東方幻影人   作:藍薔薇

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第392話

茣蓙に座ってボーっとしていると、焼きとうもろこしを食べながら歩いているこいしに気付いた。キョロキョロと首を動かし、わたしと目が合ったところで真っ直ぐと駆け寄ってきた。

 

「幻香ぁ、調子はどーう?」

「悪くないですよ、こいし。今のところは怪我らしい怪我もしていませんし」

「左手グチャってしたのに?」

「あれくらいならすぐ治るから平気」

「じゃあさ、幻香の怪我ってどんなの?」

「部位欠損」

 

それでも片腕一本程度なら十秒低度で生えるのだけども。けれど、実戦で十秒片腕がないというのは致命的な時間だ。それこそ一瞬で治ってしまう本物の吸血鬼と比べれば、わたしの『紅』はあまりにも遅過ぎる。ちなみに、大怪我は心臓欠損で致命傷は妖力枯渇。

大怪我より致命傷のほうが遥かに多い件については目を逸らしつつ、一応潰れた左手の動きに違和感がないか確認していると、わたしの目の前に半分ほど食べられた焼きとうもろこしを向けられた。少し焦げた醤油の香ばしい匂いが鼻をくすぐってくる。

 

「ところで、幻香はこれ食べる?」

「いいんですか?食べてる途中みたいですけど」

「もう一本あるから平気!」

「せめてそっちをくださいよ…」

 

そう言ってみたものの、隠し持っていたもう一本の焼きとうもろこしはこいしが既に口を付けていた。…ま、いっか。半分でも貰えるなら貰っておきましょう。

このとうもろこし、結構甘いなぁ。きっと茹でただけのものでも美味しかったろう。それを醤油と一緒に焼いたことでさらに旨味が増している。

ゆっくりと味わいながら食べ進めていると、途中で口を止めたこいしがわたしに顔を向けた。その表情はほんの少しだけ心配げに見える。

 

「最後まで勝ち残れそう?」

「さぁ、どうでしょうね。わたしなんかより強い妖怪なんて、その辺にゴロゴロいるでしょ」

「そうかなぁ…?けど、油断大敵?」

「ですね。まぁ、そろそろ一対一になる頃でしょうし、少しは楽になるといいけど」

「わたしがこっちに行く時には一対一になってたよ。幻香はあと何回戦うかなぁ?わたしとしては、たくさん戦ってたくさん勝ってほしいな!」

「…少ないのは嫌ですけれど、多過ぎるのもなぁ」

 

試してみたいことがいくつかあるのに、それをやる前に終わってしまうのは消化不良でモヤモヤするだろう。けれど、何度も戦うのは非常に疲れそうだ。

それよりも、今のわたしに残されている妖力のほうが心配だけど、と思ったところで一つ閃く。

 

「あ、そうだ。こいし、一つ頼まれてくれませんか?」

「なぁに、幻香?」

「わたしの部屋に置かれてる金剛石の大体半分くらいを袋か何かに詰めて持って来てくれませんか?」

「いいけど、何に使うの?」

「これから使うの」

 

もったいないけど、無駄に大量に創り置きしているなら使ったほうがいいだろう。ある程度は魔界の把握に取っておきたいけれど、半分くらい残っているなら平気だと思いたい。非常にもったいないけれど、こいしのお願い通り勝つためだ。使えるものは使っておこう。本当にもったいないけれども。

一個で一割。十個でわたし一人分の過剰妖力を保有している金剛石の複製。それがいくつあったっけ?…もう覚えてないや。数えるのが面倒臭くなるくらいには創っていたはず。

 

「分かった。幻香の金剛石を半分くらいね」

「ありがとうございます」

「じゃ、ちょっと行ってくる!すぐ戻って来るからね!」

 

そう言うと、こいしは真っ直ぐと地霊殿へ飛んでいった。流石にちょっと重くなるかもしれないけれど、そこまで時間は掛からないだろう。首にぶら下げている五つの金剛石では足りなくなるかもしれないし、早めに頼めてよかったほうだろう。

 

「八十四、九十は出て来い」

 

そう思っていた矢先に、わたしの数字が呼ばれてしまった。まずいな、こいしがまだ帰ってきていないのに。というか、飛んでいってすぐなんですが。何て間の悪い…。

まぁ、しょうがないか。こいしが早く帰ってくることを願っておくとして、わたしはやることをしよう。…ひとまず、この焼きとうもろこしをさっさと食べ終わらせましょうか。

 

 

 

 

 

 

誰だこいつ…。それが対戦相手の第一印象だった。

全身鎧で完全防備。顔までキッチリ覆われており、細い小さな切れ目の向こう側から視線を感じるが、どう考えても指を突っ込むなどして攻撃するのは無理そうだ。握った拳には鋭く尖った棘が伸びており、殴られただけでも痛そうだ。肩やら肘やら膝やら要所要所にも棘がくっ付いていて攻撃し辛い。

 

「ふぅん!この防御、貴様なんぞに突破出来まいッ!」

「あ、え、うん。そうですね…」

 

だが、それは飽くまでわたしがこの体一つで戦った場合の話だ。棘が面倒なら遠距離攻撃を仕掛ければいいし、炎で中身を焼き切るのも悪くはないだろう。超重量のものを創って押し潰すという手もあるが、それは流石に止めておこう。相手を殺しかねない。

さて、どうしようかなぁ…、と思いながら頭を掻いていると、勝負が始まった。それと同時に、全身鎧がガチャガチャ金属音を立てながらわたしに向かって真っ直ぐと走ってくる。うわ、あんな重量を全身に纏っているにもかかわらず、思ったよりも速いじゃないか。

