東方幻影人   作:藍薔薇

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第384話

散々食べ尽くし呑み尽くし、店の中が酔い潰れた妖怪だらけの地獄絵図になったところでようやく解散、…というより店主店員共々までもが潰れてしまったので半ば強制的に終了となった。まともに動けるのは数えるほどしかいないのだが、大丈夫なのかこれ…?一部とはいえ鬼すらも酔い潰れてるって相当だよね…?

動ける妖怪達は酔い潰れてしまった妖怪達を雑に背負っていくが、どう考えても数が足りていない。ほとんどがこの店に放っておかれることになるわけだけど、いいのだろうか?わたしが言うと角が立つだろうけれど、奇襲暗殺し放題だ。しないけど。

 

「んじゃ、幻香はお燐を頼むわ」

「はい、分かりましたよ。…まったく、監視が何酔い潰れてるんだか」

「知らねぇよ。さとりには適当に誤魔化しとけ」

「誤魔化し、って…」

 

酔い潰れた鬼を肩に二人ずつ担いだ萃香さんに言われた通り、わたしは何だかむかつくくらい幸せそうに涎を垂らして眠っているお燐さんを背負う。何処かから飼われてる同士お似合いだな、なんてことが聞こえてきたけれど無視する。わたしがさとりさんに飼われていることくらい、いちいち言われなくても分かってるから。

 

「妹紅はどうします?」

「萃香に付いてく。この惨状を見て何もしないのは気が引けるしな」

「そうですか。では、わたしはこれで」

「おう。…おっと、ちょい待ってくれ」

 

店から出ようとしたところを、妹紅に呼び止められて足を止める。首だけで後ろを見ようとしたらお燐さんの頭とぶつかりそうになり、体ごと振り返った。

 

「私は萃香のやることが済み次第一緒に帰る予定だ。地霊殿にはおそらく行かないと思う」

「分かりました。…それでは、またね」

「またな」

「じゃあな、幻香」

 

軽い別れの挨拶を済ませ、改めてわたしは店を出た。これで地上にいる友達と会うのは、わたしが地上に戻る日までないだろう。そう思うと、小さな寂しさが胸を通り抜けていった気がする。けれど、そうなることは分かっていたことなのだし、そもそもわたしは百年先まで会わない覚悟だって決めていたはずなのに。…弱いな、わたし。

未だに別れを惜しんでいるらしく、後ろ髪を引かれる思いで地霊殿まで歩いていく。耳元でうへへ…、みたいなデレデレした声が漏れ聞こえ、肩には涎が容赦なく零れてくる。…はぁ、一体どれだけ幸せな夢を見てるのやら。

流石に地霊殿に辿り着く頃には別れを惜しむ気持ちも薄まり、廊下ですれ違ったさとりさんのペットに酔い潰れたお燐さんを押し付けた。かなり嫌そうな顔されたけど。そのまま私は部屋へと向かい、鍵を創ってガチャリと開けた。

 

「…広いなぁ」

 

わたしの部屋を見て、思わずそんな言葉が漏れ出た。短い間だったけれど、この部屋には妹紅がいた。フランがいた。大ちゃんがいた。はたてがいた。あの時はこの部屋が随分狭く感じたけれど、いなくなってしまえば広く感じてしまうのは、何らおかしくない。…おかしくない、けど、やっぱり寂しいね。振り切ったつもりだったけれど、ちょっと歩いた程度じゃあ駄目らしい。

扉を施錠し、わたしはベッドに横になった。天井を見上げ、その遥か先にいるであろう友達のことを思う。楽しんでるかなぁ、笑ってるかなぁ、辛いのかもしれないなぁ、泣いてるかもしれないなぁ…。会いたい、なぁ…。早く、早急に。

そんな寂しさを紛らわせるためにも、以前決めた目標に没頭する。新たな軸を二本突き刺してわたしの意識を五次元まで押し上げ、そこから一本ずつ追加していく。この前は一気に十本も追加したからおかしなことになったんだ。だから、一時間くらいずつにして意識を慣らしながら追加していこう。無理そうなら、もう一時間くらい慣らしに時間を掛けて、ゆっくりでもいいから、確実に進めて行こう。

