東方幻影人   作:藍薔薇

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第396話

「休憩あってよかった」

「次は勇儀とだねぇ。勝てそう?」

「無理でしょ。勝てるわけないって」

 

そうこいしに答えつつ、先程の勝負で回収してしまった髪紐の金剛石六個を新たにくっ付ける。最後まで勝ち残った褒賞は、栄光と勇儀さんと勝負する権利。どっちもいらない。しかも、権利とか言っておきながらその権利の行使は強制である。まったく、酷い話だ。

広場から少し離れた茣蓙に腰を下ろして待機しているのだが、何かやけに妖怪達が多い。チラチラ視線を向けてくるんだけど、これから勇儀さんと戦うわたしがどんな準備をしているのか気になったのかねぇ?

 

「ところで、あれらの勝負は賭博だったんでしょう?」

「うん、そうだよ?」

「どのくらい当たったんですか?」

「ちゃんと幻香勝ち残りに賭けてたからねぇ。それだけでかなり、十倍くらい増えたよ。他の勝負でもいくらか賭けたけど、こっちはちょっと負けかな。けど、合わせれば大勝だったね!あとで美味しいもの買おっと」

「それはよかったですね」

 

まぁ、こいしが嬉しそうで何よりだ。…わたしはこれから勇儀さんと戦うから全く嬉しくないけども。

念のためもう少し金剛石をくっ付けておこうかなぁ、と袋から金剛石を取り出そうとした手で袋の口を握り、もう片方の手でこいしの腕を掴む。

 

「きゃっ!」

「チィッ!」

 

こいしと一緒に後ろへ跳び、さっきまでわたしがいた場所に拳を振り下ろした妖怪を見遣る。奇襲するならせめて殺気くらい抑えたほうがいいよ。バレるからさ。

こいしには悪いけれど空中で手を離し、後ろに創った板を足場にして蹴飛ばす。跳ぶ際に板を回収し、空いた手で目の前の妖怪の頭を掴み取って茣蓙に押し付け、顔面を擦り下ろす。静止したところで思い切り投げ飛ばし、空中を飛んでいく妖怪へ妖力弾を発射。その身体に三つの風穴を空けた。

 

「ったく、こっちは休憩してるってのに、もう…」

「痛ったた…。もーぅ、もうちょっと丁寧に下ろしてもよかったんじゃなぁい?」

「それはごめんなさいね」

 

二つほど通りを挟んだ向こう側に落ちた音を聞きながら、しょうがないじゃん、と喉元まで出かかった言い訳を飲み込んでこいしに謝る。膨れっ面をしているけれど、そこまで怒ってないみたいだ。

 

「ところで、さっきの妖怪は何しに来たんでしょうね?」

「むぅ。…お礼参りだよ。幻香がボコボコにした誰かの知り合いじゃないかな?」

「えぇ…。いいんですか、それ?」

「いいんじゃない?よくあるし」

「よくあるんかい」

 

新しくフェムトファイバーを創り、垂れ下がっている髪紐が枝分かれするようにくっ付ける。そして、袋から取り出した金剛石を五個ずつくっ付けた。…あと一本ずつ増やしておこうかなぁ。

その作業中、突然わたしに向かってきた妖怪に金剛石を過剰妖力を噴出させて射出し、着弾と共に炸裂させた。爆ぜ散った血肉と倒れた妖怪から溢れる血が茣蓙を汚してしまったけれど、そこは許してほしい。

 

「それにしても、なんで今やるんですか?せめて勇儀さんとの勝負が終わってからでもいいじゃないですか。そっちのほうが弱ってるでしょうし」

「どうせ勇儀に負けるし、それならなら今やってもいいでしょ、みたいな感じ?それに、勇儀に負けた後すぐは難しいんだよ。だって、起きるまでは勇儀が見てるからね」

「そりゃあ最強の守護者だねぇ」

 

というか、起きるまでってことはわたしが完全に動かなくなるまで続けるってことだよね?…知りたくなかったよ、そんな事実。知らずに始まるよりはマシだけども。

それにしても、そのお礼参りはまだまだ続きそうだなぁ…。髪紐に新しく一本付け足しながら、振り下ろされた斧の柄を蹴り上げて圧し折った。あらぬ方向へ飛んでいった斧の両刃は気にせず、真っ直ぐと顎を蹴り抜く。あー、面倒臭い。

 

 

 

 

 

 

