東方幻影人   作:藍薔薇

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第354話

旧都の中でも比較的荒れがちな外側を抜けて内側に入ると、鬱陶しい嫌な視線の数が明らかに減り始める。私を見て驚き、後ろに付いて来ている四人を見て首を傾げ、そして結局何もせずに自分のやりたいことに戻っていく。

ただ、こうして旧都を歩いていて一つ明確に変わったと思えることがあった。それは、私達含めて見上げている妖怪が多いということだ。

 

「…あれ、スペルカード戦だよね?」

「はい、弾幕ごっこにとても似通っています」

「弾幕遊戯、って言うんだよー」

 

道行く妖怪達は上空で繰り広げられているスペルカード戦に魅せられている。

しかし、どういうことだ?少なくとも、私が地上に上がる頃にはこんなものはなかった。妖力弾の弾幕なんぞ、無差別攻撃か接近のための牽制くらいにしか使われておらず、しかも使うやつは総じて物好き扱いされていた覚えがあるのだが…。

仮に幻香が広めたとして、それは何のために?そもそも広める理由は?…分からん。こういうのを考えるのは苦手だ。訊いたほうが早い。

 

「どうした、フラン。上で遊びたくなったか?」

「お、いいね!遊んじゃう?」

「今はいいよ。お姉さんに早く会いたいからね。今、何処にいるんだろ?まだ地霊殿かなぁ?」

「はたてさんが起きていれば念写を頼むことも出来るのですが…。起きてくれそうですか?」

「念写?…何だっけ、それ?」

「いや、全然動かない。身動ぎ一つしないから重くてしょうがないな。…萃香、無理矢理起こせないか?ほら、意識を萃めてさ」

「やってもいいが、今やると増幅された嫉妬心ごと萃まって面倒くせぇことになるんだが…」

「…あの、はたてさんの意識を萃めたらすぐにその嫉妬心を薄めてあげればいいのではないでしょうか?」

「おっ!大ちゃん頭いいーっ!」

 

大妖精にそう言われ、思わず肩がガクリと落ちる。そういう繊細なのはあんま得意じゃねぇんだがなぁ…。ま、出来ないことはない。起きたら起きたでうるさくなりそうだが、このまま動かないのを持っていくより自分で動いてもらった方が後が楽だろう。

 

「しゃあねぇ、やるか。…妹紅、はたてをしっかり押さえとけよ」

「ひゅーっ!恰好いいーっ!」

「はいよ」

 

妹紅がはたての両腕を後ろに回し片手で固定したのを見て、私ははたての頭を両手で挟む。こういうのは近い方がやりやすい。ただ、下手に暴れられると面倒だ。途中で止めるとどうなるか分からんしな。

まず、気を失って疎となった意識を萃める。ここまでなら何度もやってきたことだ。萃め過ぎて逆に駄目にならないように注意しながらやっていると、はたての瞼がむずむずと動き始める。…よし、後は勝手に起きるだろ。

次に疎にする嫉妬心だが、嫉妬心と単純に言われても複雑なものだ。そう簡単にホイホイ出来るもんじゃない。今の内にはたての意識の中にある嫉妬心を選り分けねぇと…。

 

「…ねぇ」

「あのさぁ、萃香」

「話しかけんな。気が散る」

「はーい」

「あんたも私にそういうこと言うのね。意味分かんねー奴、って。…そういえば、あんたもあの子と一緒に随分楽しんでたわよねぇ…。一緒に話して、遊んで、食べ合って、呑み合って、異変を起こして…。羨ましかったわ、本当に。私じゃ出来ないことだもの。自分で自分が抑えられなくなるから」

「全く呑み合ってねぇよ。…ん、思ったより抜けてたな…。ま、一応薄めとくか」

「けど!それもあと少しでお終いよっ!あぁ、私のこと覚えているかしら?それとも忘れているかしら?どちらでも構わないわっ!これから覚えてもらえばいいもの!…はふぅ、早く会えないかしら…」

 

嫉妬心を薄めた途端、はたては一気に上機嫌になり周りなんて存在しないが如く熱く語り始める。この調子だと、後ろ手で拘束されていることにすら気付いていなさそうだ。…こいつの幻香に対する執着も薄めるか…?いや、無駄か。何しても萃まりそうだし。

 

