東方幻影人   作:藍薔薇

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第332話

「…寒」

 

吹雪の時点で嫌だっていうのに、それが向かい風だなんてなぁ…。傘を前に出して構えているけれど、脚のほうには容赦なく雪が貼り付いていく。靴に染み込んできた水分が足を冷やしてくるし、何より進みにくい。

背を向ければ追い風になるから地上に戻ろうか…。いや、そんな馬鹿みたいな理由で戻れるか。じゃあどんな理由なら戻れるんだよ。分からない。分からない。分からない。

 

「自分で自分が分からない…」

 

わたしはどうしたいのだろう。今までだって、わたしは選んできたはずなのに。どうしてこれは選べないんだろう。フランが、妹紅が、萃香が、パチュリーが、チルノちゃんが、大ちゃんが、ルーミアちゃんが、リグルちゃんが、ミスティアさんが、サニーちゃんが、ルナちゃんが、スターちゃんが、橙ちゃんがいるから?こいしが、さとりさんが、お燐さんが、ペット達が、勇儀さんが、ヤマメさんが、パルスィさんが、数多の鬼達がいるから?霊夢さんを打倒する必要があるから?霊夢さんを打倒する必要がないから?平穏があるから?平穏がないから?分からない。分からない。分からない。

こうしてわたしはまた選択を先延ばしにする。答えが出ないのだから、しょうがない…。いや、答えを出すことを恐れているのかもしれない。今日もまた、どっちつかずの曖昧な居場所に着地する。

…そろそろ、寒くなってきたな。何処か温まれそうな場所に寄って、少し休ませてもらおう。体だけじゃなくて、心まで寒くなってきたから。

 

 

 

 

 

 

何故か画鋲が刺さっている扉を開けると、何故かチリンチリンと鈴の音が小さく響く。鈴の音と共にわたしを見た妖怪が奥に立っている。きっと店員さんだろう。それより、この音はどういうことかと思って扉を少し観察すると、上の角に小さな丸い鈴が五つぶら下がっていた。何だ、そんなことか。

扉を閉めてから傘を畳んで雪を落としつつ、店内を見渡す。奥の壁際がやけに空いているけれど、それ以外は特にこれといって特別な間取りだとは思わない。客はチラホラといて、何処も思っていたよりも静かだ。暗く沈んでいるという印象ではなく、静かな空間が保たれているといった感じ。…何だろう。失礼を承知で思うのだけど、旧都には似合わない雰囲気だ。

 

「失礼します。少し休みたくて来ました」

「あら、そう?それなら好きなところに座ってちょうだい。注文したければ、お品書にあるものを言ってくれればいいわ」

「そうですか。ありがとうございます」

 

雰囲気を崩さないように、足音を殺して店員さんと思わしき妖怪に話しかけた。好きなところでいいのなら、近くに誰もいないところで休ませてもらうとしましょうか。

金になるようなものは持っていないから注文出来ないけれど、興味本位で品書を読んでみる。まず、酒の銘柄がズラズラと書かれていて、次に酒を割るための飲み物がズラズラと書かれていた。それに合わせて食べるであろうものも書かれており、ここが飲み屋であることを察した。…あ、水と白湯は無料なんだ。これも本来の用途は酒を割って薄めるためらしいけれど…。

 

「あのー、白湯ください」

 

けどまぁ、そんなことでとやかく言ってくるとは思いたくないので、注文してみる。少しすると、白湯が注がれた湯呑をくれた。両手で湯呑を包み、暫し温まることにする。…はぁ、どうして吹雪いちゃったかなぁ。

 

「お邪魔しまーす」

「あら、いらっしゃい」

 

そんなどうしようもないことを考えていたら、鈴の音と共に聞き覚えのある声が聞こえてきた。確認のためにチラリと声の主を見遣ると、身体に貼り付いた雪を払っているヤマメさんがいた。

何しに来たんだろうか、と思いながら品書に顔を隠す。見つかって困るわけじゃないけれど、何となく隠れたくなった。そうしていると、客の雰囲気が僅かに変化したのを感じた。何やらヤマメさんに注目しているようだけど、何かあったのだろうか?

店員さんと少し話し合ったヤマメさんは、席に座らずに奥にある空いた場所に立った。え、何するの?

 

「それでは、黒谷ヤマメ!歌いまーす!」

 

え、何それ。歌うの?ここで?パチパチと軽い拍手をしている客と店員さんを見て、わたし以外は普通に受け入れていることに気付く。周りに合わせて慌てて拍手をしておくことにした。

そして、聞いたこともない歌詞が屈託のない朗らかな歌声で奏でられる。目立とうとして無理に飾っていない、彼女の純粋な歌声が店内に優しく響き渡る。素直に上手だなぁ、と思う。ミスティアさんといい勝負出来そう。

素直に聴き入っていると、ヤマメさんは数曲歌ってペコリとお辞儀をした。どうやらこれでお終いらしい。最初よりも一回り大きな拍手が惜しみなく贈られる。もちろん、わたしも他の客と一緒に拍手を彼女に贈った。

ありがとねー、みたいな感謝の言葉を言いながら小さく手を振って店内を歩くヤマメさんは、わたしの前で急に立ち止まった。え、何かやったっけ?

