目覚めると、首に腕が巻き付いていた。まるで殺す気が感じられないほど緩い締め方だけど、少しばかり狭い。そして、眠るときに解いていなかった頭の上に乗っている団子にこいしが顔を突っ込んでいるようだ。寝苦しくないのだろうか…?
横向きで寝ていたわたしの背中をこいしが抱き締めてくれたのは覚えているのだけど、少なくともわたしが寝る寸前まではこうじゃなかったはずだ。寝ている間に上にズレたのだろうか。
「…動けない」
首に巻き付いている腕を解こうと思ったけれど、思ったより固くて解けない。力任せに無理矢理解くことは出来るだろうけれど、そうしたら多分こいしが起きる。けれど、この腕を解かないとわたしが起き上がれない。さて、どうしたものか…。
「…ま、いいか」
少し考えて、ここから抜け出すことを止める。わざわざ起こすのも悪いし、動かずに出来ることをやっていよう。
『幻』二百個展開して、その状態で頭の中に四次元空間を思い浮かべて時間を潰す。こいしの脚がわたしの脚に絡み付いたり、モゾモゾと蹴飛ばされたりしながら待つこと一時間と少し。
「…ぅ、んゆぅ…。ぅあー…」
「何言ってるんですか、こいし」
「むぁー、おはよぉー…」
さっさと『幻』を回収し、新たな軸を引き抜いて少し落ち着く。こいしがようやく腕を解いてくれたので、首を回しながら起き上がった。まだ妖力量が足りない感じがして、少しばかり力が抜けている感覚がする。一応確認してみると二割弱。…んー、やっぱり心許ないなぁ。
「どぉ、ぐっすり眠れた?」
「えぇ、とても」
「よかったー、えへへー」
わたしのほうが目覚めるのが早かっただけで、よく眠れたのは確かだ。
こいしの衣装棚を勝手に開け、その中で温かそうな服を選んで複製する。少しばかり動きにくそうだけど、動けないわけじゃなさそうだからそのまま着替える。いざとなれば生地を引き裂けばいいだけだ。
「幻香は服にこだわりってないの?」
「ないですね。着れればそれでいいです」
人の服を複製して着ることが多いわたしだ。似合う似合わないなんて見る人に依って変わるのだし、そんなものはいちいち気にしない。けれど、友達と同じ服を着ることに関しては、わたしは友達との繋がりを少しだけ感じる。時期に合っている服装なら尚いい。強いて言えば、そのくらいだ。
窓から外を見ると、少し雪が降っていた。強くなると少し面倒だし、外に出るのは止めておこうかなぁ…。
「幻香ー、ちょっとこっち来てー」
「はーい」
そんなことを考えていたら、ベッドに腰掛けていたこいしに呼ばれた。軽く返事を返し、隣をベシベシ叩いていたのでそこに座る。すると、頭の団子を解かれた。ファサリと背中に零れ落ちる髪の毛を見てみると少し歪んでいた。…あー、団子にしたまま眠っていたから、少し癖になってしまったのかなぁ?…まぁ、放っておけば戻るでしょ。
「うわっ、凄い…。…櫛ある?」
「え?櫛?…ありますよ」
頭の中で櫛を思い浮かべてそのまま創造。薄紫色のそれをこいしに手渡す。すると、こいしはわたしの髪の毛を丁寧に梳かし始めた。気にすることないのになぁ…。
それで終わりかなぁ、と思っていたけれど、こいしは再びわたしの髪の毛を弄り始める。まぁ、部屋を出るまでが約束だ。好きに弄られよう。
「幻香はさ、今の旧都をどう思ってるの?」
「なかなか過ごしやすいと思ってますよ。相変わらず殺意丸出しの視線を向ける妖怪もいますが、そこまで気にせずに歩けますし。かなり前に脇道から拳突き出しながら飛び出してきた妖怪をそのまま掴んで投げたのが最後じゃないかなぁ…」
「えー、それいつの話?」
「秋頃、かなぁ…?夏は終わった頃だったはずだし、冬にはまだ早かった気がするし。ま、その後は周りの流れで勝手に喧嘩に発展して終わった」
