東方幻影人   作:藍薔薇

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第341話

ヤマメさんが放った真っ青な弾幕の半分が途中で真っ赤に色を変え、それと共にわたしに向かって軌道を変える。その変化を弾幕の隙間を切り抜けながら眺めていると、早速切札を宣言してきた。

 

「まずは、罠符『キャプチャーウェブ』」

 

ヤマメさんが掲げた右手から糸のように連なった妖力弾が何本も伸びる。その内の一本が目の前に伸びてきたので、大きく横に飛んで回避した。この位置は、ちょうど周囲に伸びる糸状の弾幕から最も離れている位置。この糸状の弾幕が次にどのような動きを見せるのかはまだ未知数。無難にいこう。

『幻』から放たれる弾幕を危なげなく紙一重で躱しながら、ヤマメさんは右腕を大きく引っ張った。それに伴って右手から伸びていた糸状の弾幕が引っ張られ、その勢いに妖力弾同士の連結が徐々に解けていく。わたしに届く頃にはすっかり拡散された弾幕に被弾しない位置を推測して浮かんでいると、今度は左腕を掲げて同様に糸状の弾幕を伸ばした。…ふむ、基本はこれの繰り返しかな。

この切札の概要を把握したことで極力ヤマメさんの正面を離れないように回避出来、余裕を持ったまま半分ほど経過すると突然糸の数が倍に増えた。最初は小手調べで、ここからがこの切札の本番、ということだろうか?

 

「それなら、わたしも一つ宣言しよう」

 

蜘蛛の巣はわざわざ避けるものではなく、引き裂くものだからね。

 

「疾符『妖爪乱舞』」

 

『幻』を回収しながら軽く開いた両手の指先から爪を模した妖力を噴出させ、目の前に迫る糸状の弾幕を引き裂きながら突撃する。目の前に存在する邪魔な妖力弾を噴出させた妖力で掻き消しながらヤマメさんの目の前まで到達し、彼女の左肩から右脚に向かって右手を斜めに振り下ろす。

 

「うわっ!?」

「まだ一手だよ。後何手出来るかなぁ?」

 

掲げていた左腕を引きながら大きく後退して躱したヤマメさんに左手を振るおうとしたが、周囲から迫る弾幕に気付いてすぐさま予定を変更し、その場で乱回転しながら両手を大きく薙ぎ払って弾幕を引き裂いていく。…そうか。先程躱しながら左腕を引いた際に、わたしが残した糸状の弾幕を引き寄せたんだ。

その隙に大きく距離を取ったヤマメさんは、再び右腕を掲げて糸状の弾幕を伸ばしていく。それを見て、わたしは先程と同じように突撃した。目の前の弾幕を引き裂きながら接近し、左手を彼女の胸部に向けて突き出す。ただし、貫手のようになっている左手は彼女に当たらないように配慮する。もしも当てたら規則違反だからね。

大きく右に飛びながら右腕を引くヤマメさん。このまま先程と同じように距離を取るつもりなのだろう。

 

「逃がすかっ!」

「え…っ?」

 

前方から迫る弾幕を引き裂きながら逃げたヤマメさんへ突撃する。被弾するならそれでもいい。どうせわたしの切札の大半は長時間継続出来るようなものじゃないのだから。それよりも、ここで彼女に被弾させる方が重要だ。

背後から迫る弾幕よりも疾く飛び、相対的に前方からの弾幕が速くなる。それに対応するために両腕をより素早く振り回していく。ヤマメさんに肉薄し、右手を顔に振るったところを仰け反って躱され、追うように左手を突き出せばさらに大きく後退される。時折周囲を囲む弾幕を乱回転して引き裂き、その間に僅かに距離を離されれば近付いて攻撃する。

 

「ここは一旦逃げるっ!」

 

最初の切札が終了したと同時に、ヤマメさんは地面に向かって急加速し落ちるように飛んでいく。最後に残された弾幕を最低限引き裂いてから真下に加速してから浮遊を切り、自由落下して彼女を追いかける。

一瞬早く着地したヤマメさんが前方にある家の壁に右手を伸ばしながら糸を一気に伸ばし、それに引っ張られるように跳んでいくのを見ながら遅れて着地。

すぐに右脚で地面を蹴り出し、ヤマメさんを追いかける。徐々に距離を詰め、残り二秒といったところで彼女を追い抜いて糸を引き裂く。そして、突然糸を裂かれて体勢を僅かに崩したところを左手で振り払った。指先から伸びる爪が彼女の右腕を引き裂く。

 

「わぶッ!」

「うぉ、っと」

 

地面の上を派手に転がるヤマメさんを躱しつつ、改めて距離を取る。たかが十本の爪で周囲から迫る妖力弾の全てを掻き消すなんて出来るだろうか、と思ったが、案外やれば出来るものだなぁ…。ちょっとヒヤッとしたけれど。

