東方幻影人   作:藍薔薇

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第405話

塵取りを地霊殿の裏まで押していき、端を持ち上げて灼熱地獄跡地に中の瓦礫を放り込む。一足先に到着していた妖怪達も塵取りの中身を落とし終えたようだ。

 

「…よし」

「これにてお終いですわ!」

 

真横に立っていた細身の妖怪が声高らかに宣言したように、瓦礫の撤去作業がようやく終了した。旧都には細かい破片などはあれど、邪魔になりそうな瓦礫の類はほぼすべて撤去されたことになる。ヤマメさんなどの地底の妖怪達は家々の建て直しをしているだろう。

一つに集まって皆で喜んでいる彼女達を放っておき、その後ろに放置されている先程まで使われていた塵取りをまとめて全て回収し、肩の力を抜き体内を渦巻く熱を抑えながらホッと一息吐く。これで一段落かな。

 

「…お?」

 

そう思って気が抜けたのか、突然体が横に傾いた。慌てて片脚を出して踏ん張り、体勢を整える。体が重い。瞼が重い。疲れた。眠い。けれど、まだ休むには早過ぎる。旧都の復興は終わっていないのだから。

 

「もう、意地張ってないでいい加減休んだ方がいいよ」

「…あぁ、こいし。いたんですか」

「さっき来たところだよ」

 

欠伸を噛み殺しながらこめかみを強めに押して眠気を誤魔化していると、近くに着地した音と共に後ろから声を掛けられてゆっくりと振り向いた。その際にちょっとふらついたけれど、まだ大丈夫。…うん、大丈夫。

重い瞼を持ち上げる気にもなれず、腰に手を当てて怒っているように見えるこいしを半眼で見ていると、こいしの顔がズイッと目と鼻の先まで急接近した。

 

「お燐に訊いたけど、あれからずっと手伝ってたみたいじゃん。しかも休みなしで!」

「分かってるでしょう?あの惨状の半分はわたしの責任。もう半分の勇儀さんは作業してるなら、わたしだってやらないと」

「勇儀なら普通に休んでるけど?」

「あ、そう」

 

こいしの反論に対し、わたしは淡白に答えた。実際のところ勇儀さんの名前は引き合いのために出しただけで、彼女が休んでいようが休んでいなかろうがわたしに関係はない。

 

「ちょっと待ってよーっ!」

 

ふらつく足取りで未だに喜び合っている彼女達の脇を通ると、少し遅れてこいしが走って追いかけてきた。心配してくれるのは嬉しいけれど、心配されたところで止めるつもりは毛頭ない。

家々が数ヶ所にまとまって建て直されている旧都をボンヤリとした目で見回しながら歩く。地底の妖怪達も疲労が溜まっているのか、復興作業が若干遅くなっている気がする。木材を運ぶ妖怪達の数も少ないし、家を建築している妖怪達も前見たときより仕事が遅い。

ふと目が合った地底の妖怪の目付きが一瞬にして鋭くなった。その目にいい感情はなく、明らかに睨まれている。お前の所為だ、とでも言いたいのだろう。知ってるよ。分かってる。だからこうして次の作業をしようとしているんだよ。

 

「幻香ぁー、ちょっと待ってよー。言っておきたいことがあるんだけど」

「何でしょう、こいし?」

 

足を止めず、隣を歩くこいしに訊き返す。

 

「多分、もう少しで復興は滞るよ」

「…ふぅん、そっか」

 

まぁ、予想の範疇だ。可能性の一つとしては考えていた。けれど、実際に起きてほしいとは思わなかった。

 

「だからさ、もう休もうよ。勇儀が休んでる理由もそれだからさ」

「なら、なおさら勇儀さんに用が出来た。急ぎますよ」

 

そう言いながら、わたしは改めて旧都を見回す。…えぇと、勇儀さんは何処だろう?ここから見える場所にいてくれたら嬉しいんだけど、…あ、いた。本当に丸太に腰掛けて休んでる。

勇儀さんの場所が分かったところですぐに足を大きく踏み出した瞬間、踏み出した脚の膝がカクンと折れた。そのまま前のめりになったが、倒れてしまう前にこいしに支えられる。…あのまま倒れてたら顔面から落ちてたかなぁ。

