地面に一枚の板を敷き、真ん中に焚き火を一つ。その後ろに大きな傘を差している。わたしとこいしは、その傘の下で串刺しの焼き林檎を頬張りながら、薄っすらと雪が降り積もる地霊殿の庭を眺めていた。
「行けーっ!そこだそこ!」
「さてさて、どうなるかなぁ…?」
そこでは肉と肉がぶつかり合う鈍い音が、肉に被弾する音が断続的に響いていた。赤髪と青髪の二体がお互いを攻撃し続けているのだが、一向に流血の気配はない。当然だ。血なんて流れてないのだから。あれらは区別を容易くするために髪の毛の色をそれぞれ赤と青に着色した
お互いの性能は大きく異なる。赤髪は射撃を主とし、青髪は打撃を主とする。ゆえに、赤髪は距離を離し、青髪は距離を詰める。赤髪のほうは過剰妖力を妖力弾として外に出す必要があるため妖力消費量は多いが、攻撃を受ける頻度は少ない。青髪のほうが過剰妖力を移動のためにのみ使えるため妖力消費量は少ないが、攻撃を受ける頻度は多い。
わたしは赤髪が勝利すると予想し、こいしはそれなら逆をと青髪が勝つと言った。勝負を見届けていると、急に青髪が動きを止めて倒れた。過剰妖力がなくなって動けなくなったのではなく、累計一定以上の衝撃を受けると機能を停止するようになっているから止まったのだ。
「うなーっ、負けたーっ!最後の一個は幻香のかぁ…。残念っ」
「ふふっ、楽しそうですね」
「それはそれとして、これで完成?」
「どうかなぁ。ま、実用出来るくらいにはなったと思うよ。…思いたいなぁ」
傘の外に出たくなかったので座ったまま、動かなくなった青髪に射撃を繰り返している赤髪を回収し、死体撃ちを喰らい続けた青髪も回収する。空間把握で拡げた妖力を身体の一部とみなし、霧散した妖力を絡め取るように吸収してわたしの元へ引き戻すことで遠隔で妖力を回収することが出来るようにした。最初に拡げる妖力が全て回収出来るわけではないため僅かに損失はあるが、回収のためにわざわざ複製に触れに行く必要がなくなったのは非常に実用的だ。
勝者の景品となった焚き火の横にある焼き林檎を手に取り、齧り付きながら次の複製を創り出す。今度は完全に同じ性能で、打撃を主としている。区別のために髪の毛を緑と黄に着色した。
「どちらも同じですが、今度はどちらが勝つと思いますか?」
「じゃあ、緑で!負けたらぁ…、調理場から何か持って来よっか。焼いて美味しいの」
「分かりましたよ。わたしは黄色にしましょうか。それじゃ、始め」
そう言いながら、二体の複製に入っている情報の頭にあった待機を取り除く。瞬間、二体はお互いに向かって走り出し、同時に右腕を突き出した。そして、同時に右拳が頬に突き刺さり、雪の上を転がる。しかし、足場の僅かな差異からか、黄髪のほうが若干強い拳を受けたように見えた。
「ところで、名前は決まってるの?」
「名前ですか。決まってますよ」
「ありゃりゃ、まだ決まってなかったら、わたしが名付けてあげようと思ってたのに」
「すみませんね。既に『兵』と名付けさせていただきました」
『兵』。複製の中に入れる戦闘用情報の羅列。『碑』を使用し、その情報の全てを精神に刻み込んだ。この情報と過剰妖力を人型の複製に入れれば、簡単に量産型人型戦闘用兵器に早変わりする。兵士とも兵隊とも雑兵とも取れるが、どう取ろうとも別に構わない。好きにしてほしい。
緑髪の連打を受けながら、黄髪は重い一撃を捻じり込んだ。大きく吹き飛ぶ緑髪だが、痛覚なんてものはないためすぐに起き上がる。そして、緑髪は接近のために跳び蹴りをかまし、それを黄髪は横に跳んで躱した。『兵』の防御、敢えて受け反撃、回避などは喰らいそうな攻撃の威力を推測して決めている。
「こうして見ると、まるで生きてるみたいだよね」
「そうですかぁ?あれらに意思なんてありませんよ。ただ、決められた情報に則って決められた通りに動くだけの人形に過ぎないのに、生きてるだなんてわたしにはとても言えませんね」
「だから、まるで、だよ。前よりも変な違和感なく動いてるし、途中で急に止まったりしないし」
「…まぁ、そこはかなり努力しましたからね…」
