異常事態の主犯者が彼女であることがほぼ確定した。ただし、究極の力を貰った、という点が一つ引っ掛かる。誰かがここに来て、彼女に力を与えた。一体誰が?何のために?…いや、今はどうでもいいか。

それにしても、さとりさんの名を出しても駄目か。一番楽に止められると思ったんだけどなぁ…。あまり好かれていないだろう、みたいなことをさとりさん自身が言っていたし、駄目なら駄目で次の手段だ。

 

「貴女がその究極の力とやらで何をするつもりかは知らないけれどさ、今のさとり様は最悪の事態を考えている。ここのマグマが急上昇して、旧都が丸ごと燃え尽きること。…まさか、そんなことが起こるだなんて言いませんよね?」

「起こるよ」

「…は?」

 

今、何て言いました?聞き間違いだと思いたい、…いや、信じたいが、わたしは今確かに起こると聞こえた。…え、本当に?本気で?

 

「起こすんだよ。この究極の力で、地上の全てを融かし尽くす…」

「最悪だ…。嫌な可能性が当たってしまった…っ」

「そして、地上を破壊し新たな灼熱地獄を生み出す…!私の完璧な計画!地底の皆も大喜び!」

「は?」

 

何処がだ。何処が大喜びだ。何処にそんな要素がある。話が一気に飛躍していないか?…おい、何故勝ち誇ったような顔でふんすと言わんばかりに鼻息を吹き出す。意味が分からない。

まあ待て。一旦落ち着こう。とりあえず、彼女曰く完璧らしい計画を推測してみようではないか。地上を破壊すると地底の皆が喜ぶらしい。…あぁ、確かに喜ぶかもしれない。何せ、旧都に住む妖怪たちのほとんどは地上に疎まれ恨まれ嫌われた者達。滅べば喜ぶ者もいるだろう。新たな灼熱地獄を生み出すと地底の皆が喜ぶらしい。…まぁ、喜ぶ、のか?旧地獄に住む者が新たな地獄に移住する。環境はともかく、字面は大して変わらない。…喜べるか、これ?

そもそも、その過程で旧都が丸ごと滅ぶんですが。大喜びする皆が死んでしまうんですが…。何処が完璧なんだ。ちょっと教えてほしい。

 

「…あの、その前に旧都が滅ぶんじゃあないですか…?」

「うにゅ?大丈夫でしょう?私もお燐も平気だから」

 

基準がおかしい。散々おかしいと言われてきたわたしが言うのも何だけど、それは明らかにおかしい。あまりにも早計過ぎるだろう。完璧とは…。

…少し話をして分かった。この感じ、これ以上話しても止める気はない。彼女の中でお粗末な計画を実行することは決定事項であり、それを止めるのは言葉ではおそらく不可能。つまり、だ。

 

「…何、私とやる気なの?確かに私がいなくなれば灼熱地獄は元通りになるけれど…」

「それを聞いて安心したよ。これで、心置きなく攻撃出来る」

 

一歩踏み出したわたしに対し、霊烏路空は空いている左手に小さな太陽を生み出した。…はは、本当に太陽を浮かべちゃったよ。

しかし、ここで怯むわけにはいかない。既に覚悟は決まっている。決意は固めている。まさか、躊躇いは残っているのか?…ないな。さぁ、やろうか。

 

「黒い太陽、八咫烏様…。我に力を与えて下さり、感謝いたします…。さぁ!私の究極の核エネルギーが全てを融かし尽くす!どうやって私を倒すつもりかしら!?」

「それはこれから考えるよ。…けれど、付け入る隙は思ったより多そうだ」

「不可能ね!この究極の核融合で身も心も何もかもフュージョンし尽くすがいい!」

 

両手を軽く握り、わたしはさらに一歩踏み出す。…さぁて、異変解決者が来る前に片付けないとなぁ。上はどうなってるかな?ま、出来るだけ急がないとね。

 


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