東方幻影人   作:藍薔薇

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第395話

今にも破裂しそうな妖力を無理矢理押し込めつつ、次の対戦相手が来るのを待つ。その間、この勝負の勝者と戦うことになっているらしい勇儀さんに目を向けた。畳を数帖積んだ上に胡坐をかいて座っていて、酒で満ちた盃を煽っている。そして、わたしの視線に気づいたらしい彼女に獰猛な目を向けられた。闘志は十分、って感じかな。…はぁ、これに勝ったらただでは済まなさそうだなぁ。

特に理由もないけど睨み返してみようかなぁ、なんて思ったところで足音が耳に入ってきたので止めておく。対戦相手の入場だ。…見覚えあるなぁ。今日、それもかなり最近話したことある鬼だよなぁ。

 

「よお。勝ち続けてりゃああんたとやれると思ってたぜ」

「ま、お互いに勝ち続けてればそりゃあいつかぶつかるでしょうねぇ」

「嬉しいねぇ。あんたとは五番目にやり合いてぇと感じてたんだ」

「五番目、って…。そりゃまた微妙な数字ですねぇ」

「四天王様の次だぜ?最大級の賛辞だろ?」

 

そう言われても何にも嬉しくない。思わずため息を吐きながら、両腕を軽く下ろした。相変わらず妖力が熱としてわたしの身体を焼くが、妖力量が減ったからか、それとも熱に慣れたからか、一つ前の勝負のときよりは大分楽になっている。この程度ならあまり気にならない。

 

「それでは、…始めっ!」

「まずは小手調べだ!」

 

大股でわたしに走り出し、僅か数歩で詰め寄ってきた鬼の拳を躱し、続けざまに横から迫る回し蹴りを右手で打ち上げるように押し上げる。妖力炸裂によって片脚が弾き上げられた相手の態勢が大きく崩れたところで、右脚を真っ直ぐと蹴り出した。わたし自身の蹴りと妖力炸裂が重なり、大きく吹き飛ばされていく。…あんま効いてなさそうだよなぁ。

案の定、平然と立ち合がった鬼は嬉しそうに笑うだけ。妖力炸裂を半自動化させていたけれど、これからは自発的にやるか。効きもしない時に無駄に炸裂させても意味がない。

 

「はっ…。やっぱいいねぇ、地上のォ!」

「そうかい。これから本番ですか?」

「あぁ、その通りだァ!」

 

その発言と共に、鬼の雰囲気がガラリと変貌する。今更になって、改めてわたしは鬼と勝負していることを思い返された。

 

「ッ!?」

「おらァ!」

 

そして、本能がか命ずるまま上体を大きく後ろに倒し、横薙ぎに振るわれた左腕を回避した。片手を地面に付けて後方回転し、距離を取りつつ体勢を直そうとするが、既にわたしの目の前に跳びかかる鬼が見えた。顔に迫る蹴りを咄嗟に出した右手を掴み取る。ビキリと右手が軋む音が響き、嫌な痛みが駆け巡る。だが、受け止めた。

 

「シャラァッ!」

「うおッ!?」

 

右脚を掴んだまま全身を回転させて振り回し、身体を真横に倒しながら跳んで地面に投げ飛ばす。横回転から縦回転に移行しながら落下し、起き上がりかけていた鬼の頭に踵落としを叩き込む。そして、纏っていた妖力を炸裂させた。

炸裂させた妖力の勢いにわざと乗り、吹き飛ばされるように大きく距離を取る。十指から黒紫色の妖力を噴出させ、相手を待った。

 

「痛ってぇ…。だが、悪くねェ!むしろいいィ!」

「えぇ…」

 

頭から血を流して顔に赤い線が走っているにもかかわらず、この発言である。どれだけ戦いたいんだよ。ま、わたしも試したいことがまだあるんだ。簡単に倒れるよりはいい。

 

「こうしてあんたと一対一を全力でやり合えて俺ァ嬉しいぜェ!」

「わたしは嬉しくない…!」

 

左手の五指から妖力を鬼に向けて一気に噴出させたが、皮一枚犠牲にするだけの動きで躱され、肉薄されたところで右手首を軽く振るって薙ぎ払うが、皮膚がいくら引き裂かれようが気にすることなく向かってくる。…うわぁ、この妖力で肉を裂けないのか。もっと濃くしないとまともに入らなさそう。