 

「だがッ!この俺様はこの防御に頼ったりはしねぇ!このまま貴様をぶっ潰してやるぜぇッ!」

 

と、ご丁寧に説明までしてくれた。急に加速してくる可能性もあるので早めに回避しつつ、どう攻めるか考える。…ふむ、あの防御を貫けるか試してみようか。

一度立ち止まり、身体を全身鎧に向ける。愚直に走ってくる姿を捉え、スッと息を止めた。緩やかな時間の流れの中で急加速し、懐まで肉薄する。右掌底を胴体に真っ直ぐと打ち出し、その衝撃を内側へ流すことを試みる。鎧をすり抜け、中にいるであろう妖怪に直接この衝撃を伝える。

 

「ぐぉ…ッ?」

 

あ、効いたわ。次は、螺指。急速回転する人差し指を鎧に突き刺し、ギャギャギャギャギャ!と嫌な音を立てながら削り抜けていく。…あ、駄目だ。人差し指の長さじゃ足りないわ。けれど、まぁ、ここから貫通特化の妖力弾を放ってみましょうか。…やっぱ駄目か。鎧を突き抜けられていない。こっちの指のほうがおかしくなりそうだ。

人差し指を引き抜いて距離を取り、ピンと一つ面白いことを思い付いた。…結構妖力使いそうだし、一つ金剛石を回収しておこう。地面に妖力を流し込み、奥の奥まで染み渡らせる。範囲は出来るだけ広い方がいい。

 

「待てぇいッ!よくもこの俺様の鎧に穴を…ッ!もう容赦せんぞッ!」

「ああそうかい。別に構わないよ」

 

こっちはその人差し指が自分自身の妖力弾で自壊しかけたけれどね。まぁ、鎧に穴を空けたのは悪かったとは思っている。けれど、それをどうにかしてあげようとは思えないし思わない。道具は所詮消耗品だ。よっぽどのものでなければ使い捨てくらいでちょうどいい。

…よし、これだけの広さがあれば十分だろう。わたしは、空間把握した地中を丸ごと複製した。

 

「うおおぉぉおおおッ!?何事だああぁぁぁぁ…」

「やば、思ったより大きかったかも…」

 

瞬間、超質量の土塊が全身鎧を乗せたまま地中から弾き出され、一瞬で外まで出てきた土塊の勢いがそのまま全身鎧を遥か上空へと打ち上げた。…うわぁ、ちょっとやり過ぎたかも?天井付近まで打ち上げられた金属鎧を見上げ、それから目の前にある土塊の複製の壁に触れてその全てを回収する。だって、このままだと自由落下の衝撃が土塊の高さ分だけ減ってしまうでしょう?懸念材料はあの全身鎧が飛べるかどうかなのだが…。あ、落ちてきた。必死に足掻いてるけれど、もしかして飛べないのかな?

 

「ぐはぁッ!?」

 

そのまま全身鎧は物凄い音と共に地面に叩き付けられた。土煙が大量に舞い上がり、その中から野太い悲鳴が上がる。…これ、大丈夫だろうか?

 

「う…、ぐぅ…ッ」

 

あ、立ち上がるのか。なぁんだ、心配して損した気分。それにしても、あの高さから自由落下して背中から地面に叩き付けられたのに立ち上がれるってことは、確かに全身鎧の防御に頼らずともなかなかに頑丈だね。

 

「げほッ、ごほッ…。まだ、負けん…ッ」

「そうだね。続けようか」

 

ここからは小細工なしだ。『紅』発動。…あぁ、思ったより『目』が多いな。点々と散らばっていて、関節部分にはいくつかあるようだ。特にわたしが空けた穴の周辺にはかなりの数が集まって見える。あれらを潰せばこの鎧は簡単に壊れるのだろう。…さて、いこうか。

 

「う、ぉぉぉおおおおッ!」

 

お互い一直線に走り出す。このままぶつかり合えば、明らかに軽いわたしが吹き飛ばされてお終いだろう。だが、そうはいくか。ぶつかり合う寸前、突進ばかりで隙だらけな胴体に思い切り開いた両手を同時に叩き込んだ。ガァンと二つの金属音が一つになって響く。金属鎧全体が細かく震え、衝撃が全身鎧を駆け巡る。そして、そこら中に点在していた『目』が一斉に潰れていった。

ガシャァン、と儚い音を立てて指先や足先なんかを残して全身鎧が砕け散る。鎧に包まれていた筋肉の塊みたいな肉体が剥き出しに晒され、兜の中に隠れていた闘志と殺意が入り混じった視線が直接刺さる。

 

「防御に頼ったりしない、でしたね?」

 

遠慮はしない。筋肉の奥にある臓器を潰す勢いで鳩尾に肘を突き刺し、事実皮を食い破り肉を引き千切って潜り込んでいく。その拍子に近くにあった『目』がいくつが潰れ、肉が爆ぜていく。温かな返り血を受け、自然と頬が吊り上がっていく。

雑に振り下ろされた両腕をもう片腕で受け止め、すぐさま膝を叩き込んで吹き飛ばす。溢れる血が地面を濡らし、吹き飛んだ先までの道を作る。わたしはその上を歩いて進んだ。まだ倒れてないよね?まさか、この程度でお終いなんて言わないよねぇ…?

 

「し、勝者、八十四…」

 

そう思っていたのに、審判からの勝利宣言が出された。…ちぇっ、と心の中で舌打ちしつつ、指先から伸ばしていた妖力を仕舞う。ま、文句を言ってもしょうがない。

あーあ、もう少し続けたかったんだけどなぁ。だって、こいしがまだ帰って来てないんだもん。

 


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