東方幻影人   作:藍薔薇

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第323話

「螺指」

 

その一言と共に右手の人差し指を親指で軽く押さえ、人差し指を思い切り弾く。シィィィィィ…と静かな音を立てて回転を始める人差し指を眺め、ここまで短縮化出来たことに喜びを感じる。痛覚遮断をしつつ左手の真ん中にゆっくりと押し当てると、肌を一瞬で引き千切って肉を食い破り骨を削り取る音が飛び散る血肉と共に聞こえてくる。顔に跳ねて口元に垂れてきた血を舐めとりながら回転する人差し指を止めた。そして、人差し指をいつもの姿に戻してからグチュリと濡れた音を立てて一気に引き抜く。血肉の付いた人差し指を口に咥えながら貫通した左手から向こう側を覗いていると、思わず顔がほころんでしまう。

 

「…うわぁ」

 

そんなわたしに滅茶苦茶引きながらすれ違うお燐さんの顔が左手の穴の向こう側に見えたけれど、今は成功の余韻に浸っていよう。

…さて、ちょっと穴から血がかなり流れてしまったし、そろそろ塞ぐか。『紅』を発動させて傷を治し、着ている服から布を部分複製して周辺の目に付く血を拭き取った。最後に顔を軽く拭い、布を右手で握り込んでから回収。右手に残った血を舐めて飲み込む。…うえ、ちょっと砂埃混じってた…。

立ち上がって舌に残った砂埃を窓から外へ捨てる。その時、やけに楽しそうに歩くこいしが目に付いた。何か新しい美味しい食べ物でも見つけたのか、それとも面白いことでも見たのか…。少し考えてから会えば教えてくれるだろうと結論付け、窓からこいしのところへ跳び降りた。

 

「うひゃっ!」

「楽しそうですね、こいし。何かいいことでもありましたか?」

「あったよー。けど、その前に幻香は顔拭いたほうがいいよ。血、付いてるよ?」

「え?まだ付いてる?どの辺に?」

「顔全体に伸ばした感じ」

 

どうやらちゃんと拭えていなかったらしい。改めて布を複製し、もう一度顔を拭う。

 

「あー、駄目駄目。乾いちゃってるからちょっと濡らさないと。…もごもご」

「…わざわざ唾液溜めなくていいですから」

 

水を少し創造して布を湿らせ、顔を拭き取っていく。…よし、これで大丈夫かな?

そう思っていたら、手に持っていた布をこいしに引っ手繰られた。そして顔を近付けるように手招きされたので、少し屈んでこいしと顔の高さを合わせた。

 

「まだ鼻の横とー、耳元とー、首元とー、…終わりかな?…うん、これで綺麗綺麗。はい、これ返すね」

「どうもありがとうございます」

 

赤く滲んだ布を受け取ってすぐに回収して僅かに残った血を舐めとり、話を戻すことにした。

 

「で、何があったんですか?」

「それね、うん。さっきまで久し振りに地上に遊びに行ってたんだけどねー」

「…地上に、ねぇ。大丈夫なんですか、それ?」

「大丈夫でしょ、多分。誰にもバレてなさそうだったし!」

 

そう言いながらやけに自信ありげに胸を張って笑っているけれど、少し心配だ。見知らぬ人なら仮に気付いても忘れ去られてお終いだけど、見知った人がいたならば気付いていながら話しかけなかっただけかもしれない、何てことを考えてしまう。

まぁ、気にしても仕方ないか、と深みに嵌る前に考えを止め、手振りで続きを促した。

 

「人里の端っこで小鳥の休憩所になりながら話を聞いてたらさ、面白いこと聞いちゃったんだ」

「小鳥て。…いや、面白いことですか」

「うん。なんかさー、最近幻想入りしたとかいう神様が信仰集めに奔走してるとか言ってたんだ!いやー、神様も大変だねぇ。神社の祠とかで寝そべってるのが仕事だと思ってたのに、案外忙しそう」

「神様かぁ。あんまりいい思い出ないな」

 

