東方幻影人   作:藍薔薇

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第360話

窓から飛び出していった萃香の背に手を振って見送り、その姿が豆粒よりも小さくなったので窓を閉める。開けっ放しのわたしの部屋からは、各々の会話が漏れ聞こえてくる。特にこいしとフランの会話が目立つが、まぁ気にするほどの事でもないでしょう。

わたしの部屋に入り、しっかりと施錠する。鍵を仕舞いながら、軽く部屋を見渡した。机を挟んでこいしとフランが軽い言い争いをしていて、大ちゃんがその横で止めるべきがどうか迷っている様子。妹紅は窓から外を眺めていて、はたてさんはわたしのベッドでゴロゴロと転がっている。…ふむ、特に問題ないね。

扉を背に腰を下ろし、一枚の硬貨を創造する。両面には表と裏という文字がそれぞれに彫られている。そして、弾くと表が出る、という情報を入れる。キン、と親指で弾くと硬貨がクルクル宙を舞う。落ちてきたそれを手の平で受け止めようとした瞬間、不自然な急回転をして表になった。…駄目だ、これ。少なくとも、イカサマには使えそうにない。

 

「なぁ、幻香」

「何でしょう、妹紅?」

 

使い物にならない硬貨を回収していると、いつの間にか隣に座っていた妹紅に話しかけられた。

 

「お前にいくつか言いたいことがある、って言ったろ?」

「ええ、言ってましたね」

 

妹紅が地底にわざわざ下りてきた理由だ。それならば、わたしはその言葉を聞くべきだるう。

そう思い少し待っていると、軽く握られた拳で頭を叩かれた。そして、拳を広げてそのまま頭に乗せられる。グシャグシャと髪の毛をかき混ぜる手は温かく、そして優しかった。

 

「…馬鹿野郎。どうして勝手にいなくなったんだよ」

「最初からそのつもりだったから、では駄目ですか?」

「本当にそうか?…本当に?」

「…いえ、最初から、ではちょっとだけ語弊がありますね。霊夢さんに負けそうなら、わたしは逃げるつもりだった。霊夢さんに勝てそうなら、わたしはそのまま勝利するつもりだった。いざとなったら、八雲紫の道具になるつもりだった。…この三つ、ですかねぇ」

 

流石に四つ目の幻想郷崩壊は言えなかった。仮にそれを視野に入れていたことを既に知っていたとしても、わたし自身の口から言葉にしたくなかった。

 

「地上のこと、どのくらい知ってるんだ?」

「とりあえず、『禍』が封印されていること。人里が大分落ち着いたこと。フランドール・スカーレットがフランチェスカ・ガーネットになったこと。妖怪の山に最近出来た守矢神社が博麗神社と揉めたこと。…印象に残っているのはこのくらいですかねぇ」

「最後のはどうでもいいな。…あれか、あのこいしから聞いたのか?」

「ええ。彼女、たまに地上散策に出掛けているそうですよ。印象に残らず、記憶に残らないから、って。妹紅達にも会いに行ったらしいですが、どうでした?」

「…すっかり忘れてたね。もう一度出会ったときに思い出して、別れてすぐにまた思い出さなくなった。印象は…、そうだな。空気みたいだ、って思った。お前に似てる、とも」

「…わたしに似てる、ですか。…そっかぁ。ははっ、そうですよねぇ」

 

鏡宮幻香はこいしの願いから産まれた。ふと、その最も可能性の高い仮説のことを思い出した。全く関係ないかもしれないけれど、こういう些細なところで繋がりを見出されると、その信憑性がまた一つ上がったような気がしてくる。

 

「地底はどうだ?」

「さっきも言いましたが、大丈夫ですよ。話せる人もチラホラいますし、こいしがいますし」

「あのスペルカード戦は何だ?萃香が言ってた感じだと、元はなかったみたいだが」

「さとりさんがわたしの思考から読み取った命名決闘法案、スペルカードルールを旧都の需要に合わせて改変し、新たな娯楽として広めたものです。弾幕遊戯、という名で通っていますね」