「って、いつの間にここまで進んでたの?それより、どうして私は捕まってるのかしら…」

「萃香に訊くと早いよ!」

「今更かよ。何も覚えてないのか?」

「覚えて?…あ、私の湧き上がる幻香への気持ちがちょっと溢れ出ちゃったわね。いけないいけない」

「…とんでもねぇ気持ちだなオイ」

「え、ちょっと気になるんだけど」

 

しかもあれがちょっとかよ。かなり引いた。気のせいかもしれないが、道行く妖怪達も私達から距離を取っている気がする。

妹紅がはたての両腕を離し、はたてはすぐさまキョロキョロと周りを見渡した。

 

「にしても、思ったより普通ね。もっと殺伐としてると思ってたわ」

「それは旧都のこと知らな過ぎだよ天狗さん。わたし、怒っちゃうよー。ぷんぷん」

「ま、そうだな。私からすりゃ異常だが…。それでも、私が知る頃の旧都より地上に近いのは確かだ」

「お姉ちゃんが色々やってるからねぇ。あ、もちろんわたしも頑張ってるよ!」

 

そこでようやく、本当にようやく違和感に気付いた。聞き覚えのある声のした方に首を曲げ、意識を集中させる。すると、さっきのさっきまで全く気付かなかった存在を私はようやく認識した。

古明地こいし。さとりの妹。第三の眼を閉じた無意識妖怪。そんなこいしちゃんは私の焦点がキッチリ合ったことに気が付いたのか、にこやかに満面の笑みを浮かべる。

 

「あ、やっと気付いた!改めまして、お久し振りだねっ。何しに来たの、萃香?」

「…とんだ食わせ者だな。なぁ、こいしちゃん。幻香は最初からこっちにいたみたいじゃねぇか。私は嘘つきは嫌いだぜ?」

「嘘は言ってないよ。幻香とは会って訊いて話してるけど、わたしは一度も『禍』とは会ったことも訊いたことも話したこともないもん。もしも『禍』がいれば地底に迎え入れたいのも本当だし」

「幻香は『禍』だろうが」

「見解の相違だね。私は幻香と『禍』は同じでも違うものだと思ってるから。そもそも『禍』なんて地上の人間が勝手に作り上げた理想の藁人形じゃん。敵意を、悪意を、殺意を、何もかもを都合よく押し付けられる手頃で手軽な藁人形。それが幻香だなんて、私はちょぉーっと許せないなぁ」

 

こいしちゃんはそう言うと、わざとらしく両手を叩いた。その瞬間、私以外の四人の視線が一気に集まる。

 

「やっほー。久し振りだね、幻香のお友達。妹紅、フラン、大ちゃん。それと天狗さん、貴女ははじめましてだねっ。わたしは古明地こいし。貴女の名前を教えてほしいな!」

「姫海棠はたてよ。貴女、幻香の横によくいる子ね」

「そうだねぇ。幻香はわたしと友達だしぃ?…ま、続きはちょっと別の場所にしよっか。ここで話すと嫌でも目立っちゃうし。来てくれるなら、訊かれたことを答えてあげるよ」

 

そう言うと、こいしちゃんは細い脇道へと勝手に進んでいく。

 

「…どうする、付いて行くか?」

「行くぞ。…というか、見失うとちょいと面倒になる」

「だね。萃香は違うっぽいけど、私達はこいしのことを今の今まで完っ全に忘れてたし」

「『記憶に残らない程度の能力』といったところでしょうか?」

「今の内に一枚撮っとこうかしら…。それでも忘れるなら仕方ないわね。幻香のお友達なら覚えときたかったわ」

「なら行くか。罠、はないだろ。こいしちゃんだし」

 

カシャ、という乾いた機械音を一つ耳にしながらこいしちゃんの後を付いて行く。しかし、私以外出会っていたことを忘れていた、か…。こいしちゃんの無意識はそこまで進んじまった、ということか…。

慌てて付いて行くと、こいしちゃんは私達を一瞥してから脇道の真ん中で止まり、そこにある壁を独特の間隔で数回叩いた。すると、そこにあった壁の一部がズレて家の中への通り道が出来ていた。へぇ、隠し扉か。知らんかったな…。

 

「何名様で?」

「六人。一番奥の部屋でいい?」

「どうぞ、六百です」

「はい」

 