そもそもいきなり神様なんて言われてもよく分からないし、八百万の神様を喚んでその身に宿すとかいうふざけた能力を持つ綿月依姫には盛大に嫌われたものだ。正直な話、神様なんて都合のいい言い訳に使えそう、くらいにしか思っていない。困った時に神頼みをするくらいなら、自分の思考を加速させた方がよっぽどいいのだし。

 

「その神様、どんな姿なんでしょうね?」

「んー、髪が緑色で蛙と蛇の奇抜な髪飾りしてるんだってさ。他にも奇跡を起こせるとか言ってた」

「奇跡ですか…。奇跡なんて騙しか偶然の延長でしょうに」

 

百万分の一を十回連続で成功させれば奇跡だと言う人もいそうだけれど、確率上有り得ないことではない。瀕死の状態から奇跡的な回復とか言われても、生き延びる人は生き延びて、死ぬ人は死ぬだけの話だ。雨乞いを成功させたと言われても、雨を降らせるだけなら高所に微細な粉末を漂わせれば雨雲が出来ることがある。空箱の中から黄金の塊を取り出したと言われても、膨大なエネルギーを使って創り出すか手品でもすればいい。奇跡なんてそんなものだ。

 

「あっはっはー。幻香ったら厳しいねぇ。どうすれば奇跡だと思える?」

「一本だけの真っ白な棒を引いて赤い印の付いた当たりを引ければいいんじゃないですか?」

「それならわたしでも出来そう!引いたらプスッと刺して」

「そういう小細工が許されるなら奇跡も大安売りですね。買う気はないですが」

「お金で買える奇跡とか安っぽいもんねー」

 

そしてお互いにケラケラ笑い合う。しばらく笑い続け、ようやく落ち着いたところで一本棒を創り出す。色は薄紫だけど。真ん中を持ってクルクルと回し、何の印も付いてないことを見せる。

 

「どうです?こいしも奇跡を起こしてみませんか?」

「起こす起こす!」

 

棒の端を握り込み、こいしに向ける。ぬぅーん…、と唸るような声と共に両手を大きく開いて棒に何やら念でも送るような仕草をしだす。どうやらただそれっぽい動作をしているだけのようで、棒自体に何かをしている様子はない。妖力とか出してないし。

 

「そいやーっ!」

 

そんな掛け声と共に棒を掴み、一気に引き抜いた。すると、引き抜いた棒の端は真っ赤に染まっていた。

 

「やったー!印どころじゃないよ真っ赤っ赤だよー!」

「奇跡起きましたねー」

「そうだねー。じゃ、種明かし」

 

そう言いながら、こいしはポキリと棒を圧し折った。真っ白な薄い表面の内部には、真っ赤な棒が潜んでいた。…まぁ、最初からそうやって創造したからね。当たり前だよね。こいしが引き抜くときに、わたしが握っていた部分の表面を回収しただけの話。

 

「あっはっはー!幻香の奇跡、安っぽーい!」

「奇跡なんかに頼るより、もっと確実性のあることをしたほうがいいに決まってるでしょう?」

「まぁね。それに、必然の奇跡ってそもそも奇跡って言えるのかな?」

「言い張れば奇跡でしょうよ。どんな手段だろうと、それが奇跡だと思わせれば奇跡になる」

「それならわたしと幻香が会ったのは奇跡ってことで」

「それはそれは安っぽい奇跡ですね」

「どれだけ安くてもわたしにとっては他に変えられないから。価値なんて付けられないよ」

「ははっ。それなら大切にしないといけませんねぇ」

 

これからもこんな風にのんびりと過ごせればいいかな、なんて思いながらこいしの帽子越しの頭に手を乗せた。するとこいしの頬が嬉しそうに緩むので、そのままワシャワシャと撫でてみようと思ったけれど、帽子があったので止めておく。

 

「他にも色々あったよー。聞きたい?」

「へぇ、どんなことが?」

「そうだねぇ…。じゃあ、魔理沙って魔法使いが古本屋で一悶着あったこととかどうかな?」

「また盗んだんですか…」

「何故分かるのですか、幻香探偵」

「いつものことだからだよ、こいし助手」

 

そんな風におちゃらけて笑い合いながら地霊殿へと足を進め始めたこいしの隣を歩いていく。こんな時間がずっと続けばいいのに、と矛盾したことを考えながら。

 


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