東方幻影人   作:藍薔薇

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第380話

体力を妖力に変換しつつ、金剛石を五つ創造する。それによって多少の疲労感が身体に纏わりつくが、さっきまでの疲労なしの状態は少しもったいなかったので、まぁしょうがないことだ。休め、と言われたのに疲労していないのがもったいないとは、と言われそうだけど、今は少しでも多くの妖力を準備しておきたいのだ。許して。

 

「大丈夫なんですか、まどかさん?」

「大丈夫大丈夫。もう十分休んでたし、このくらいなら倒れないって」

「…そうですか。無理はしないでくださいね」

「うん、分かってる」

 

ただ、大ちゃんの心配してくれているのが非常によく伝わってくる視線がちょっとだけ痛い。その目に嘘偽りはなく、心から心配してくれていることが分かっているから、特に。

少しいたたまれず、大ちゃんの視線から逃れるために目を逸らすと、はたてさんがわたしの肩に手を乗せた。

 

「ところで幻香。私はそろそろ地上に帰ろうかと思っているのだけど、十分休んだのなら地上と地底を繋ぐ穴まで付いて来てくれないかしら?」

「…いいんですか?」

「ええ。もう十分幻香と一緒にいれたもの」

 

そう言ってはたてさんは微笑んだけれど、わたしはどうにも引っ掛かるのだ。…いや、地底に引き留めたいわけじゃないのだけど、何かが引っ掛かっている。

 

「…そうですか。それでは、外に出ましょうか」

 

けれど、その引っ掛かりの理由を探ってもよく分からず、わたしははたてさんにそう言った。大ちゃんははたてさんと共に帰ると言っていたので、一緒に付いて来るだろう。

わたし達は部屋から出て施錠し、その途中の廊下でさとりさんのペットとすれ違った。ちょうどいい。

 

「すみません」

「何でしょう?」

「この二人が地上に帰るそうなので、地上と地底を繋ぐ穴まで連れて行きますね」

「すぐにさとり様に伝えますね」

 

そう言うと、さとりさんのペットは駆け足で行ってしまった。それにしても、両手両足を付けて走っていったけれど、人型の状態でそれは速いのだろうか…?

地霊殿の庭に出たところで、後ろに付いて来ている二人に顔を向ける。言わなくても分かるかもしれないけれど、一応言っておこう。

 

「二人共、旧都ではわたしの傍から離れないでくださいね。何が起こるか分かりませんから」

「分かってるわよ、幻香」

「はい、そうですね」

「それじゃ、行きますか」

 

まぁ、何も起こらないことを願いたいけれども、そう期待通りいくとも思えない。周囲の警戒はしっかりとさせてもらいましょうか。

視線を感じるたびに、その視線の主と目を合わせる。そのまま気にされることもなかったり、慌てて目を逸らされたり、露骨に舌打ちされたり、僅かに漏れ出た殺気を感じたりと、反応は様々だ。もしも襲いかかってくるようなら容赦はしない。徹底的に叩き潰すつもり。

そんなことを考えていたが、特に何もされることはなく妹紅と勇儀さんの喧嘩跡地まで到達した。そこら中で妖怪達が材木を運んだり建て直しをしたりしていて非常に忙しそうだ。…あ、萃香と妹紅もいる。その後ろにはお燐さんまで。あ、目が合った。

 

「よう、幻香。もう休みはいいのか?」

「はい。もう十分休めました」

「んで、後ろの二人は?」

「地上に帰るそうなので、地上と地底を繋ぐ穴に連れて行くところです」

「へぇ、そうなのかい。それじゃあね、お二人さん。あたいとしては、二度と会わないことを願ってるよ」

「そうね、幻香がいなかったら私もこんなところ御免よ」

「今までありがとうございました」

 

大ちゃんは深々とお辞儀をしてそう返したけれど、もう一人のはたてさんよ、そういうことは言わなくてよかったと思うよ…。ま、相手は二度と会うつもりがないのだ。何を言っても今更だろう。

ここでいつまでも二人と話していたら仕事の邪魔になるだろうし、さっさとこの場から立ち去ろうと思ったら、萃香に肩を掴まれた。

 

「何でしょうか?」

「いや、引き留めるわけじゃねぇよ。ただ、二人を帰したら手伝ってくれ。私達が手伝ってて幻香が何もしてないことでグチャグチャ文句垂れるやつがいたんでな。ま、そんな文句垂れる余裕のある奴には気合い入れてやったけど、それでも無駄な悪意喰らうよりいいだろ?ということで、頼んだわ」

 

わたしはそもそも壊す家々がほとんどなかったけれど、その時の相手である萃香がやっていてわたしがやっていないのはよろしくないだろう。

 

「ふむ、いいですよ。二人を帰し次第、すぐにここに戻ってきますね」

「ありがとよ。んじゃ、私は戻るからな」

 