 

「今日はここにしよっと。ねえ、私の歌どうだった?」

 

何故ここに座る。何故わたしに訊く。何故そんな嬉しそうに緩んだ顔を浮かべる。

 

「お上手ですね」

 

そんな疑問は心の奥底に押し退け、無難な答えを言う。

 

「それにしても、貴女が急に来て歌い出したから驚きましたよ。おかげでいい歌を聴けましたが」

「え、知らないでここに来てたの?…あ、そういえば張り紙剥がれてたような…?」

 

そう言われ、扉に画鋲が刺さっていたことを思い出す。吹雪で張り紙が持っていかれたのだろう。その張り紙には、ヤマメさんが歌うこととかが書かれていたんだろうなぁ…。

一人の客が立ち上がってヤマメさんが歌っていた場所までふらつきながら歩いていく。そして、何の前触れもなく突然歌い出した。酔いに任せたような調子外れの歌に思わず苦笑いをしてしまうが、赤ら顔で歌っている本人はそうとは思っていないのだろう。

 

「それにしても、今日はお客さん少ないね。まあ、こんな吹雪じゃ仕方ないか」

「普段はどのくらいいるんですか?」

「四倍はいるね。あと、こんなに静かじゃないし」

「あ、そうなんですか…」

 

どうやらわたしの感性は珍しく正しかったらしい。

 

「それにしても、あの侵入者が今じゃ旧都である意味人気者だもんねえ。私も驚きだよ」

「人気者?」

「賭博場じゃ好き勝手に荒らしに荒らして、喧嘩も余裕気にこなして、弾幕遊戯じゃ負けなしでしょ?嫌でも目立ってるよ」

「あー…、そうやって並べるとまるで凄い人みたいですね」

 

賭博は勝てるものをやっているから勝っているのであって、喧嘩はわたしより弱い相手ばかりが殴りかかってくるから余裕気に見えるのであって、弾幕遊戯は地上のスペルカード戦の経験があるからそうなるのであって、わたしが際立って凄いわけではないと思う。喧嘩は勇儀さん相手には余裕なんてなく結果として勝ちを譲ってもらっただけだし、弾幕遊戯はこいしに負けてるから負けなしじゃない。

調子外れの歌を歌っていた妖怪が、今度は空になった酒瓶四本を宙に投げる曲芸をやっている。あんな酔いが回った状態で、よくもまぁあんなことやろうと思えるなぁ…。手が滑るでもすれば酒瓶が思い切り割れて破片が飛び散るのに。

 

「興味あるの?」

「どうしてあんなことをしているのか、という意味なら」

「そりゃあ、あそこはあんなことをする場所だからね。歌、手品、曲芸、一発芸、一気呑み、何でもあり。今日はお客さんが少ないからいまいち盛り上がってないけどね」

「ふぅーん。だからか」

 

酒瓶の口の上で片手逆立ちをするのも、あそこでは普通の事だったのか。いつの間に注文したらしい日本酒を呑み始めたヤマメさんは、やけに楽し気に曲芸をしている妖怪に拍手を送っている。もしもわたしがあそこに立たされることがあったならば、刃物でも創って頭に突き刺す振りでもして盛り上げるとしよう。

 

「あんたは呑まないのぉー?」

「酒は呑みたくないし、金もない」

「そんなこと言っちゃってぇ、もったいなぁい!お酒はいいよぉー、たぁのしぃくなぁるかぁらねぇー!」

「…貴女、すぐ酔うんですね…」

 

アハハ!と笑いながら遠慮なしにわたしの頭を叩く素面がいてたまるか。すっかり冷めてしまった白湯を飲みながら、わたしは前の店の反省を生かして、吹雪がちゃんと弱まるまでヤマメさんに付き合うことにした。

すっかり酒が回ったヤマメさんは、早いときはものの数秒、遅くとも数十秒で話題が切り替わる。最近の面白かったことだとか、弾幕遊戯で遊んでいることだとか、仕事のことだとか、美味しい食べ物だとか、面倒臭かったことだとか、奥で何か見せている妖怪のことだとか、色々話し続けていく。わたしは返せるときに返しているけれど、流石に数秒で話が変わってしまってはどうしようもない。

 

「すぅ…、すぅ…」

 

最終的に酔い潰れて寝始める始末だ。呆れて言葉も出ない。

店員さんにどうすればいいのか訊いてみると、置いて帰って構わないと言われた。よくあることらしく、彼女が一人でなければ背負って持ち帰ってくれるらしく、彼女一人ならば起きるまで寝かしておくとか。わたしは何処に持ち帰ればいいのか分からないし、外は弱まったとはいえまだまだ吹雪いている。背負うことは出来ても、わたしにはどうしようもない。

ヤマメさんが注文した合計金額を軽く計算し、払えるのか少しだけ心配しながら傘を手に取る。そして、店員さんにお礼を言ってから外に出た。…うん、これなら真っ直ぐ地霊殿に帰れそう。

雪道を歩きながら、ふと切り替わる話題の中で弾幕遊戯で勝負をする約束をしたことを思い出す。ヤマメさんは覚えているのだろうか…。ま、覚えてたら言われるでしょう。わたしから言うことじゃないな。

 


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