部屋一つ借りるにしては馬鹿みたいに高額だ、と思いながら手招きするこいしちゃんに付いて行く。部屋の中は暗く、碌な光源もない。各部屋の扉に僅かに光るものがあるが、それでも手元が何とか見える程度。

 

「フラン、何が見える?」

「扉が五つ。この間取りだと、一部屋は結構広そう」

「あ、部屋の中以外で光るものを出さないでね!即出禁だから」

 

そう言われても、私は光るものなんか持ってない。後ろにいた大妖精は穴を下りるときに出していた光源をすぐに仕舞った。

促されるまま奥の部屋に入れられ、最後に入ってきたこいしちゃんが扉をしっかりと施錠する。そして、いつの間にか持っていた蝋燭に火を点け、部屋の真ん中に置かれた卓袱台の中心に置いた。

 

「さて。皆はわたしに訊きたいこと、何かある?ないならわたしが訊いちゃうよー」

「私達に幻香のこと訊いて来ただろ。何のためだ?」

「幻香が地上でどんなことをしてたのか、どう思われてたのか。それが知りたかっただけだよ?そう言ったと思うんだけどなぁ。幻香には色々訊いたけど、人からどう思われていたのかなんて結局その人じゃないと分からないからねぇ」

「どうして貴女のことを忘れちゃうの?」

「覚えられないから。わたしの無意識が進化、…この場合は退化かなぁ?とにかく、そうなっちゃったの。理由は幻香っぽいけど、それはどうでもいいね」

「え、まどかさんが、ですか…?」

「うん。そんなこと言ってたし。わたしの大切な何かを奪った結果、みたいな?別に構わないけどねぇー。幻香はわたしのこと、もう二度と忘れないし?新しい友達が出来ないのはちょっと寂しいけど、今までの友達がいるからね」

「幻香はどうだ?」

「今はちょっと悩んでる感じ。あと、やりたいことが多くて順番に手を付けてる。旧都の生活も慣れて、関係もそれなりに馴染んで、楽しんでるみたいだよ」

「貴女は幻香とどんな関係なの?」

「友達。一番のね」

 

そう言いながらこいしちゃんは微笑んだ。その答えにフランはジィッと睨んでいたが、動じる気配はない。気にしてすらいなさそうだ。

 

「訊きたいことはこれでお終いかな?それなら、わたしが訊きたいことを訊いちゃおう。まず、何で来たの?」

「今すぐにでも幻香に会いたいのが二人もいたから。フランとはたてだな」

「地上と地底の不可侵条約は?」

「それをあんたが言うか。…ま、私の言えたことでもねぇけど。質問の答えなら、知ってて破った、だ」

「会って、何をしたいの?」

「会いたいだけよ。…あぁっ!早く顔合わせしたいわぁ…っ」

「お姉さんがそこにいるなら、私は行くだけ」

「帰りは何時になるの?それとも、何かをしたら?」

「えと、その…。考えてません…」

 

それだけ訊き、こいしちゃんは満足げに頷いた。

 

「うん、このくらいでいいかな。せっかく見つけたこの場所も使えたし、わたしは十分かなぁ。…うん、時間も潰せたし」

「時間?…おい、何考えてやがる」

「べっつにぃー?ただ、ここに来る前は地上の連中の襲撃だー、って騒いでたくせに全然はしゃいでないから気になって探してみれば萃香達を見つけただけだよ。そのもう少し前に勇儀を中心にした鬼の皆が鬼気迫る表情で進軍してたなんてどうでもいいことだよねぇ。きゃはっ!鬼のくせに鬼気迫るなんて、笑うーっ!」

 

…こいつ、どうやら私達を匿うつもりだったらしい。理由は知らんが。

 

「ま、出て行くならお好きにどうぞ―。ここにいても特に意味なんてないしね」

「そうかい。またな」

「じゃあねー。思い出すまで、さようなら」

 

蝋燭の火を消し、ここから出る。暗闇に若干慣れていた目には外が少しだけ眩しかったが、脇道から出る頃には平気になった。

 

「見つけたぞっ!」

「あぁん?」

 

そして大人数の鬼達に見つかった。見知った顔ばかりで懐かしい気分になる。だが、今はそれどころではなさそうだ。

そんな時、ケラケラ笑う声が上から聞こえ、その方向を見上げてみれば、屋根の上で腹を抱えて笑い転がっているこいしちゃんがいた。

…こいしちゃんめ、時間潰しの理由はこっちかよッ!

 


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