「ちなみに、何が違う?」

「肉体、及び道具などの物理攻撃の原則禁止。最後の切…、スペルカードの使用時間が被弾数に応じて変動する。主な違いはこのくらいです」

「そっか。…非暴力派の娯楽、ってところか?」

「そんな感じですかねぇ。賭博と喧嘩が性に合わない人に向けていますから、そうとも言えると思いますよ」

「ちなみにお前は?」

「全部」

 

喧嘩も賭博も弾幕遊戯も手に染めている。その結果がさとりさんの頭を抱えさせてしまうこともしばしばあるけれど、そこはもうしょうがないと思って諦めてくれると嬉しい。わたしだって、好きで滅茶苦茶にしているわけではない、…時もあるのだから。

 

「…まあ、元気そうでよかったよ。…死んでいなくて、封印されていなくて、よかった…」

「すみません。迷惑、かけちゃいましたね」

「そう思うなら、最初から言ってくれよ…」

「すみません。言ってしまえば止められると思っていたので」

「ああ、止めたさ。当たり前だろ?」

「…ですよね。だから、わたしは、裏切ったんですよ」

「…そっか。…地上に戻る日には覚悟しとけよ。慧音は相当気にしてたからな。何されるか分からんぞ」

「ははっ。頭突きの一つや二つくらい覚悟しておきますね」

 

慧音が教え子にやっていた頭突きはとんでもなく痛そうだった。そして、ただ痛いだけではなく愛を感じさせるものであった。裏切り者のわたしには、かなり効くものになるだろう。

 

「…いつ、戻る?」

 

会話の流れでそう訊かれ、一瞬思考が停止する。

愚鈍な思考が、まずは会話の流れを無理にでも断ち切ろうと周りから話題を探し出す。さらに過熱したこいしとフランの言い争い。あたふた慌てている大ちゃん。何とも表現しがたい表情を浮かべるはたてさん。そして、隣にいた妹紅と目が合った。その視線から、逃れられない。

 

「…なあ、どうなんだ」

 

妹紅に答えを促されるが、わたしにはその答えがそもそも存在していない。わたしは、後悔のない選択をするために、選択しないことを選択してしまったのだから。

そのままだんまりを続けていると、答えがないことを察したらしい妹紅が口を開く。

 

「…私が知っている鏡宮幻香は、少なくとも答えがない、ってことはなかったよ。答えてくれないことはあっても、分からないことはあっても、答えが存在しないことはなかった」

「…そう、ですか」

「ああ、そうだよ。…何迷ってんだ。何がお前を束縛してる?」

「…後悔のない選択をしろ、と言われたんです。けれどさ、わたしがどう選んでも後悔するのが明々白々なんだ。だから、どうすればいいのか、分からない…」

「後悔なんてするに決まってんだろ。しないほうが稀だ」

「知ってますよ。分かってます。…けど、そうしろと言われたんですよ」

 

それだけ言って妹紅の視線から逃げるように俯いてしまう。

後悔、って何だろう。地上に上がれば地底との別れが辛く、地底に残れば地上との別れが苦しい。地上と地底の不可侵条約。地上の居場所。地底の居場所。…わたしの、居場所。

渦巻く思考の中、その頭にポンと手が置かれた。

 

「なら創れよ。後悔のない選択肢を。地上と地底の二択以外に、いつもみたいに創っちまえよ」

「…無茶、言いますね。わたしに死ねと?」

「冥界も一つだな。あとあれだ。月の都だったか?他にも、確か魔界とか天界とかもあるらしいな。ま、詳しくはよく分からんけど。他にもあるんじゃないか?」

「…どう足掻いてもわたしは異物ですよ」

「なら足掻けよ。最後まで足掻いて駄目ならまた戻ってやり直せばいい。後悔する暇があったら次のことをしてろ。いいか?人生ってのはな、終わらなければ終われないんだぜ?」

 

渦巻く思考の中に、その言葉が浸み込み一緒くたに混ぜられていく。真っ暗に沈み込むような色合いだった思考が、ほんの少しだが明るくなっていく。…はは、他の何処かかぁ…。もしかすれば、一つくらいあるかもしれないね…。こんな劇物を受け入れるような、そんな居場所。

…探してみようかな。どうすればいいのか、まだ分からないけれど。それでも、少なくとも、探すことに後悔はしないから。

 


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