 

「…ごめんね、こいし。迷惑かけて」

「いいよ、これくらい。だから、早く終わらせて休もう?」

「そうですね。さっさと終わらせましょうか」

 

疲れ切った身体に鞭を打ち、今度は倒れないようにゆっくりと歩き出す。もっと急ぎたいけれど、これ以上足を速く動かしたらまた倒れてしまいそうだ。急く気持ちを抑えながら、わたしは勇儀さんの元へ真っ直ぐと歩いて行った。中途半端にしか建て直しが済んでいないがゆえに、曲がり角だとか脇道だとかを考えずに済む。

いつもなら走ってすぐの距離を時間を掛けて歩くこと数分、勇儀さんの周りにいる鬼達の間をすり抜け、勇儀さんの前に立った。さとりさんのペット達に支給されたのか、それともどこかで拾ったのか知らないけれど、酒瓶をチマチマと呑んでいる姿を見ていると、勇儀さん本人よりも早く周りにいる鬼達の視線がわたしに集中した。

 

「姐御に何の用だ、地上の?」

「現状を訊きに来た」

 

わたしが考えた可能性が合っていないことを願う。けれど、おそらく外れない。ここに来るまでに見た旧都の復興作業から、そうだろうと思ってしまう。

 

「で、どうなんですか。勇儀さん」

「…はぁ。これ以上の復興は無理だ。木材が尽きたからな」

「やっぱり」

 

どれだけ人材があろうと、やる気があろうと、材料がなければどうしようもない。

萃香達がわたしに会いに地底まで降りてきたとき、勇儀さん含めた鬼達と派手に勝負をしていた。その結果、旧都の一区画が崩壊した。勇儀さんが妹紅と喧嘩をした。その結果、旧都は半壊した。そして今回、勇儀さん同士の勝負で旧都は全壊した。短期間でこれだけの被害が起きれば、備蓄されていた材木だって尽きてしまうだろう。

わたしの返事を聞いた勇儀さんは眉をひそめたが、すぐに視線をこいしに移した。

 

「こいしちゃん。さとりに材木が尽きてこれ以上の復興は無理だから至急対策を考えてくれ、って言ってくれないか?」

「んー、嫌だ」

「…おいおい、そりゃねぇだろこいしちゃん…」

「だって、復興はこれから終わるから」

 

こいしがそう言うと、勇儀さん含めた鬼達の視線が一気にこいしに集まった。その目はこれでもか、ってくらい見開かれていて少し気味が悪い。

 

「ね、幻香?」

 

改めて周囲を見渡していると、こいしにそう問われた。その瞬間、こいしに向けられていた目がわたしに向けられた。…うわ、怖っ。

…ま、ちょうど半分くらい、ってところかな。ちょうどいい。

 

「勇儀さん、先にいくつか言わせてください」

「…何する気だ?」

「一つ、これからわたしがやることに文句を言わないでください。二つ、何処に何が建てられても文句を言わないでください。三つ、被害を受ける妖怪が何人か出ると思いますが文句を言わないでください。四つ、わたしがこれ以降出来ないと言っても文句を言わないでください」

 

それだけ言い、わたしは目を閉じた。空間把握。妖力を薄く拡げていき、旧都全域をわたしの妖力で満たしていく。何処に何があるか、何処に誰がいるか、家が、木材が、材質が、分子構造が、全て頭に入ってくる。頭に浮かび上がる旧都の全体図。まとまって建てられている家々を、まだ何も建てられていない場所に転写する。それをひたすら繰り返し、わたしが見て歩いて回った旧都を、地霊殿から見下ろした旧都を再現していく。ただし、家の中の構造までは知り得ないから、わたしが再現出来るのは飽くまで外側だけだ。

瓦礫の撤去作業で散らばった金剛石の大半は回収出来ている。その数は優に二百を超えている。それだけあれば十二分。

 

「…さて、帰りましょうか」

 

目を開くと、見覚えのあるようでどこか違う旧都の街並みが戻っていた。そこら中で、そして目の前の鬼達からも騒ぎが起こっているが、知ったことか。わたしは眠い。もう疲れた。半分の責任はこれで果たした。いい加減、もう休んでもいいよね…?

 


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