「気付けば大分減ってきたねぇ」
「そうですね。わたし含めてあと四人ですか」
ついでに言えば、わたしを除けば全員鬼だ。ここまで来るとやはり鬼しか残れないらしい。少し観察してみると、とんでもなく大きな金砕棒を持っているか、完全な手ぶらかのどちらかに綺麗に分かれている。これから彼らと戦うのか…。
思わずため息を吐いてしまったところで、数字が二つ呼ばれる。わたしの数字である八十四は呼ばれなかった。よかった、のかな?
「あのさぁ、幻香。さっきの勝負なんだけどぉ…、あれは流石にどうなの?」
「え、駄目でしたか?」
「驚いたよ、うん。皆して一歩二歩後退りするくらいには引かれてたしね。けどさぁ、わたしが期待してたのはドッカーン!でピッカーン!でブワーッ!って感じだったんだけど!」
「ドカン…、ピカン…、ブワー…」
爆発、閃光、突風だろうか?爆発なら水素と酸素を反応させるのが簡単だけど、火薬を創るのって面倒臭いんだよなぁ…。閃光はそこら中にある光を一点に集中させて複製すればいいだろうけれど、あんなのはただの目眩ましにしかならない。そこら中にある空気を複製すれば多少の風を起こすことは可能だろうが、それを攻撃に使えるかと言われるとなぁ…。
それに、わたしが試したい手段はどれもこれも地味なものばかり。とてもではないが、こいしの期待に沿えるとは思えないのだ。考えていたものの中で比較的マシだと思っていたものでああ言われてしまっては、もうどうしようもない。
「わたしに派手なものは無理そうです」
「無理じゃないよ!ほら、マスターナンチャラで妖力をドーン!」
「…あれ、効果の割に妖力消費が重いんですよ。弾幕遊戯なら放つ妖力量を減らして誤魔化せるんですが、攻撃に使うとなるとねぇ…。使いにくいったらありゃしない」
「えー、そうだったの?」
今回みたいな強者相手だと同じ妖力で攻撃するなら、広範囲に放つより一点に範囲を絞ったほうがいい。それに、ちょっとやそっとの妖力弾だと受けながら突貫されかねないから、そうされないように妖力を増やさなければならない。つまり、マスタースパークはこういう勝負では弱い。独創「カウントレススパーク」を実戦で使用するのはまさに自殺行為。
まぁ、使えないわけではない。雑魚の大群を蹴散らすには非常に便利だ。大量の飛び道具を放たれたときには、それら全てを破壊しながら攻撃出来る。この範囲の何処かにいると分かっているなら、とりあえず炙り出しにブッ放すのもいい。要は使い様なのだ。
そう思いながら、袋の中から金剛石を一つ摘まんで眺めてみる。この中にわたしの妖力一割が含まれていると考えると凄いことだと思う。けれど、やっぱり緋々色金が欲しいなぁ。
「けれどさ」
「何でしょう?」
「わたしは幻香がその妖力消費なんて気にせず暴れるところを見てみたいなぁ」
◆
熱い、熱い熱い、熱い熱い熱い!はち切れんばかりの妖力が、わたしの身体に熱として訴えてくる。少しでも気を緩めたら、そのまま妖力が体内で破裂しそうだ。今すぐ外へ排出してやりたい。だが、そういうわけにもいかないのだ。
「オォラアァッ!」
「ぐっ、うおっ!?」
わたしの拳を両腕を交差させて防御した鬼は一度は踏み止まり受け切ったが、即座に何かが破裂した音と共に吹き飛ばされる。そう、妖力だ。
今のわたしは、圧倒的妖力量を体に纏った結果として黒紫色に光って見えるらしい。こいしがそう言ってた。そして、攻撃の瞬間に追撃として触れていた部分の妖力を炸裂させて吹き飛ばした。その妖力量、拳一つで推定金剛石一個程度。弾幕遊戯で使うマスタースパークくらい。
踏み締めた地面が爆発し、わたしを一気に押し出す。吹き飛んだ先にいた鬼に一瞬で肉薄し、彼の背後に何重にも壁を創造した。逃げ場を失わせるためではなく、相手が吹き飛ばないようにするために。
「シャラアァァァッ!」
「ぐ、んのぉおおっ!」
両拳両脚を全て使いとにかく殴る蹴る。相手には即座に両腕を交差して防御されたが、そんなもん知るか。好きなだけ防御しろ。わたしはそれをブッ壊して根こそぎブッ潰してやるから。
一撃一撃を加えるたびに妖力が炸裂し、その衝撃で背後の壁に罅が走り壊れていく。相手の両腕が赤黒く染まっているが、それでもなかなか防御が崩れそうにない。だが、その奥から呻き声が聞こえてくる。確実に効いている。
さらに重い攻撃を、さらに速い追撃を。そう強く意識し続けながら、とにかく乱打を叩き込み続ける。背後の壁が最後の一枚になった頃になって、心なしか相手に余裕がなくなってきたような、と思ったら防御していた両腕がわたしの蹴り上げた右脚によって大きく弾かれた。苦痛に歪む鬼の表情とがら空きの胴体。
