東方幻影人   作:藍薔薇

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第355話

「囲まれたか…。こりゃあ全員生存は絶望的かもな」

「…どうする?」

「えっと…、全員に勝利するか、一点集中で突貫するか、逆に撤退するか。大きく分ければこの三つのどれかを選ばなければならないかと」

「撤退、って言われてもねぇ…。私一人ならまだしも、五人全員でとかどこによ?」

「しねぇよ。その三つなら全員勝利だ」

 

そう断言すると、妹紅と目が合った。そう即断した根拠が欲しいらしい。

 

「安心しろ。鬼との勝負は基本一対一だ。それを全員分繰り返せばいい。…一部例外を除けば、な」

「軽く数えて三十超えてんだぞ?しかも例外付きかよ。何だよ、その例外」

「粛清、排除。それと私」

「あ、そう…」

 

粛清は言い換えれば仲間の処刑だが、そんなことをする理由はない。地上の妖怪の排除が目的ならばこのまま一斉に襲いかかってくるわけなのだが、そんな気配はなさそうだ。ここで私達を囲んでいる鬼達の中で、私と同じように分身出来るような奴はいない。

 

「お話はそこまでにしな」

 

そこで真っ赤な盃を片手に私達の前に歩いてきた鬼、星熊勇儀に声を掛けられた。ひっ、と短い悲鳴が大妖精の口から漏れた。他三人からは息を飲む音が聞こえてくる。

 

「よお、勇儀。…久し振りだな」

「…あぁ。久し振りだな、萃香」

 

私としては、こんなに早く再会することになるとはなぁ、と思いながらだったのだが、対する勇儀のほうはかなり複雑な表情を浮かべていた。

だが、その表情を盃に注がれていた酒と共に呑み下し、余裕のある風貌で私達に一つの提案を投げかけてきた。

 

「さて、と。これでも地上から来た奴らは私に任されてるもんでね。場合によっちゃあ見逃してやっても構わないと思ってんだ。だから、五人だ。私達は五人であんたらと勝負する。交代も認めよう。降参だって認めよう。…だが、逃走だけは認めんよ。…どうだ?」

「ああ。こっちは最初から全抜き考えてたんだ。数が減るなら喜んで呑ませてもらう」

 

そう言ってお互いにニヤリと笑い合い、勇儀は私達に背を向けて鬼達の中へと戻っていった。

 

「五人抜きか…」

「こっちが五人だったから、あっちも五人なんだろうよ。…ただ、どう考えても戦えねぇのが最低でも一人いる」

「…すみません」

「あー、私も無理だからね。戦えるならそもそも頼ってないし」

「こっちは三人、ってことね」

 

フランはそう言いながら、軽く握った拳をもう片方の手に打ち付けた。獰猛に笑う口元の端で鋭く尖った牙がキラリと光る。

 

「上ッ等!やろう、妹紅、萃香!」

「あぁ。試合なら知らんが死合なら負ける気がしねぇ」

「んじゃ、誰から出る?…一応言っとくが、もし私達三人まとめて出たらあっちも三人出すだろう。そこも視野に入れて考えてくれ」

「私が行く。…この勝負、何処までやっていいの?」

「殺さなきゃ何しても構わねぇよ。最悪殺しても問題ないけど」

「了解」

 

何処からともなくレーヴァテインを取り出し、フランは前に出た。それに対し、鬼達の中からも一人出て来た。…あれは鬼の中じゃあそこまで強くないな。おそらく、フランなら特に苦労することなく勝てる相手だ。

 

「ああぁぁあぁぁっ!」

 

咆えながら右手を固く握り締めて駆け出した鬼に、フランは流石に焼き斬るつもりはないらしくレーヴァテインの腹を振りかぶる。間合いに入った瞬間、フランはレーヴァテインを振るう。それに対し、鬼は拳を突き出す。

 

「シッ!」

 

鬼の拳を受けたレーヴァテインはガシャアァンと音を立てて砕けた。だが、フランはその一瞬前には既に手を放していた。意識が完全に迫り来るレーヴァテインに向けられていた鬼の背後に素早く回り込み、隙だらけの後頭部に真っ直ぐと蹴りを放つ。

声を発する暇すらなく意識を刈り取られ、鬼はそのまま地に伏した。…やっぱし呆気ないもんだな。

動かなくなった鬼を掴んで放り投げたフランは、私達に振り返ってこう言ってきた。

 

「ねぇー、交代するー?しないなら行けるところまで行くけど」

「そうだな。行ってこい」

「分かった!出番なかったらごめんね!」

「抜かせ。…ま、期待はしとく」

 

フランは強い。たとえ鬼が相手であろうと簡単に負けるような奴じゃない。

次に出てきた鬼は、最初よりも強そうな感じがした。だが、まだ足りないな。二人がほぼ同時に跳び出したのを見ながらそう考え、そしてその予想が外れることはなかった。お互いに肉薄した瞬間に勝負は決する。フランは鬼の乱打を潜り抜け、その鳩尾に肘打ちを突き出した。しかも三連打。

 

「お、おぉ…ッ!」

「セイッ!」

 

たまらず鳩尾を抱え悶絶した鬼の顔面を蹴り上げ、空を舞う鬼に追撃を叩き込んで吹き飛ばす。地面に思い切り叩き付けられ転がっていった鬼は、どう考えても復帰出来そうもなかった。