「勝ったんだね」
「そうですね、そこまで強くなかったので」
そこまで話したところでわたしの髪の毛弄りが終わったようで、手鏡を手渡された。すぐに見てみると、正面からは特に変わった様子はない。けれど、背中に広がっているはずの髪の毛を感じないので背中に手を回してみると、そこには固めの細いものがあった。手にとって前に持ってくると、それは随所を紐で固く結ばれた髪の毛だった。…何と言うか、妹紅みたいな感じ?…いや、それより圧倒的に多いな。
「どお?」
「引っ張られたら痛そう」
「普通引っ張られないでしょ」
こいしはそう言いながら笑い、一つずつ紐を解いていく。
「そういうこいしはこの前のお出掛けで何をしてたんですか?」
「この前はねぇ、あの奇跡の神様を探してみたの。色々回ってたら、気付けば山の上の神社にいたよ」
「それって、妖怪の山ですか?」
「そうだと思う。守矢神社、って名前だったかな。ちょっとコッソリ覗いてたらさ、なんか神様三人いたよ。すっごく驚いて変な声出るかと思っちゃった」
「神様が三人…。どんな人なんだか…」
「奇跡の神様と蛙みたいな神様と注連縄背負った神様」
「蛙…、注連縄…。…意味分からん」
「わたしも知らないよ。あと、ぶらついている間に聞いた話なんだけどね、最近博麗神社と守矢神社なんか揉めたみたい。信仰がどうたらこうたらで」
「近くに神社が二つあるからですかねぇ…。目的が重なれば競い合い潰し合いに発展することだってあるでしょうよ。…で、その結果は?」
「博麗神社に小さな分社が建てられてお終い」
「…ま、片方潰されてお終いじゃなかっただけよかったんじゃないですか?」
「さぁねぇ?わたしにはよく分からないよ」
はい出来た、と言って背中を叩かれ、わたしは手鏡を見てみる。髪の毛が右側に大きく寄せられ、肩の辺りで一つに結ばれている。それ以外に装飾はなく、とても簡素な出来だった。けれど、下手に大量にくっ付けられるよりはいいだろう。
「どお?」
「可愛らしいと思いますよ」
「そう?じゃあこれにしよっか」
そう言ってこいしは立ち上がり、わたしの目の前に立った。わたしも立ち上がろうかと腰を少し浮かせたところで、目と鼻の先にビシッと指先を突き付けられた。反射的にその指先を振り払おうとした右手を押さえ、浮かせた腰を下ろす。刺突による攻撃だと判断しかけたわたしを許してほしい。
「寝るまでは解かないでね!」
「ええ、分かりました。せっかくですしね」
「その紐はあげるから、気が向いたらまた結んでほしいな」
「はは、気が向いたらね」
目の前の指先が収められたので、わたしも改めて立ち上がる。座ったまま動かずいたので少し体を伸ばしていると、こいしが部屋の扉を大きく開けた。
「それじゃ、もう出てもいいよー。そしたらまた入って来てもいいんだよ?」
「あら、もうお終いですか?髪の毛弄りばっかされてた気がしますが」
「幻香の髪の毛弄り、思っていたより楽しかったからね。つい遊んじゃった!」
「それならよかった。…あ、そうだ。またいつか、もう一度こいしをわたしにくれますか?」
「いいよ、何度でも。そのときは、幻香をわたしにちょうだいね?」
そう言われ、わたしはこいしの部屋を出た。背中にじゃあねー、と声を掛けられたので手を軽く振って返す。
さぁて、地霊殿の屋根は雪降ってるし、書斎にでも籠って本でも読んでようかなぁ。まだまだ読み切れていない書籍がたくさん保管されているのだし、読むものに困ることはないだろうからね。
書斎に行くまでの道中でさとりさんのペット達とすれ違う度に髪の毛、特に結び目に視線を感じたのは気にすることではないだろう。