どんな複製の身体だろうと、両腕両脚の長さが不自然に歪でない五体満足ならばちゃんと動かせるように情報を調整し、数多の情報の選択に手間取って不自然な挙動をしないように調節し、数多の情報から同時に二つ以上の選択をして矛盾を引き起こし動作が停止しないように調節した。何度も何度も確認を続け、ようやくここまで出来上がったのだ。苦労したなぁ…。
ちなみに、ようやく成功した、と思って『碑』で刻んでから不具合を起こし、再調整なんて両手の数では足りないほどあった。…つまり、思い出そうと思えば、失敗作だって思い出すことが出来る。使い道はなさそうだけど。
「おっ、いい蹴りが入ったんじゃない?ねぇ、幻香!どう思う?」
「んー、確かにかなり重いのが決められたなぁ…」
緑髪の回し蹴りを黄髪は躱そうとしたが、間に合わず側頭部に直撃。回転しながら地面に転がされ、黄髪が起き上がる前に追撃の踏み下ろしを喰らわせようとする緑髪から雪の上を転がって躱しているのが見える。あと一、二発重いのを喰らえば黄髪の機能は停止するだろう。一応賭博なので、情報から読むなんてことはしていない。
緑髪が振り下ろした脚を転がって躱し、黄髪はその脚をガッシリと掴んだ。そして、そのまま転がって緑髪を転倒させた。どちらかが起き上がろうとすると攻撃され倒されてしまうと判断したためか、二体が掴み合って転がり始める。
「頑張れーっ、緑-っ」
「…心配だなぁ」
お互いに上を取ろうとしているのは、これを見れば誰だって分かるだろう。あの様子では上を取れた方が勝つだろうが、この二体は同性能。はたして勝負は決まるのだろうか…?
そんなことを考えていたのだが、しばらく転がっていると緑髪が黄髪に跨って拳を振り下ろし出した。…あぁ、なんだ。掴み合って転がっている時の取っ組み合いで衝撃が一定を超えた黄髪の機能が停止し、それから動ける緑髪が動けない黄髪に跨れたわけか。既に機能が停止した黄髪に容赦なく拳を振り下ろし続ける緑髪から目を逸らすと、隣に座っているこいしと目が合った。
「わたしの勝ち?」
「ですね」
「やったー!」
妖力を糸のように伸ばして二体の複製に接触、吸収して回収する。あらら、負けちゃった。特に悔しいとかは感じない。ただ、今のところ不具合が起きていないことにホッとしている。
これからも何度かこうして創っては戦わせ、不具合が起こらないことを願うを繰り返す予定だ。…まぁ、百回やって起こらなければいいな、と思っている。
「それじゃあ、幻香は調理場ね!」
「何を持ってきましょうか…。今更ですがもう冬ですし、軽く鍋でも茹でましょうか?」
「いいねぇ。確か、いい野菜をこの前貰ってたはずだよ。白菜、人参、大根、蕪なんかがあったかなぁ」
「…ふむ、鶏が数羽いますね。絞めて調理するのかな?」
「じゃあ、一羽貰って一緒に食べちゃおう」
「いいんですか、そんなことして?」
「いいんじゃない?」
そう言って笑うこいしだけど、それをして許されるのはこいしだからだと思うんだよなぁ…。調理場に本当に野菜があるか空間把握して確かめないほうがよかったかも、なんて思いながら、焚き火の上に鍋を吊るすための道具を創って置いておく。
「…ま、いっか。鍋と水、野菜をいくつか、鶏を一羽。向こうである程度準備してから戻りますから、少し遅くなりますよ」
「分かった。けど、出来るだけ早く帰ってきてね」
「善処しますよ。出汁の味は醤油があれば十分かなぁ…」
鍋の味付けについて考えながら、わたしはゆっくりと立ち上がる。さて、寒さ対策のために窓は全て閉められている。しかし、地霊殿の入り口まで回るのはちょっと手間だ。けれど、そんなものはもう関係ない。
壁に手を触れ、妖力を使う。瞬間、壁が外側に引っ張られるように歪み、人が通れる程度の大穴が空いた。
「それじゃ、行ってきますね」
「いってらっしゃーい!」
大穴から地霊殿に入ると、大穴はゆっくりと元に戻っていく。そこには、何一つ変化した様子のない壁が残された。床に僅かに積もった雪がゆっくりと解け、その場を濡らした。