東方幻影人   作:藍薔薇

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第353話

屋根の上にいる妖怪がその手に持った何かを投げようと腕を振り上げたが、私に気付いた瞬間にその手が止まる。畏怖と悪意など、様々な感情が入り混じった嫌な目で睨まれる。

 

「あ、あの…。物凄い形相で睨まれてるんですけど…。私達、大丈夫でしょうか…?」

「あぁ、こんだけの数の殺意に囲まれるのは久方振りだ。思った以上に嫌われてる」

「どうする?先手打って軽くやっちゃう?それとも待つ?」

「待つ。こっちが攻撃する理由はまだねぇ。それに、一応伸びてる奴もいるしな」

 

いっそのこと、投げ付けてくれれば思う存分やり返せるのだが、ああして中途半端に留まられると何も出来ない。大妖精が言ったように、私達は襲撃をしに来たわけではない。飽くまで幻香に会いに来ただけなのだから。

やり場のない悪感情はどうやら私達ではない別の妖怪に向けられたらしく、少し先にいたいかにもひ弱そうな妖怪に石やら土塊やら木片やら刃物やらが投げ付けられていく。あっという間に汚れて倒れた姿を見てゲラゲラと嗤う耳障りな声が嫌でも入ってくる。

 

「…酷い」

「ここじゃあよくある日常だ。あの程度でいちいち出てるとキリがねぇ」

「出る?誰が?」

「私含めた鬼さ。度が過ぎた行為は即行潰す。…まぁ、その辺の裁量はかなり曖昧だがな」

「萃香なら止めるか?」

「…悪いが止めんよ。流石に殺されれば動くが、あいつはまだ死んでない」

 

止めるか否か、一瞬でも迷ったことに自分自身で驚いた。地底含めた古い考えが抜け切っていないことは自覚していたが、私は自分自身が思っている以上に地上に染まっていたらしい。

 

「キャッ!」

 

そんなことを考えていると、後ろにいる大妖精が甲高い悲鳴を上げた。次いでベチャ、とぬかるんだ音が聞こえてくる。

 

「…大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

 

後ろを見ると、妹紅の右手に付着した泥を大妖精が両手に溜めた水で洗い流していた。そして、その隣にいるフランは泥を投げたらしい妖怪を睨み付けていた。

 

「…理由、出来たよ。…どうする?」

「好きにしろ」

「推奨はしないぞ」

「あの、私は平気ですから…」

「大丈夫、一発殴り飛ばすだけだから」

 

地面を深く抉り土と砂を撒き散らしながら跳び出したフランは一瞬で肉薄し、その下卑た嗤いを浮かべていた顔面に拳を叩き込んだ。そのまま血を噴き出しながら吹き飛んでいく姿は家の陰に消えたが、その向こう側から聞こえてくる家が崩壊する派手な音がフランの拳の威力を物語っている。

理由なくやられることが日常ならば、やられたらやり返すことも日常だ。たとえそれが何倍に膨れ上がろうと日常に変わりはない。

 

「…さて、大妖精。これ、頼んでいいか?」

「出来るだけ動くなよ。全部とは言えんが守ってやるからな」

 

そして、それはあちら側も分かり切っていること。フランの一撃は、他の連中に一瞬で火を点けた。私がいるにもかかわらず、一時の肥大化した感情に突き動かされてものを投げ付け、そして自ら跳び出し始める。

…まぁ、そうなることは今までの経験から予測していた。だから、私は大妖精の返事を待たずにはたてを投げ付けた。…さて、しょうがねぇな。やるか。

 

「ふっ」

 

右手を軽く握ってその場で拳を一発空打ちすると、一瞬遅れて私の目の前に跳び下りてきた妖怪数人が拳圧による拡散した衝撃波で吹き飛び転がっていく。こちらのほうが直接殴るよりも広範囲を攻撃出来るし、飛んでくるものもまとめて吹き飛ばせる。その分威力は落ちているだろうが、こいつら相手なら十分だ。

 

「私とやるの?いいよ、禁弾『スターボウブレイク』!」

 

屋根の上を見遣ると、そこにいたフランはその宣言と共に色とりどりの弾幕を大量に降り注ぐ。それにより多くの妖怪が巻き込まれていき、それに伴って周辺の家々もまとめて吹き飛ばしていく。それでも近付いてくる妖怪には容赦なく蹴り上げていた。あれだけの弾幕の中にいれば、飛んでくるものなんて意味を成していない。

 

「悪いな、私達はこの先に用があるんだ。ここでくたばるつもりはない」

 

ちょいと後ろを振り向いて妹紅を見遣ると、左右から跳びかかってきた妖怪に掌底を同時に叩き込んでいた。その状態から体ごと旋回し、前方にいた妖怪に回し蹴りを叩き込む。お得意の炎を噴き出していないのは手加減の一つなのだろう。時折飛んでくるものを躱し、次に近い相手を着実に無力化している。

