独創「カウントレススパーク」を放っている最中でわたしの上に浮かんでいた『幻』が一つ消えたと気付いたときには、他の『幻』も次々と連鎖的に消えていく様が見えた。そして、そのまま全ての『幻』が消え去ると共に身体がフラリと傾き、抵抗も出来ずに無様に背中から倒れてしまった。雪が冷たいなぁ、と思いながら若干ぼやけた天井を見上げていると、酷く慌てた様子のこいしが隣に下りてきてくれた。
「大丈夫ッ!?」
「…はは、情けないですね…」
最後まで魅せることは出来ず、結局勝つことも出来ず、中途半端に終わらせてしまった。本当に情けないなぁ、わたし。
碌に力の入らない両腕で上体を起こそうとし、雪で滑ってまた倒れてしまう。僅かでいいから妖力を得るために両袖を回収し、ほんの少しだけ得られた力で何とか上体を起こした。露出した両腕に冷えた空気が刺さる。寒い。けれど、そんなことはさして気にならなかった。
妖力枯渇寸前に陥ることは慣れていたつもりだったけれど、この虚脱感をどうにかすることは出来ない。もっと金剛石をぶら下げてくればよかった。フェムトファイバー置いて来なければよかった。けれど、そんなことを考えても意味がないことはわたし自身がよく分かっていた。
「よい、しょっと。…ふぅ。こいし、肩貸してくれませんか?」
「いいよ」
両手を支えに震える両脚を伸ばし、どうにか立ち上がりながらすぐに了承してくれたこいしの肩を借りる。体重のほとんどをこいしに任せてしまうのは非常に申し訳ないけれど、こうでもしないと帰れそうにない。…ごめんね、こいし。
わたしとこいしの弾幕遊戯を現物していたたくさんの妖怪達からの何とも言い難い微妙な視線を受けながらこいしに引っ張られるように浮かび上がり、ゆっくりと地霊殿へ飛んでいく。…あぁ、両瞼が重い。少しでも気を抜くとそのまま閉じっぱなしになってしまいそうだ。
「…そんなに無理しなくてもよかったのに」
「本気っていうのは、無理しないと出来ないものですよ」
「そうかもしれないけど…」
そんなことを答えつつ、わたしは動かない体の代わりに頭を動かす。今回のこいしとの弾幕遊戯の反省でもして、虚脱感から来る眠気に抗おう。
まず、鏡符「百人組手」。
次に、虚実「不可能弾幕」。四次元空間込みの弾幕。『幻』の不安定を利用したけれど、さらに数が欲しい。わたしは以前『幻』を千個展開したことがあった。何もかもが滅茶苦茶で規則性の欠片もない代物と化したが、それでも千個展開出来たのだ。今回展開した数は四百個、半分以下。まだ増やせる。あと、四次元軸に『幻』が勝手にズレるなら、自らの意思でもズラせるはずだ。妖力弾は出来た。四次元物質も出来た。『幻』だって出来るだろう。これも含めて霊夢さんの夢想天生に対抗出来るといいのだが、どうなるだろう?こればっかりは実際やってみないと分からないなぁ…。
最後に、独創「カウントレススパーク」。全ての『幻』から強大な妖力の砲撃を放つこと。今回の『幻』の数は百二十個。ただのマスタースパークなら妖力消費が重いと感じるようなことはないのだが、単純にこれはその百二十倍の消費だ。重過ぎる。長続きしなくて当然だ。安定して利用するには、わたし自身の妖力量を増やすか、『幻』の数を減らすか、放つ妖力量を減らすか、緋々色金などで外側に妖力を貯蓄しておくなどの対策が必要だ。とりあえず、今すぐ出来るのは二つ目と三つ目。時間を掛ければ四つ目。ただ、一つ目の妖力量を増やすのは膨大な時間か生物の願いという犠牲が必要になるだろう。簡単なことではないのは確かだ。…ま、それなら四つ目でいいかな。少なくとも、今は。
「何考えてるの?」
「…反省から今後のちょっとした計画を」
「例えば?」
「金剛石をたくさん創って持ち歩く」
「うわぁ、超豪華ぁー」
わたしだって、そんな成金趣味はない。それ以外にいいものがあればそれがいい。これから着る服を創る際、過剰妖力がより多く含むことが出来る素材を探し出すとかしたほうがいいかなぁ…。機能性も求めたいけれど、それを追究するとあの月の兵士が着ていた服がある種の完成形かな。あれを当面の目標にするのもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、両脚が地に付いた。ぼやけた視界を見るに、どうやら地霊殿の前に到着したらしい。
「歩ける?」
「…何とか」
「それじゃ、ゆっくり歩くから。少しでも早かったら言ってね」
「分かりました」
そう言ってくれたこいしだけど、十分過ぎるほどゆっくりとした足取りで歩いてくれた。これなら今のわたしでも問題なさそうだ。
すれ違うさとりさんのペット達がわたしのこの有様を見てギョッとしたり慌てたりされたけれど、こいしがすぐに大人しくしてくれた。下手に騒がれると頭に響くから、こいしのその行動はとてもありがたかった。
「ちょっ、大丈夫かい!?」
「お燐、黙って」
「え、あ、はい」
お燐さんも慌てた様子で心配してくれたけれど、他のペット達と同様にこいしの言葉ですぐに大人しくなった。けれど、お燐さんは他のペット達とは違い、その次の言葉を口にした。
「一体、何があったんだい?」
「…弾幕遊戯で、ちょっと無理したんですよ」
「ヤマメとの?」
「わたしとの。わたしが無理するように言っちゃったの。…わたしが悪いの」
「そんな、こいし様…」
「…そんなこと、言わないでください。貴女は確かにそう言いましたが、結局本気出してこの様になったのはわたし自身ですよ」
「そうかもしれないけど…」
「それに、久し振りに本気を出したかったのは確かですから。そんなに責めないで」
「…うん」
もやがかかったような眼でこいしに目を向けて微笑むと、こいしはそれ以上自分を責めるようなことは言わずに笑ってくれたと思う。お燐さんもそれ以上は何も言わず、黙って廊下を開けてくれた。その廊下を引き摺るように歩いていく。
そして、ようやくわたしの部屋に到着した。こいしが扉を開けてくれ、そのままベッドに横にしてくれた。優しく掛け布団を掛けてくれたところで、ホッと一つ息を吐く。…あぁ、眠い。けれど、最後にこれだけ訊いておきたい。
「…ねぇ、こいし」
「なぁに、幻香?」
「楽しかったですか?」
「うんっ!とっても!」
「…そっか。なら、よかった」
こいしはこれ以上ないほど可愛らしい笑顔でそう答えてくれた。そう言ってくれたなら、わたしがこうなるのも意味があったと思える。…とりあえず、今日はゆっくりと休むとしよう。とにかく休んでこの枯渇寸前の妖力を回復させるとしよう。そう考えていると、遂に眠気が限界となったわたしはベッドで眠りに就いた。
おやすみ、こいし。また遊べたらいいね。