東方幻影人   作:藍薔薇

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第343話

両手の指を交互に組んでグッと前に伸ばし、それから両腕をゆっくりと上へ伸ばしていく。両手を離して一気に脱力し、前でわたしと同じ動きを真似ているこいしを見遣る。そうやって真似をされるとこちらに何かし返したくなり、とりあえずこいしが被っていた黒い鍔付き帽子を複製して頭に乗せることにした。

 

「切札も被弾も三でいいですよね、こいし」

「えぇー、五にしようよ、五!」

「貴女は元気でしょうが、わたしは色々やってるの。それに、鍋食べ終わってすぐだからあんまり動きたくない」

「幻香は一人前より少なかったじゃん」

「その前に無駄に大きな焼き饅頭食べたんでね。それに、そこまでたくさん食べれないんですよ、わたし」

「あんなに食べれて小食だ、って言うのは流石に無理があると思うよ…」

 

こいしが言っているのは、いつかの日に挑戦することになった肉の山のことを言っているのだろう。二時間という制限時間内では半分も食べられなかったが、その後持ち帰って時間を掛けて完食したからね。食材を捨てるだなんてもったいない。…まぁ、あれをもう一度挑戦しようとは思わないけど。

 

「とにかくっ!わたしはいつも五なの!」

「…はいはい、分かりました。いいですよ。切札も被弾も五ね。どれ使おうかなぁ…」

 

声を張り上げて押し切ったこいしにわたしが折れ、両手を上げて喜んでいるのを見ながら没にした切札を思い返す。使わずに終わるならそれでも構わないけれど、こいしがわたしを少し本気にしてくれたなら遠慮なく使わせてもらうとしましょうか。

見物をしている妖怪達を見下ろし、思っていたより多いなぁ…、と思う。ヤマメさんとその仕事仲間のほぼ全員は分かる。お店でわたしとこいしが弾幕遊戯をすることを聞いていた客の妖怪達も分かる。けれど、それ以外の妖怪達も多く見えるのが分からない。

 

「あのさ、どう始める?」

「先手は譲りますよ。お好きにどうぞ」

「そっか!じゃあ、始めよっ!」

 

そう言ってすぐにハート形の妖力弾をわたしに撃ち、それから逃げ場を潰すように周囲に小さなハート形の弾幕をばら撒いていく。以前と比べて弾幕密度が格段に濃くなったなぁ、と思いながら目の前に迫って来た一発目のハート形の妖力弾を指先に浮かべた一つの妖力弾で相殺し、その後の弾幕は無駄に動いたら被弾しかねないので最小限の動きで弾幕の隙間をスルスルと抜けていく。

その間に『幻』を百二十個展開し、半分はこいしに向けて弾幕を撃たせ、残り半分はそのまま待機させておく。待機している『幻』はわたしに被弾しそうな妖力弾を打ち消すようにする。

 

「むぅ、やっぱりこれじゃあまだ足りないね。これだけ撃てばわたしと遊んだ皆はたまに当たるのに」

「前よりも良くなってるじゃないですか」

「それでも、幻香は本気になれないでしょ?」

 

そうこいしに問われ、わたしは少しの間『幻』に弾幕の打ち消しを任せる。指先に牡丹の花を模した妖力弾を浮かべる。そのままの形を維持させた牡丹に軽く息を吹きかけ、クルクルと回して遊ぶ。まだ本気になれないよ、という意思を伝えながら微笑んだ。

こいしに牡丹型の妖力弾を放ち、その途中で破裂させる。舞い散る花びらが形を針に変え、ハート形の弾幕に小さな穴を空けて貫きながらこいしへ襲いかかる。が、この攻撃は大きく横に飛んで避けられてしまった。

 

「それじゃあ、本能『イドの解放』!」

 

そう宣言したこいしからハート形の弾幕が溢れ出ると共に強烈な斥力を感じる。確かに前よりも弾速、密度共に強くなっている。けれど、基本が変わっていないのは少し見れば分かった。だから、以前と同じように網目から網目へと移動するように躱していく。ただ、厄介なのはこの斥力。以前より強力になった斥力によってその場で留まるのが難しくなり、思ったように動けなくなってしまうこの状態は、思いがけない被弾を喰らう可能性を秘めている。

