東方幻影人   作:藍薔薇

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第364話

地霊殿の屋根に座り、旧都をボンヤリと眺める。やけに破壊の痕跡が目立つ区画があるが、十数人の妖怪達が必死に建て直している様子が見える。とても大変そうだ。いつもだったらここにいるのはわたし一人なのだが、今日は一人じゃない。

 

「…えへ。うふふ…」

 

隣から時折漏れ聞こえてくる笑い声を聞き流し、まとわりつくほど刺さる熱視線を受け流す。勝手に付いて来たはたてさんからの熱烈な感情が嫌でも伝わってくる。…いや、本当にわたしと何があったんですか…?

疑問が湧き出るが、とりあえず放置。わたしは今やってみたいことをやるとしよう。

正方形の四角い空箱を創造し、その中にいくつか障害物となる壁を接着させる。そして、一つの小さな球体を中に転がす。この球体には情報として転がることを入れていて、好き勝手曲がれるようにしている。また、わたしの空間把握の技術をそのまま入れ込むことで、周囲の環境をある程度把握出来るようにしている。今回の球体はそれに加え、壁にぶつからなければ可、壁にぶつかれば不可とし、十秒を周期に可がより多くなるよう行動に関する情報を少しずつ改めるようにしてみた。

箱を後ろに置き、しばらく放置。最初はとにかく壁にぶつかる音が聞こえてくるが、しばらくすれば学習して壁にぶつからなくなる…、といいなぁ…。

 

「あのー、はたてさん」

「ふぇっ!?あ、あああのっ!何でしょうかっ!?」

「…えと、わたし、何かしましたっけ?」

 

話しかけただけではたてさんの体が小さく跳ね、あたふたと慌てて目がグルグルとし始める。そんな状態の彼女にどう訊こうか少し迷ったけれど、遠回しにせず直接訊くことにした。難しく考える余裕なさそうだし。

すると、はたてさんの視線があちこちに飛び回り、その口からはあーとかうーとかえへへ…みたいな意味を成さない声が漏れる。…どうしよう。いっそ記憶把握してしまったほうがいいのではないだろうか…。

 

「えっと、そのー…。幻香は、私のこと嫌い?」

「いえ、嫌いではありませんよ。あの時親切にしてくれましたからね」

 

友達と言えるような関係ではないけれど、わたしははたてさんのことをよく思っている。少なくとも、人里の人間共よりはるかにいい。

 

「おわっ!?」

 

そう思って答えると、突然横から跳びかかられ、そのまま抱き付かれた。受け身を取ろうにもわたしの腕ははたてさんのガッチリと掴まれてまともに動かせず、せめて頭はぶつけないようにして、そのまま硬い屋根に倒れてしまった。…割と痛い。けど、箱にぶつからなかったからよしとしよう。

 

「えへへ、よかったぁ…。貴女に拒絶されたら、私、もう…」

「え」

 

いや、あの、何か重いんですけど…。体重がではなく、はたてさんの気持ちが…。

覚えている限り過去に遡って記憶の海を探ってみるが、やっぱり人里と慧音のことを教えてもらった以上の記憶はない、本当にわたしと何があったのぉ…?

わたしの肩にはたてさんの首がやんわりと乗せられ、耳元に囁くように続きを喋り始める。抱き付かれたままで。…いや、もう、はたてさんが落ち着くまではこのままでいいや。

 

「あのね、あの時、私は死に場所を探してたの」

「…はぁ、死に場所ですか」

「そう。ひっそりと死ねる場所」

 

そして、いきなり鉛級に重い言葉が出て来た。あの、僅か二回しか会っていないようなわたしに軽く話すような言葉じゃない気がするんですが…。…いや、わたしだって一時期は死に方を模索してたんだ。ここはとりあえず気にせず聞くに徹しよう。

 

「天狗の縦社会があまりにも馬鹿らしくてさぁ、花果子念報の成績も全然振るわなくて書くのも馬鹿らしくなってさぁ、周りからいっつも使えねーって言われてさぁ…。気付けば私一人になっちゃってねー…。何か生きるのもつまらなくなって、意味なんか思い付かなくって、何処かいいところないかなぁー、って探してたの」