次に出てきた鬼は、見た感じフランと同格といったところか…。そのことにフラン自身も気付いたらしく、より一層気を引き締めた。その両腕両脚には先程よりも力が萃まっているのを感じる。

 

「ふ…ッ!」

 

フランは相手が出るよりも早く跳び出し、そのまま加速込みの左拳を突き出した。が、それは容易く両腕に阻まれてしまう。その防御を突き抜けようとフランは両腕を乱雑に振り回していくが、それでもあの防御を抜くことが出来ずにいた。

 

「…ちょっとまずい、かも」

 

そうフランが呟くのが聞こえたとき、遂に防御を解いた鬼の拳が放たれた。フランは大きく仰け反って躱し、そのまま距離を取ろうとしたが鬼は逃すまいと距離を詰めてくる。ただ距離を取るだけでなく弾幕を放っていたフランだが、両腕を大きく振るうだけで弾幕が掻き消されていく。

 

「ちょっとじゃない…ッ!相当だよ、これはッ!」

「ふん、その程度か」

「…決めた。せめて貴方には勝つことにしたよ」

 

そう宣言したフランは距離を取るのを止め、お互いの射程距離内にまで接近する。フランは防御を完全に捨てた特攻をし、鬼は防御を固めながら一撃一撃を叩き込んでいく。殴り殴られ、蹴り蹴られる。お互いに傷が付き、フランは吸血鬼ゆえに傷がすぐに塞がっていく。だが、傷が治るからって一切効いていないわけではないのだ。

 

「アハッ!さっきの余裕そうな態度は!?もしかして、余裕なくなっちゃった!?」

「ふん、抜かせ…っ!」

 

改めて見ていると正直分が悪い。体の大きさが違う。腕の長さも、脚の長さも、一つ二つ鬼のほうが長い。フランに届かない攻撃が、鬼は届く。力は同格でも、この差が痛い。だが、それでもフランは食らい付いていく。

 

「あ…ッ!」

 

だが、鬼がフランの右拳を掴み取ったことで戦況が一気に傾いた。ニヤリと余裕気に笑う鬼を見て、フランは残っている左腕を突き出すが、それも難なく手の平に阻まれそのまま掴み取られる。宙ぶらりんにされたフランは体を振り子のように振るって両脚で蹴り上げようとするが、それも片膝で防がれてしまった。

 

「あーあ、ちぇっ。やっぱりこうなっちゃったかぁ…」

 

実に残念そうな声を上げて俯いたフラン。鬼から見れば諦めの姿勢に見えたであろう。だが、私から見えたその表情が死んでおらず、むしろ不敵に笑っていた。

そりゃそうだ。フランは、未だに吸血鬼としての性質を碌に使っていないのだから。

 

「禁忌『エーストゥシックス』」

「な――あガッ!?」

 

フランから一人跳び出し、隙だらけの鬼の顔面に頭突きを喰らわせた。次に跳び出した二人が鬼の両腕に踵落としを同時に振り下ろす。次に跳び出した一人は鬼の鳩尾に肘打ちを突き出した。最後に跳び出した一人は足払いを仕掛けて鬼の体勢を大きく崩した。そして、掴み取られていた両手から抜け出したフランが脇腹に回し蹴りを叩き込んだ。

体勢が崩られていたこともあって、簡単に吹き飛ばされて地面を派手に転がっていく。だが、これではまだ倒れずになお立ち上がった。…だが、この戦況は覆せそうにない。

 

「ぐ…っ。馬鹿な…っ。六人に増えた…だと…っ」

「アハッ」「萃香が」「例外なら」「私も」「例外」「だよねぇ」

 

六人に分身したフランが、鬼を囲み袋叩きにする。必死に防御しているが、何せ手数が単純に六倍。防ぎ切れる数じゃない。

 

「ぉ、ぉぉおおおああっ!」

 

最後の最後に鬼は完全に防御を捨て、全てを賭けた最大威力の拳をフランに叩き込んだ。…が、その拳は紅い霧の中をすり抜けた。

 

「残ッ念」「そんな大振り」「霧にして」「躱せるよ」「疎の方が」「分かりやすいかな?」

 

フランの吸血鬼としての性質は、私の能力に非常に似ている。自分自身のみと対象は絞られているが、あの時にちょいと教えただけでこれだ。もしかすると、いつか自分自身のみという限定された比較ならフランのほうが勝るかもしれない。…いや、そうなるだろう。

全力の拳を躱された代償は大きく、残された五人に脳天を、顔面を、心臓を、鳩尾を、股間を、つまりは急所を五ヶ所同時に攻撃された鬼は白目をむいて倒れた。

ザワザワと鬼達が騒がしくなったが、フランはそんなこと意に介せず元の一人に戻って大きく伸びをしてからこちらに戻ってきた。

 

「ただいま。この先はもう勝てないと思うから、交代よろしく」

「お疲れさん。…んじゃ、次は私だな。萃香、お前は最後だ。頼んだぜ?」

「はいよ。負けんなよ、妹紅」

「任された」

 

片手に炎を点し、それを軽く払いながら前に出ていく。そんな妹紅を私は片手で、フランは疲れたぁ…と呟きながら見送った。

 


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