迫る拳を右手の甲で往なし、右手に罅が入る感覚が走る。…知ったことか。続けて下から来る膝を体に纏っていた妖力を前方に噴出させ、攻撃と回避を同時に行う。…まぁ、回避は出来ても攻撃は意味を成していないだろうけれど。

跳びかかってきた鬼を飛び退って回避すると、鬼の拳が地面を粉砕舌を見せられた。…うへぇ、あんなのまともに喰らいたくないんですけど。そんなことを考えていたら、わたしの胴に飛び膝蹴りが迫る。その場で半身ズラしながら回転回避し、すれ違い際に裏拳を叩き込む。…効いちゃいないか。

 

「…なんか、もう傷塞がってるし」

「当たり前よ。俺は傷の治りが早ぇのさ」

「ああそうかい」

 

思わず頭を押さえたくなった右手を収め、代わりにため息を吐く。十指から噴出させていた妖力を仕舞い、全身の力を一気に抜く。

 

「どうしたァ!攻めて来ねぇならこっちから行くぜェ!」

 

そう言いながら、鬼がわたしに肉薄した。わたしはその姿をぼんやりと見詰めていた。

 

「お…?」

 

そして、目の前まで迫った拳は何かとぶつかり合った。押し出されるように、わたしは一歩後退る。

 

「わたしは嬉しくないと言った」

「ぐが!?」

 

目の前の鬼が右から伸びた腕に殴られた。

 

「鬼相手と好き好んで戦いたくないし」

「うぶ!?」

 

左から跳んできた脚が脇腹を突き刺した。

 

「全力でなんて御免だ」

「ぐっ!?」

 

奥から跳んできた膝が後頭部に叩き込まれた。

 

「だから、わたし達で貴方を倒すことにした」

「ごばぁ!?」

 

そして、わたしから弾き出された鬼の複製(にんぎょう)が、鳩尾に拳を捻じ込んだ。吹き飛んだ先に既に創られた複製が彼を袋叩きにする。観客の複製が次々と飛び出し、彼に圧し掛かるようにして大きな山が作られた。最初の数体はわたしが操作したけれど、途中からはあれに跳び込んで圧し掛かるよう情報を入れた。

暫く複製の山を眺めていると、もそりを動いた。そして、下から圧倒的な力によってまとめて薙ぎ払われた。

 

「この程度で負けるかよォ!」

「だろうね」

 

両腕を大きく広げて、積み上がっていた複製達を吹き飛ばした鬼のがら空きな胴体に肉薄し、右手に溜めていた漆黒に染まった妖力を添える。

 

「ごめん、ありゃ嘘だった」

 

そして、漆黒の砲撃が放たれた。地面を抉るよりも先に消し飛ばし、逃げ惑う観客のいた場所を丸ごと飲み込む。その中にいた鬼は大丈夫だろうか、なんてことを一瞬思い浮かべたけれど、すぐに消えた。

いくらか残っていた複製達をわたしの元に集めて回収しつつ、その妖力をさらに込めて撃ち続ける。自然治癒能力が高い相手なんだ。多少の過剰攻撃くらいはしたほうがいい。回復するよりも多くの傷を与えろ。敵の意思が潰えるまで。

 

「ッ、…はぁ、はぁ、はぁ」

 

妖力が途切れ、思わず膝を突く。すぐさま髪飾りに付けた両側の金剛石を三つずつ回収してフラリとよろけながらも立ち上がり、消え去った地面の上に倒れた鬼を見下ろした。全身が赤黒く染まり、ピクリとも動かない。けれど、起き上がられるとそれはそれで面倒だ。確実に、潰す。

消え去ってむしろ綺麗になった地面を歩き、鬼の頭の上に脚を上げる。そして、そのまま踏み下ろした。グシャリと顎が粉砕した感触。血に濡れた歯が飛び散り、顔が大きく歪んだ。

 

「勝者、八十四…!ゆ、勝ち残ったのは…、まさかの地上のだぁーッ!」

 

審判の宣言を聞き、その声だけが木霊する中でホッと一息吐く。勝敗は決した。なら、仮に立ち上がったとしてももう関係ない。そう思い、踏み砕いた顔を見下ろしながらわたしは呟く。

 

「わたし達で貴方を倒すは嘘だったし、鬼相手が嫌なのも嘘だ。だって、この攻撃に耐えれるのは貴方達くらいでしょう?」

 

流石に、その辺の相手に放っていいような攻撃じゃないことくらい分かるからね。

さて、と。次は勇儀さんか。…嫌だなぁ。

 


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