「…皆、このことは一切他言無用にしてください。…お願いします」
フランと妹紅。この二人の乱入に対し、真っ先に動いたのは罪悪と決意の入り混じった瞳をした大妖精であった。その声色はたかが妖精が発したと思えないほどに重く、周りの妖精達はコクコクと頷くしか出来ずにいた。
そのまま流れるように私達の周囲にいた妖精達にチルノたちを止めるよう頼み込み、それを口実にして人払いを済ませてしまった。
「…とりあえず、途中からで若干分からんところはあるが、この天狗は『封印されているはずの幻香に会いに行く』と言ったんだな?」
「そういうことになるな。本人曰く、そもそも封印なんざされてない、と言いたいんだと」
「言いたい、じゃなくているのよっ。これ見れば分かるでしょっ!」
「そんなのどうでもいいよ。お姉さんは、今も何処かで生きているんだよね?」
「お、落ち着いてください…。今は気持ちを落ち着かせて、皆さんの話を聞きましょう?」
はたてが見せた数枚の写真を妹紅が奪い取り、ジィッと漏らしのないように隅々まで見詰める。見てみろ、と言ったくせに写真を持っていかれたことを睨んでいるはたてに対し、妹紅は眉をひそめながら問うた。
「この写真…、念写か?」
「えぇ、そうよ!」
「これが真実であるという証明はあるのか?」
「あるわよ。見る?」
そう言いながら二つ折りの小さな機械を取り出し、少ししてから私達にその中身を見せつけた。そこには筍が入った竹籠を背負った妹紅が慧音と話しているところを真上から見下ろしたような写真が映っていた。もしもその場にいて撮ったのならば、二人のいる場所にはたての影が出来なければおかしくなる。そんな位置から撮られた写真であった。
「直近一時間以内の貴女よ。…どう?これで信じてくれる?」
「…あぁ、よく分かったよ。とりあえず、その念写に関しては信じた」
「分かってくれたならいいわ。それじゃ、行きましょう?」
「まぁ、待てよ」
妹紅が手に持っていた写真から懐かしい友人である勇儀が写っていた写真を引き抜き、それをここにいる全員に見せる。
「これって、萃香と同じ鬼だよね?…けど、鬼って他にいないんじゃ」
「いるんだよ。これに写されてる場所は私が前までいた地底だ。そこには地上に忘れ去られた鬼が何十人もいる。それも含めて地底の連中は地上の連中を殺したいほど嫌ってる奴ばっかりだ。それにそもそも、地上と地底は不可侵条約が結ばれてる。私が地上に登ったのだって、本来やっちゃあいけねぇことだったんだよ。…分かるか?仮に地底にいるとして、だ。私達はそこに下りたらどうなるか分かったもんじゃない」
「関係ないわ」
「関係ないね」
分かってはいたが、はたては止まる気はないらしい。そして、それはフランも同じのようだ。思わずため息を吐き、瓢箪の中身を一気に煽る。
「地上と地底の不可侵条約?知らないわよそんなの。こんなにも会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくてたまらないのに、そんな何処の誰がいつ勝手に決めたかも知らないものに阻まれるなんて絶対に御免よ!」
「そこにお姉さんがいるんだよね?萃香が昔住んでた地底、ってところに。だったら、私は行くよ。たとえ、一人でも。きっと私を阻む相手がたくさんいるんだろうね。けど、関係ないね。約束したんだ。何度殺されようと、私はそこに必ず辿り付いてお姉さんにもう一度会うんだ」
「…あー。はいはい。分かった、もういいよ。…だがな、知らんぞ?」
「最初から連れて行って、って言ってるじゃん」
「私も行くよ。お姉さんがいる地底に」
押し切られる形だったとはいえ、はたては地底に連れて行くと言ってしまっている。…だったら、私がそれに対して嘘を吐くわけにもいかないよなぁ…。不本意だったけど。かなり不本意だったけど…。
写真をはたてに返しつつ、妹紅と大妖精に顔を向ける。妹紅は難しい顔を浮かべ、大妖精は先程と変わらない罪悪と決意の入り混じった表情をしていた。