しばらくお礼参りに付き合っていると、ようやく呼ばれてホッとした。そして、これから勇儀さんと逃走不可の勝負が始まることを思い出し、思わずため息が漏れる。

ネックレスと髪紐には金剛石が計三十五個、過剰回収した金剛石は抑え込める限界一歩手前まで。…まぁ、いくら妖力があってもどうにかなる相手じゃないよなぁ、とも思う。地上で例えるなら、風見幽香と死合うようなものだ。無理でしょ。

 

「いってらっしゃい」

「行ってきます」

 

観客席へと戻っていくこいしにそう言われ、少しだけ気持ちを持ち上げる。まぁ、どうせ負けが前提のどうでもいいオマケみたいなものだ。あまり深く考えても意味はない。やれるだけやって、普通に負けよう。

広場に足を踏み入れると、両手の空いた勇儀さんが仁王立ちして待っていた。…うっわ、盃なしですか、そうですか。

 

「おう、幻香。私はあんたが勝ち残るだろう、って期待してたんだ」

「…そんな期待されたくなかった」

「萃香にも妹紅にも色々言われたからなぁ。またあんたとやることを楽しみにしてたんだよ」

「何を喋ったんだあの二人は…」

 

思わず頭を押さえ、煽るようなことでも言ったであろう萃香と妹紅を頭の中で睨み付ける。まったく、本当に彼女達はわたしの何を話したのやら…。…まぁ、どうでもいいや。今更何を言っても変わるわけでもないし。

それにしても、審判の開始の合図が掛からないな。そう思いながら周囲を見渡すが、その審判がいなかった。

 

「あの、審判は?」

「いねぇよ。邪魔だから退いてもらった。あんたが始めればそれが開始の合図さ」

「あ、そう…。それなら、遠慮なく」

 

『紅』発動。右腕を勇儀さんへ伸ばし、黒紫色から漆黒まで色を変えた妖力を向ける。それを見た勇儀さんは、獰猛で好戦的な笑みを浮かべた。

 

「開始だ」

 

漆黒の砲撃を解放し、目の前の景色を丸ごと飲み込んで消し飛ばす。数秒放ったところで一旦止め、左へ飛んで距離を取る。その瞬間、いくらか血を撒き散らしながら飛んできた拳が空を切った。吹き荒ぶ衝撃波に身を持ってかれ、観客席の壁に激突した。…痛ったぁ、頭打った…。

 

「効いたぜ、今のは」

「そんな顔して言う台詞じゃないでしょう…」

 

滅茶苦茶嬉しそうじゃないか…。ぶつけた後頭部を擦りながら立ち上がり、全身に妖力を纏いながらゆっくりと歩く。

 

「当たり前だろ?強者と戦いたい。それが鬼の本能さ」

「そんな闘争本能捨てちまえ」

「逃げんなよ逃走者。まだ始まったばかりだからな」

「逃げないよ。闘争に飛び込むしかなさそうだし」

 

地面を踏み込んだ脚で妖力を炸裂させて跳び出し、わたしの拳と勇儀さんの拳がぶつかり合う。この速度込みで殴り、相手の勇儀さんはその場から一歩踏み込んで拳を振るっただけにもかかわらず、威力がほぼ拮抗している。…駄目だこりゃ。比喩じゃなくて本当に骨が折れそう。

わたしの速度が徐々に失速し、勢いが失われていく。それと共に、勇儀さんの拳がわたしの拳を押し込んでいき、肘が曲がっていく。

 

「そらよっとぉ!」

「く…ッ!」

 

そのまま殴り飛ばされる瞬間、身に纏っていた妖力を噴出させて自ら吹き飛ぶ。それでもなおこの身を襲う衝撃。筋がいくつか千切れ骨に罅が入った右腕が治っていく感触。地面に両脚を付けて止まりながら、勇儀さんを見遣る。『目』は一応ある。けれど、ちょっとやそっとじゃあ狙えなさそうだ。

というか、純粋に威力が足りていない。盃片手にしていたあの時ですらかなり手を抜いてたんだろうなぁ、ということを思い知る。本当、嫌になる。相手の強さに、自分の弱さに。

 

「ボサッとしてんな!」

「ッ、と!」

 

目の前に迫る前蹴りを転がって回避し、脚の下から後ろへ転がり込む。が、その前に振り向きながらの薙ぎ払いを見て大きく後方へ跳んだ。あっぶなぁ…。下手したら首が千切れて飛んでたぞ、あれ。

開始のときとほぼ同じくらいの距離まで離れたところで一つ息を吐き、改めて両腕を下ろして自然体を取る。さぁて、どうなることやら。

 


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