 

「…ま、喰らいそうなら消せばいいか」

 

そう小さく呟いてその可能性を喰らうことを思考の奥のほうに押し込む。そうして気分が少しだけ楽になり、この切札は難なく突破することが出来た。

 

「むっ。続けて、抑制『スーパーエゴ』!」

 

こいしは宣言してすぐに自分自身を妖力で包み込み、先程の本能「イドの解放」でわたしの背後に滞留させていたハート形の弾幕を引き寄せていく。そして、それと共にわたし自身も強烈な引力によって引き寄せられていく。この引力も以前より強力になっていた。

チラリと背後から迫る弾幕を見遣り、引力の大きさに合わせてその弾速も上がっていることを確認する。そして、わたしは真下に目を向けた。

 

「別のところ見てたら当たっちゃうよー?」

「…九十八、九十九、百、っと。…うん、数は足りてるね」

 

こいしは成長している。だったら、わたしも成長していることを見せるべきだろう。

 

「前に言ったこと、覚えてますか?」

「え、どれのこと?」

「『目指すは百鬼夜行』だと言った記憶がありますが、覚えてますか?」

「覚えてるよ!…え、本当に?」

「本当さ。鏡符『百人組手』」

 

その宣言と共に、わたしは下で見物している妖怪達に妖力を糸のように流す。そして、そのまま複製した。

 

「うおっ!?」

「うひゃっ、って…あたしぃ!?」

「お、俺もか!?」

「みみみ、皆が増えたーッ!?」

 

選んだ百人の妖怪達から複製(にんぎょう)が飛び出し、滞留しているこいしの弾幕にどれだけ被弾しようが気にもせずわたしの後ろに並ばせる。…流石に百体もいると、いい加減頭が軋む。

だったら、考えずに済めばいい。その解決方法は、既に何度もやってきたこと。昔は出来なかった。けれど、今なら出来るはずなんだ。『幻』への命令。喪った心臓への命令。そして、精神複製。それらから導く解決方法。

わたしは百体の複製に単純な命令を与える。こいしに向けて妖力弾を放て、と。けれど、意思なき複製が命令なんか聞くわけがない。意思がなければ、自ら動くことはない。だったら、創ればいい。こいしに向けて妖力弾を放つだけの情報を創って百体の複製に宿す。

スッ、と頭が軽くなる。わたしの後ろから大量の弾幕が来る。それはこいしのハート形ではなく、何の飾りっ気もないただの丸い妖力弾。そりゃそうだ。こいしの弾幕は複製達が壁となって防いでいるのだから。

 

「…うわぁお」

「少しの間、一対百だ。気分はどうですか?」

「正直、驚いてる。幻香、実はもう本気なんじゃない?」

「ふふっ、少しだけ」

 

引力に抗いながら後ろの複製達、特にその中に宿した情報のことを考える。正直言って、全然駄目だ。確かに、百体の複製はこいしに向けて弾幕を放っている。けれど、その性能は一体で『幻』十個未満くらい。その低性能は百体という数で補っているが、やっぱりショボい。出来ることなら、もっと高性能であってほしかった。…まぁ、初めてかつ短時間では上出来かな、ということにしておく。

こいしに放たれる複製達の弾幕は、こいしが纏っている妖力に打ち消されてしまい、あまり意味を成していない。貫通出来るほどの威力も出せていないのかぁ…。そこも課題かな、と考えたけれど、それだと怪我させるかもしれなかったと考え直す。その辺の調整も含めて課題にしよう。

そのままお互いに被弾することなく、ほぼ同時にお互いの切札が時間切れとなった。こいしは纏っていた妖力を自分の身に戻し、わたしは背後に並ぶボロボロになった複製達をまとめて回収する。

それにしても、出来たな。…出来ちゃったなぁ、情報の創造。肉体という名の器は創造出来る。そして、精神という名の情報も創造出来た。…多分、わたしはもう生命創造が出来るのだろう。一人の存在としてそんなことをしてもいいのだろうか、と考えてしまい、何を今更と自嘲した。

 


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