そう言うと、萃香は旧都の建て直し現場へと戻っていった。改めて喧嘩跡地を見回してみると、建て直す家の数が相当数に上ることが嫌でも分かる。…複製の建て直しは嫌だよ。妖力量が心許ないし、今は溜めておきたいから。

それからも周囲を警戒しつつ旧都を歩き、投げ付けられたものを払ったり投げ返したり、大ちゃんが風へ逸らしたりしながらパルスィさんのいる橋まで辿り着いた。相変わらずの嫉妬深い緑色に淀んだ瞳で睨まれながら、その橋に足を踏み入れる。

 

「あら、貴女達はこれからどこへ行くのかしら?わざわざこんなところにまで何の用?」

「えっと、これから地上に帰るんです。お邪魔しました」

「帰る、ね。…妬ましいわ。貴女にはそうやって帰る場所があるもの」

「…うるさいわね。邪魔だからさっさと退きなさいよ」

「ハッ、鴉が。二度と来るな」

「えぇと、それじゃあちょっと通りますね、パルスィさん。わたしはすぐ戻りますけど」

 

そう言いながらパルスィさんの横を通ったのだが、目を逸らされてしまった。…いや、いつもみたいに嫉妬交じりの言葉を吐いてくれてもよかったのに。…ま、いいや。

そのまま先へ先へと足を進め、そして地上へ続く穴を見上げた。…わたしもいつかここを上ることになるのだろう。しかし、今はまだだ。わたしはまだ色々とやらなければならないことが、やり残したことがある。だから、もう少し待っていろよ地上。一年以内に舞い戻ってやるからな。

 

「…地上は夜かしら?出来れば暗い方が隠れやすくてありがたいんだけど…」

「ええ、夜ですね。ちょうど夜半ばと言ったところでしょうか」

「え、分かるんですか?」

「はい、昼夜くらいなら分かりますよ。何せ、大妖精ですから」

 

そう言って笑うけれど、何で分かるんだろう…。見上げたところで光が来ることはなかったはずだから、それを理由に夜であるという判断は出来ない。…まぁ、大ちゃんだし。そう言うのは分かるのだろう。

ふと、はたてさんを見遣る。そして、その目の色が暗いことに気付いた。そして、わたしの部屋ではたてさんから感じた引っ掛かりを再び感じた。とても些細な引っ掛かりで、気にしなくてもいいと思うようなもの。だけど、放っておいたらいけない気がして、わたしはその場で思い付いたことをそのまま訊いた。

 

「…はたてさんは、地上に戻ってどうするんですか?」

「…そう、ね。どうしようかしら」

 

言い淀んだ声色は、ある一つの感情に繋がった。…あぁ、そういうこと。

 

「妖怪の山に戻るんですか?自由に羽根を伸ばせない、天狗の縦社会の中に、その最底辺に…」

「…えぇ、そうなるわね。妖怪の山から外に出るための準備だけで一年以上時間を掛けて、それでも半分以上は賭け絡みでの脱出。…駄目だと思ってたのだけど、上手くいくものね。まぁ、既に私がいないことは割れてるだろうし、色々探し回ってるかもしれないわ」

「そんな…」

 

それを聞いた大ちゃんは口元を押さえて俯いてしまったが、わたしははたてさんの目を見詰めた。その瞳の奥に諦念が見れた。…あぁ、やっぱりこれだ。はたてさんは様々なことを諦めている。縦社会に入ることも、出ることも、生きることも、死ぬことも。大抵のことを諦めた目。これまでも諦め、ここでも諦め、これからも諦める。引っ掛かりはこれかもしれない。

 

「はたてさん、一つ言わせてください。とても無責任なことを」

「何かしら幻香?」

「生きろ」

 

はたてさんは、わたしと同じような境遇だと思っていた。けれど、はたてさんは諦め、わたしは足掻いている。…わたしとはたてさんの、非常に小さくて非常に大きな違い。

 

「諦めてもいい。無謀なことに挑む必要はない。無理を押し通す必要もない。けれど、そのまま何もかも諦めるのは止めてほしい。そんなもの、生きても死んでもいない。…そんな人を、わたしは友達って呼びたくない」

「ふ、ふふっ。あは、はははっ。…そう。貴女の言葉、私の魂に刻み込んだわ」

 

はたてさんの目の色に、僅かな光が灯る。…本当に無責任だな、わたしは。わたしがそう言えばこうなることくらい、分かっていて言ったのだから。

 

「ねぇ幻香。私を友達と呼んでくれる?」

「ええ、呼びますよ、はたてさん。それでは、またね」

「貴女に幸あれ。私はいつも貴女を見守ってるわ」

 

そう言って、はたてさんは大ちゃんを置いて急上昇した。流石天狗だ。とんでもなく速い。はたてさんの姿はすぐに小さくなり、見えなくなった。

それでは、またいつか会えたらいいですね。はたて。

 


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