「…と、いうことだ。私はこいつらを連れてちょいと里帰りするから。数日あれば帰ってこれると思う。…ま、帰れなかったらそういうことだ。私のことは忘れるまで覚えててくれよ?」
「…いや、私も行く。ここまで知っておいてお前に置いてかれるのは嫌だし、幻香には言いたいことがいくつもあるからな」
「そうかよ。ま、死ぬなよ」
「ハッ、今更死ねるかよ」
そう言って二人で笑い合っていると、黙っていた大妖精が私の前に一歩踏み出してきた。
「あの、私も、連れて行ってくれませんか?」
「あん?」
「足手まといになるのは分かっています。私の、私達の小さな罪滅ぼしによる身勝手な自己満足なのも分かっています。…ですが、私は、どうしても行きたい。貴女達と、一緒に」
「…守り通せる保証はしねぇぞ」
「構いません」
そう言い切った大妖精の瞳は、決意の色が濃くなっていく。両手を強く握り込み、それでも震えを抑えきれていないが、その眼だけは揺れることなく私を強く見つめていた。…こりゃ、何を言っても動きそうにないな。
「分かった。それじゃあ、付いて来い」
「っ、はい!」
張り詰めたような返事をした大妖精から、今にも飛び出してしまいそうなはたてとフランに目を向ける。
「…後悔すんなよ?」
「会わないほうが後悔するわ」
「行かないほうが後悔するよ」
「私達はこれから大罪を犯しに行く。…けどまぁ、その程度じゃあ止める気なんてさらさらないんだろうな」
「もちろんよっ!」
「当ッ然!」
「よし。それじゃ、付いて来い。地上と地底を繋ぐ穴まで行くぞ」
そう言ってわたしはその穴がある方向を眺め、浮かび上がる。私の後ろには三人が付いて来ていた。…うん、三人?ちょっと待て、あんだけのことを言った大妖精がいねぇじゃねぇか。
そう思って僅かに速度を落としてしばらくすると、突然大妖精が後ろのほうに現れた。
「すみません、ちょっと出掛けることを皆に伝えてました…」
「そうかい。それじゃ、行くぞ」
仮にも大妖精だ。無断で行ったら騒ぎになる、…かもしれない。そう考えたのだろう。
そんなことを考えながら大妖精を見ていると、ふと引っ掛かることが浮かび上がってきた。はたてが幻香に会いたい、と言った瞬間の表情。驚いていた。そりゃあ普通は驚くだろう。そこは何の不思議も疑問もない。…だが、その驚愕の方向がどこかズレているように思えてきたのだ。そして、先程言った罪滅ぼし。
「…なぁ、私達に何か隠してないか?」
「ごめんなさい」
「謝るなよ。そうじゃないだろ。それより、何を黙ってた?」
私が大妖精にそう言ったことで、視線が大妖精に一気に集中した。最悪の色が濃くなり、固く口を閉ざしていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「…私はまどかさんが封印されていないことを知っていました。…それだけです」
驚いた。妹紅も目を見開き、フランはポカンと口を開けている。そりゃそうだ。私達が知りたいと思っていたことを平然と知っていると言いやがったのだから。
一度吐き出したことで楽になったのか、大妖精は次々と言葉を吐き出していく。
「私達は、黙っていました。知られたくないのはそれなりの理由があるはずだから、と。ですが、こうして知れ渡ってしまった以上、今まで隠し続けていた分だけ、こうした形で罪滅ぼしをしたいんです。…ただの、自己満足です」
そう締め括り、大妖精は口を閉ざした。私はそれに対して、何も言う気になれなかった。それは妹紅とフランも同じなようで、責めることも咎めることも励ますことも何もしなかった。
そんな静寂が支配する空気が嫌になり、全員が付いてこれる限界まで一気に加速する。そして、誰も意識を向けることのないように私が空間に向けられるべき意識を疎にした穴を見下ろした。そして、一時的にその細工を解除する。
「…そら、着いたぞ。最後にもう一度訊く。…後悔はないな?」
「ないわっ!」
「ないよ」
「ねぇな」
「ない、ですっ!」
「それじゃ、行くぞ!」
次の瞬間、私達五人は一斉に地上と地底の不可侵条約を破った。