東方幻影人   作:藍薔薇

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第363話

薄暗い書斎の本棚からまだ読んでいない書籍を一気に抜き取り、横に積んでから順番に読み進めていく。一文字一文字丁寧に読んでいたら時間が足りないので、それらしい単語が見つかるまで流すように飲み捨てていく。それをとにかく繰り返していき、目的の単語が見つかることを期待する。

 

「ねぇ、何探してるの?」

「何でもいいから手掛かりを」

「手掛かり?」

「別世界についてです」

 

フランに問われたことに対して端的に返答したけれど、残念ながら首を傾げられるばかりである。…まぁ、急に別の世界とか言われてもわけが分からないよね。うん。

…違う、これじゃない。何百年前の史実なんざどうでもいい。死体の髪の毛を売りさばいていた人間の話なんざどうでもいいし、疑いをかけられてとりあえず処刑された人間の話なんざ興味ない。

手に取っていた手掛かりが見つからなかった書籍を横に置き、次の書籍を手に取って開こうとしたとき、フランがわたしが横に積んだ書籍の山から一冊手に取った。

 

「…私も手伝うよ。詳しく教えて」

「外の世界、幻想郷の地上と地底以外の異なる世界について書かれているなら何でもいいです。どんな些細なものでも構いません」

「分かった」

 

その会話からは、お互いに全く話もせずに黙々と書籍を読み続けた。…フランが読んでいる書籍については、また今度時間があるときに改めて読ませてもらうとしよう。

 

「あっ」

 

どれほど時間が経っただろうか。三つほど本棚を空にして、読み終えた書籍の山がより一層大きくなった頃、フランの短い声が耳に届いた。そして、わたしの目の前に開いた書籍を見せてきた。

 

「これ!これとかどうかな!?」

「ん…?」

 

そうはしゃぐように言いながら指差したところを読んでみると、そこには魔界の二文字。…魔界。さとりさんと妹紅が言っていた単語だ。今手に持っていた書籍を開いたまま横に置き、フランから書籍を奪い取る。

どうやらこの書籍は過去の人間が語っていた眉唾物の話をまとめたものらしく、これを書いた者はきっと笑い話か何かにでもしてもらおうと思って書いたのだと思う。現在では使われなさそうな古臭い文法で非常に分かりにくいけれど、そんな意図を感じさせる言葉遣いな気がする。けれど、それが真実かどうかは今はどうでもいい。それについてはわたし自身で調べればいいのだから。

書かれていた文章をまとめてみると、何だか見たこともない格好をしていた不思議な者の後をコッソリと付いて行ったら見たこともない場所に辿り着いたこと。そこは気味の悪い空気に包まれていたこと。そこには見たこともないような異形の者が散見されていたこと。付いて行った者に見つかり元の場所に放り出されたこと。その時に二度と魔界に立ち寄るな、みたいなことを言われたことが書かれていた。

 

「…ふむ」

「どう…?」

 

とりあえず魔界が存在するものであると仮定して、そこには幻想郷とはまた異なる妖怪的存在が跋扈しているのだろう。空気が悪いらしいが、まぁ魔法の森と似たようなものだろうと勝手に推測しておく。

けれど、それまでだ。存在するとしても、肝心の行き方が分からない。付いて行ったら辿り着いた、だと迷い家のような特殊な結界でもあるのかもしれないけれど、それではわたしが侵入するのは困難を極めそうだ。

一応、この書籍を最初から最後まで一字たりとも読み零ししないように読み込む。しかし、他に書かれている話はこれこれがあったから妖怪の仕業に違いないとか、これこれを食べさせると赤子が立派に育つとか、そんな関係のないものばかりであった。

 

「…厳しいですね」

「そっか。簡単には見つからないね」

「そうですね。けれど、それでも探すしかないんですよ」

「…どうして?」

 

自分の心に小さな決意の炎が宿るのを感じていたら、フランにそう訊かれた。…あぁ、そう言えばフランには話していなかったっけ。

 