 

「えと、その…。どうしましょう…?」

 

私と妹紅の間であたふたと困惑している大妖精だが、自分とはたてに飛んでくるものを見つけたらすぐさま風を扱い、冷静に振り払っていた。襲撃ではないのだから攻撃する必要はない、と言っていたので、あまりいい気分ではないのだろう。けれど、それくらいは覚悟してきているはずだ。現に、その瞳は未だに決意で満たされている。

 

「まだやる気か?」

「鬱陶しいね、このっ!」

「お前らじゃ相手にならねぇよ。さっさとどっか行け」

 

ある程度片付けていると物怖じした妖怪がチラホラと出始め、それは連鎖するように他の妖怪達にも伝わっていく。その状況で逃がしてやる、と言ったんだ。そりゃあ逃げていくだろうよ。…ま、フランは逃がすつもりなさそうだがなぁ…。そこは運がなかったと諦めてくれ。

フランが周辺のいた妖怪全員を叩きのめし、ここら一帯が静かになった。一つ息を吐き、瓢箪を一気に煽る。

 

「ま、とりあえずここは終わりだ。行くぞ」

「おう。…ほら、今度は私が担いでやるよ」

「ありがとございます、妹紅さん」

「これで相手も分かってくれればいいんだけどなぁ…」

「どうでしょう…。これだけやってしまいましたし、敵対されてもおかしくはないと思うんです」

「そっかぁ…。これで私達は襲撃者かも、ってことねぇ…」

「あちらからすりゃ私達は最初から地上からの侵入者だ。敵であることには変わりねぇよ」

「萃香も?」

「…さぁな。そればっかりは分からんよ」

 

少なくとも、投げるのを止めた奴らは私をまだ地底の妖怪と思っている可能性が残っている。ただし、地上の妖怪になったと認めているが、私の力自体を恐れているだけの可能性だってあるが…。ま、今はどうでもいいか。

この場で止まっていると次が来るだろうから、ひとまず歩き出してこの場から立ち去る。

 

「…あのさ、お姉さんはどうしてここに来たんだろう?」

 

その道中、フランはそんな疑問を口にした。

確かに、幻香は紛れもなく地上の妖怪だ。最初にここに降りたときはもろに攻撃されても何ら不思議ではない。あいつは強いが、一目見てその強さに気付くやつは少ない。その異質な強さは気にしなければ、下手すれば気にしても見えてこないものが多いからだ。

 

「…とりあえず、はたての念写にはさとりと一緒に写ってたんだ。今は問題ないだろうよ」

「ねぇ、そもそもそのさとり、って誰?」

「古明地さとり。旧都を統べる覚妖怪。そこにいるだけの抑止力。あいつがいなければ旧都はただの旧地獄に戻るだろうよ」

「ふむ、幻香はそいつの庇護下に入ってるのか…?だが、仮にも地上の妖怪だった奴をそんな簡単に受け入れるのか?」

「…嫌でも受け入れるだろうよ。何せ、さとりは人の心を読むような奴だ。幻香に利用価値を見出したのか、危険故に取り込んだか…。ま、詳しくは知らんがそんなところだろ」

 

幻香は私なんかより何十倍も考えて行動していた。思い付く限りの可能性を良し悪しを網羅しようとする。その全てを読み切り、その中で何を知ったのか…。私が知る限り、幻香はやろうと思えば旧都を平然と崩壊させることすら視野に入れる。その場で何でもかんでも創り出すふざけた能力もある。その能力に利用価値を見出すのも、危険だと感じるのも、不思議ではない。

 

「…それなら、今のまどかさんはどちらなのでしょう?」

「あん?」

「そのさとりさんの庇護下に入っているとするならば、地底の妖怪に加わったのでしょうか?それとも、今でも私達と同じ地上の妖怪であると言い張っているのでしょうか?」

「お姉さんだしなぁ…。自分に有利なほうを選ぶような、地上の妖怪だって言い切るような…。どっちだろ?」

「その二択なら地底の妖怪だ、って言ったほうが多分安全だろ。地上の妖怪、ってだけでこれだけ嫌われてんだろ?」

「さとりの庇護下に入っている時点でどっちも大して変わらねぇよ。さとりはそれだけ旧都じゃ強い影響があるんだからな」

 

私の中にいる幻香なら、旧都の中心であろうと「わたしは地上の妖怪だ」と大胆不敵に声高らかに言ってのける。そんな気がする。それに、たとえ旧都の妖怪達であろうと、大半の妖怪相手に負けるとは思えない。力で勝らなくとも、それ以外で勝利をかすめ取るだろう。

 

「けど、いくら考えても答えは出ねぇ。会ったら気になることまとめて全部訊きゃあいいだろ?」

「うん、そうだね萃香。…行こっか」

 


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