ボンヤリとよく分からないことになっている天井と思われるものを見上げているのかもよく分からない。六次元空間。七次元空間。八次元空間。九次元空間。ちょっと辛いから慣れるまで待とう。十次元空間。かなり辛いかなぁ。時間掛かりそう。十一次元空間。なんか扉が叩く音が聞こえる気がする。気のせいだろう。十二次元空間。誰かがわたしの名前を呼んでいる気がした。気のせいだろう。十三次元空間。遠くから轟音が二つ響いた気がした。気のせいだろう。十四次元空間。これ以上は辛い、と頭が警鐘を鳴らしている。知るか、そんなもの。慣れるのにかなりの時間が掛かりそうだなぁ。十五次元空間。

不思議と眠気とか疲れとかは感じなかった。ただ、わたしは意識の次元を一つずつ上げていくことしか考えていなかった。頭が軋む感覚が、わたしの生存を示してくれる。一つ次元を上げるために意識を慣らす時間が、少しずつ長くなっていく気がした。知ったことか、わたしは止まるつもりはない。頭の中に誰かの声が何度か聞こえてきた気がした。聞き覚えがあるような気がして、けれどわたしは次元を上げることしか考えていなかった。気温がムワッとした湿気とジワジワとした暑さに変わっていくのを感じながら、さらに一つ上の次元へ意識を昇華させていく。どのくらい時間が経ったのだろう、と思ってすぐに意識の外側へ通り抜けた。今はそんなことよりも意識を上げてだな…。

 

「…は?」

 

そして、わたしは世界に失望した。

 

 

 

 

 

 

暑い。というか、蒸し暑い。どうやら、気付いたら夏になってたようだ。まだ頭がクラクラするけれど、これは暑さが原因ではないだろう。高次元へ昇りつめた意識を三次元まで落とした後遺症みたいなものだ。結構時間が経ってるはずなんだけど、まだ視界と意識の齟齬が著しい。こんな状態でさとりさんと顔を合わせたらどうなることやら…。

そんなことを思いながら、当たり前のように完全に回復して満ち満ちていた妖力をいくつかの金剛石に変える。それにしても、結局魔界らしきものは見当たらなかったな…。ついでに言えば、他の世界も。…はぁ。どうやら、世界ってのはわたしにかなり厳しいらしい。仮にこの世界を創った神様がいるとしたら、わたしはそいつを軽蔑するね。

 

『――えるかしら、幻香?返事はいらないわ。どうせ一方的にしか伝えられないのだから』

「ん?」

 

そんな愚痴を考えていたら、唐突にパチュリーの声がわたしの頭に響いてきた。けれど、なんというか、少し禍々しいというか、違和感を覚える声色をしている。聞き続けていたらいけないような、そんな感じ。

 

『今、私は貴女の意識に直接呪言、もとい言葉を伝えている。安心して。呪いの類はないわ』

「呪言、って…。あぁ、黒魔術か」

 

フランがそんなことを言っていたなぁ、ということを思い出す。それにしても呪言か…。あんまりいい響きじゃないよねぇ。けど、パチュリーが安心してほしい、と言っているのだから、きっと大丈夫なのだろう。

 

『これで十度目、これを最後とするわ。一度も伝わらなかったときはごめんなさい。帰ってきた時に好きなだけ私を詰りなさい。…あぁ、これも伝わらないかもしれないのね。まぁ、いいわ』

 

これの前に九回も試行していたらしい。そう言えば、次元を上げる作業をしていた時に時折声が聞こえた気がしていたけれど、もしかしたらパチュリーの黒魔術だったのかも。これは悪いことをしたなぁ…。けれど、最後の一つを聞けたことは幸運だ。少し遅れていたら、わたしは全て聞き逃していたことになるのだから。

 

『魔界について、私が調べたことをまとめるわ。といっても、具体的に書かれているものはほとんどなくて、まず裏は取れなかったことを先に言っておく』

「…ま、しょうがないよね」

『魔界とは、世界の裏側とでもいうべき場所に存在する。文章で例えるならば行間や余白に、絵画で例えるならば文字通り裏側に。お互いに決して干渉し合えないはずだったけれど、魔界は私達よりも色々と発展していたらしく、こちら側に干渉出来た。その昔、魔界の者が封印の専門家としてこちら側で暗躍していたらしい、ともあるわね。私から言えることは、諦めたほうがいい、ということだけよ。…けれど、もしかしたら貴方には干渉出来てしてしまうかもしれないわね』

 

…ふぅん、そっかぁ。世界の裏側、ねぇ。お互いに干渉し得ない場所にある、と。ふむ。

 

『それでは、貴女が帰ってくるのを私達は待っているわ』

 

ありがとね、パチュリー。いくら探しても見当たらなかった魔界、諦めずに済みそうだよ。

 


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