『幻』を再度六十個展開し、雪交じりの泥っぽい土を払いながら立ち上がっている途中のヤマメさんに容赦なく弾幕を放つ。二十個は直接彼女を狙い、二十個は周囲に大きく外して逃げ場を少し潰しておく。

 

「うひっ!?」

「そこか」

 

左に少し動いて直接迫る弾幕を避けたヤマメさんに、残しておいた二十個の『幻』から弾幕を放つ。が、最初に放った弾幕が既に過ぎ去ったところを右に歩いて戻ることで躱された。

 

「流石に酷くない?」

「隙を見せたら即攻撃、と言われたものでして」

「それを教えてくれた人にはお礼を言ったの?」

「それはもう、たくさんね」

 

スペルカード戦で教えてくれたわけじゃないけどね。

浮かびながらヤマメさんに『幻』任せの弾幕を放ち、それを躱しながら一緒に浮かんで来てくれる。彼女から放たれる弾幕を躱しながらある程度高い位置まで浮かんだところで止まり、遊び場を再び空中へ戻す。

 

「さぁ、ヤマメさん。あの程度の切札じゃあわたしに勝てませんよ?」

「どうやらそうみたいだね。それなら、瘴気『原因不明の熱病』」

 

軽い挑発のつもりだったのに、冷静に受け止められてしまった。それならそれで別に構わないけどさぁ…。

切札を宣言したヤマメさんを中心とした弾幕が球体に渦巻き、その上に二つ小さな球体が出来上がる。…どうしよう。どれにしよう。…よし。

 

「鏡符『幽体離脱・滅』」

 

その宣言の共に、彼女の周囲に浮かんでいた弾幕の全ては滅される。自信満々な顔を浮かべていたヤマメさんの顔が何が起きているのかよく分からず困惑したものに変わっていく最中、右手に溜めた爆裂する妖力弾を投げ付ける。気付いたときにはもう遅く、大きな音を立てて爆発した妖力弾に巻き込まれて吹き飛んでいく。…あ、ちょっと威力が強過ぎちゃったかも…?

少し心配になり、『幻』の弾幕を休止させ、地面に激突せずに何とか持ち直したヤマメさんにゆっくりと近付く。

 

「あのー、大丈夫ですか?」

「けほっ…。あんま大丈夫じゃない…」

「そ、そうですか…」

 

決してこれを狙っていたわけではないのだけど、これではヤマメさんの切札が強制中断だ。…あぁ、あの切札がどんな風に魅せてくれるのか一回だけでも見てからやればよかったかもしれないなぁ。…ま、考えてもしょうがないか。

どう再開しようか、と考えていると、急に蜘蛛の子を散らすような弾幕をばら撒かれ、距離を取りながら『幻』に弾幕を再開させる。そして、わたしは両腕に妖力を溜めた。

 

「これがわたしの最後の切札、ってことになる。…躱してみな。模倣『ダブルスパーク』」

 

左腕に溜めた妖力を空中に留め、右腕に溜めた妖力と同時に解放する。大きく上に飛んだヤマメさんに向けて浮かばせた妖力から放出する方向を強引に変え、彼女を追うように仕向ける。わたしに右腕から放つ妖力は彼女が躱すであろう位置を推測し、そこを潰すように動かしていく。…けど、これはヤマメさんが下に逃げたら旧都の家々が壊れるんだよなぁ…。

流石にヤマメさんもそのことを理解したようで、一瞬苦々しい顔を浮かべながらわたしの上を飛び回る。最初はわたしに抵抗するように弾幕を放っていたが、膨大な妖力に呑み込まれて消えるのを見て回避に専念することにしたらしい。

たっぷり三十秒経過して空中に留めた妖力を使い果たし、すぐに延長を宣言してから改めて両腕に妖力を溜めて同様に片方空中に留める。

 

「…何だ、このくらいなら派手なだけで簡単じゃない!」

「お楽しみは、これからですよ」

 

自然と頬が吊り上がるのを感じる。右手で首元の金剛石を摘まみ、一つ回収してからその妖力を全て解き放つ。さっきまでとは段違いに強大な妖力がギョッとした顔を浮かべたヤマメさんを襲う。今度はわたしがヤマメさんを追い、留めた妖力で逃げ道を潰す。

その結果、挟み撃ちの状況になってしまったヤマメさんはその場で躱そうとしたが、急に方向転換することが出来ずにわたしが放つ妖力の濁流に呑まれていった。すぐに妖力の解放を止め、肩を落としてため息を吐くヤマメさんを見上げる。…今度は威力をしっかりと抑えていたので、さっきみたいに吹き飛ばさずに済んだ。よかったよかった。

 

「わたしの勝ちですね」

「…あーあ、あれを躱せればなぁ…」

「そのときはさらに膨大な妖力を消耗してさらなる強化を遂げた切札を使うだけですよ」

「ウゲッ。あれ、まだ強くなるの?」

「そりゃあもう。最大出力はあんなものじゃなかったですから。…ふふっ」

 

そう言って笑いかけると、ヤマメさんに引き笑いを返されてしまった。解せぬ。

 


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