「地上と地底以外の選択肢を創るためですよ。地上にも地底にも居場所がないなら、いっそ別の世界に行けばいい。そう考えたんです。ですから、まずはその存在の確認をしたかったんですよ」

「…地上に居場所がないなら、そっちに作ればいいよ。…ね?こっちのほうが簡単でしょ?」

「そうかもしれませんね。…けど、そうやって作った地上の居場所、どのくらい時間が掛かりますか?どのくらい持ちますか?」

 

そう訊くと、フランはんー…、と唸りながら考え込んだ。けれど、申し訳ないけど貴女の答えを望んで訊いたわけじゃないんだ。ごめんね。

 

「慧音が人里に馴染むまで何十年という時間が掛かったそうです。…あの優しい心を持つ元人間で半人半獣の慧音が、です。わたしはどうでしょう?地上じゃあ大の嫌われ者のわたしが、地上に馴染むまでどのくらい時間が必要でしょう?…わたしは、彼らがわたしのことを忘れるまで不可能だと思いますね。そして、鬼である萃香が地上に忘れ去られるまでに掛けた時間は数百年。…まぁ、実際に忘れ去られてから経過した時間もあるでしょから、普通の人間が死んで丸ごと入れ替わる百年程度としましょう。…じゃあ、逆に百年間隠れ続けられる居場所を作るとする。それなら地底にいたほうがいい。けれど、ここだって結局微妙な話。だから、とりあえず別の世界を求めたんですよ」

「…難しいね。お姉さんが考えてることって、いっつもそう」

「すみませんね。けど、考えないといけないから考えてるんですよ。わたしは弱いですから」

 

強者は牙を研ぎ、弱者は知恵を絞る。今のわたしは強者に分類されるのかもしれない。けれど、わたしは敗北者であり、そして逃亡者。つまり弱者なのだから。だから、わたしは考え続ける。今を生き延びて、そして最後に勝利するために。

 

「さぁ、続けましょう。とりあえず、あの本棚を全部読み切るまでは終わるつもりはないですよ」

「うへぇ…。お姉さんってパチュリーに似てきた?」

「こうして読み込んで知識を得るのは前からですよ」

 

大図書館に飛んでいくより、わたしに与えられた部屋から歩いてすぐの書斎のほうが近い分、頻度が多くなっているだけの話。大図書館の本は読み切れそうもないけれど、ここの書籍を読み切るのはあと数ヶ月もあれば十分だろう。時間を惜しんで本気で読み込めば二ヶ月くらいかなぁ?

残された本棚を眺めながらそんなことを考え、そしてすぐに横にある書籍の山に意識を切り替える。そして、再び黙々と読み続けていく。紙と紙の擦れる音と書籍を置く音だけが聞こえる、とても静かな時間。

 

「…ん?」

 

そんな中、気になるものが見つかった。これまた魔界に関する内容だったので読み返したのだが、どうやら一人の僧侶が封印されているらしい。その名を聖白蓮と言い、その人柄ゆえに人間からの人望も厚く、そして妖怪からも親しまれていたそうだ。そして、その果てに人間と妖怪の共存を求めるようになり、悪魔と見定め魔界へと封印するに至ったそうな。この話、何か聞き覚えがある気がするんだけど…。

あ、そうだ。一輪さんが言っていた、人間と妖怪の共存だ。関係あるか知らないけれど、似たようなことを考える人は探せば見つかるものだなぁ…。限られた空間ならまだしも、それを全域にとなると反発が生まれるのは仕方のないことだ。少数派は、いつだって異端で、排斥されるんだ。…本当に、しょうがない。

…もし、魔界に行くことがあれば、その封印されているらしい聖白蓮とやらを見に行くのも悪くない。話せるのなら話してみたいものだ。そして、わたしとは致命的に相容れないことを確認してみたい。…何となく、そう思った。

 


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