「喰らえェァアアッ!」
右脚を大きく踏み締め、身体に纏っていた妖力を左拳に集中させる。その圧倒的妖力がわたしの左手を焦がす錯覚を感じたが、そんなものはどうでもいい。わたしはこの左拳で目の前にいる鬼を殴り飛ばす。
左拳が肋骨をまとめて圧し折りながら、さらに内側へ抉り込まれていく。瞬間、左拳にと纏っていた妖力が一気に炸裂した。
「ごはぁっ!」
背後の壁を粉砕して吹き飛んでいき、観客席を守る壁に叩き付けられた。炸裂した妖力を回収する暇もなく、わたしの左手すらも破壊してしまったが、このくらいなら『紅』で治せる。…ほら、治った。
吹き飛ばした先の土煙の中で起き上がる音が聞こえ、わたしは即座に大量の武器を周囲に創造して射出する。刀、脇差、斧、鈍器、槍、薙刀、金砕棒などなど何でも御座れだ。刺されば運がいい。刺さらなくてもそれはそれ。目的は別にある。
空間把握。土煙として空中に漂っている粉塵を片っ端から複製し、空気から水素と酸素を選び出して複製。射出した刀と金砕棒がぶつかり合う火花によって、水素と酸素が反応し爆発した。そして、土煙が丸ごと爆発する。その圧倒的熱風に思わず両腕で顔を防御してしまう。…そう、粉塵爆発だ。
…ふぅん、まだ生きてるな。意識もあるらしい。流石はここまで残った鬼だ。相当頑丈だねぇ。
「それじゃ、もう少し試しましょうか」
押し留めていた妖力を『幻』として外へ展開させる。とりあえず片っ端から作り続けよう。操作が上手くいかなかろうと、次元がズレようと、自然消滅しようと関係ない。千や二千程度なら、今のわたしには安過ぎる。効かなけりゃそれはそれで別に構わない。けれど、せめて威力くらいは出来るだけ高い位置を維持してみせようか。
相手もわたしも観客も審判も関係ない。無差別弾幕がこの場を埋め尽くしていく。やけに周囲が騒がしいけれど、こいしが派手なものを望んだんだ。このくらい我慢してよね。
「こんの、程度ぉ!」
「…ま、そりゃ効かねぇよなぁ」
腫れ上がり壊れかけの両腕を振るって掻き消している鬼を見て、『幻』の弾幕ではあまり効かないと理解したのですぐに回収する。残りの弾幕を掻き消している鬼に向かってゆっくりと歩みながら、右手の人差し指の先端一点に妖力を集中させる。
「アハ」
自然と笑いが零れた。嗜虐趣味はないつもりだったんだけどなぁ。ま、どうでもいいか。
黒紫色の一閃が彼の右肩を貫いた。続けて右肘、右手、右膝、右足と半身の要所を撃ち抜く。空いた風穴から、今更になって血が流れ出した。…よし、これで容易く逃げ出すなんてことは出来まい。
「アハハ」
人差し指から黒紫色の妖力を噴出させ、ピッと軽く振るう。それだけで、その延長線上にあった左腕が千切れ飛んだ。ついでに観客を守る壁とその近くにいた観客に当たりそうになったことに関しては目を瞑ってほしい。
「アハハハハ」
右手から黒紫色の妖力弾が放たれ、左膝に被弾したところで爆裂する。肉が爆ぜ散り、骨が砕け、半分以上が抉られた無残な姿が曝された。ゴポッと血が溢れ出したのを見ていると、いっそ取れてしまったほうがよかったかもなぁ、何てことを他人事のように思った。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
右手に妖力を溜め込みながら、嫌に笑いが込み上げてくる。動かないねぇ。動けないねぇ?見えてるかな?見えてないか。黒紫色を超えて最早ほぼ漆黒に染まった妖力。これを放出する。今のわたしが出来る最大出力のマスタースパークって、どんな威力になるのかな?
「待てッ!もう止めろ!」
「ぁん?」
そう思っていたら、背後から審判がわたしの肩を掴んできた。どうやら静止に来たらしい。まだ終わってねぇよ。これを放っていない。
「八十四、…いや、地上の。もう勝負は着いた!その手を収めろ!」
「ふぅん。あ、そう」
そう言われ、溜め込んだ漆黒の妖力を握り潰すように回収する。金剛石数十個以上の妖力が再び体内に戻り、再び溢れ出そうになるのを押さえ込んだ。…どうやら、既に勝者の宣言が成されていたらしい。申し訳ないけれど、全然聞こえてなかったよ。
大人しく待機する場所に戻ろうとしたが、また肩を掴まれた。今度は何ですか?
「次もお前が出る。ここで待っていろ」
「あ、そっか」
ヤバい、忘れてた。今回の勝負でかなり派手に使っちゃったんだけど、この妖力量でどうにかなるかなぁ…?