 

…何だろう。わたしに似ている気がする。お互いに周囲からは爪弾き者。ただ、はたてさんと決定的に違うところはあの頃のわたしには少数とはいえ皆がいたということだ。

 

「そしたら、私に会った。まだ生きている私に会った。真っ白で真っ新で純白で純粋な貴女に。一目見て惹かれてた。私の乾いた心に、貴女が満ちたのよ。声を聞いたらときめいた。固まっていた私を、一瞬で振るわせたのよ。立ち去る姿は光り輝いてた。私とは違って生きる理由が、未来があったから」

 

…知らなかった。ただ、普通に微笑みながらわたしが訊いたことを答えてくれた親切な天狗さんだと思っていたのに。

 

「どうしてかしら?不思議よね?私、そんな不思議で魅力的で蠱惑的な貴女を独り占めしたかった。貴女が羨ましくて羨ましくて羨ましくて羨ましくて羨ましくて羨ましくて羨ましくて羨ましくて羨ましくて羨ましくて…。生きる理由にしたかったのよ。生を繋ぎ止める希望にしたかったのよ。けれど、そうしたら貴女の生きる理由じゃなくなっちゃうわよね…?私だけの世界で二人きりもとっても素敵だけど、貴女は貴女であるべきだって思ったの」

 

そこまで言うと、はたてさんは口を閉ざした。…ハッキリ言おう。重い。滅茶苦茶重い。思っていたより数倍重い。思わず頬が引きつりそうになるのを無理矢理留める。わたしにとってはただの出会いでも、はたてさんにとっては自殺を思い留める出会いだったとは…。

けれど、だったらわたしは何をすればいい?…まぁ、答えは言ってくれているか。普通にしていればいい。それだけだ。

 

「…ねぇ、幻香は、私のこと、…嫌い?」

「全然。わたしのつたない質問に親切に優しく答えてくれた姫海棠はたてさん。貴女を嫌う理由はないですよ」

 

あの時、わたしは訊いた。『下に人の多い場所はありますか』と。あの頃のわたしに僅かに香っていた残り香のような約束に従って、わたしは下を求めた。人が多ければ、何かが待っていると思ったから。…ただ、その約束は慧音にあった頃には掻き消えてしまったのだけども。

 

「…ありがと」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

初対面で、突然で、気味の悪いわたしの言葉を聞いてくれた三人目の存在。それだけで十分だ。

しばらくそのままで、時折はたてさんの背中を軽く叩くなどしていると、ふと箱の中を転がっているはずの球体が止まったことに気付いた。

 

「…すみません。起こしてもらっていいですか?」

「えっ?…え、えっ、あのっ、そのっ、あのそのどのえと…っ!?」

「ちょっ!何で急に目を回してるんですか!?」

 

しょうがないのでわたしに乗っているはたてさんごと体を起こし、抱き付いてる腕を剥がすのも後回しに箱に顔を向ける。

わたしがしたいことにようやく気付いたのか、それとも何か別の理由かは知らないが、ようやく跳び退るようにわたしから離れたはたてさんに少しだけ目を向けてから球体を手に取る。…んー、やっぱり過剰妖力がなくなってる。けど、情報はかなり書き換えられているな。この調子で改め続けてもらおうかな。

そう思い、球体に過剰妖力を再び注ぎ込んで箱の中に入れる。これをあと十回ほど繰り返してみて、結果を軽くまとめてみようかな…。

 

「…ま、いっか」

 

両手を緩み切った頬に沿え、頬が垂れないように押えているように見えるはたてさんを見ながらそう呟く。彼女がわたしをどう思っていようが、彼女がわたしを自由にしてくれる限り障害ではない。特に気にするようなことではないだろう。それに、触れないほうがいいような部分だろうからね。わたしだって好き放題触れてほしくないところがあるんだし。

…さてと。次は何をしようかなぁ…。

 


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