東方幻影人   作:藍薔薇

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第317話

四つ目の大福を手に取りつつ、彼女の後ろを付いていく。警戒しているのか、薄っすらとした煙が彼女を包んでいる。貴女が何もしてこなければ、わたしも何もしないって。

 

「…山葵だ、これ」

「うっふっふー、あと二つだよー」

 

餡子の真ん中には緑色の山葵か詰められていて、鼻にツンとくる辛さだ。涙も出て来そう。こうなると、残り二つもこんな感じなのではないかと思ってしまう。

それにしても、かなり遠くまで行くなぁ。この調子だと、旧都の外に出るんじゃないか?

そんなことを考えていると、突然前を飛んでいた彼女がその場で静止した。そして、え?などと素っ頓狂な声を上げて独り言を話し始めた。

 

「ふんふん…。ねぇ、貴女何者?」

「地上の妖怪」

「そんなこと分かってるわよ。雲山が妙なこと言うのよ。貴女のことを実に奇妙だ、って」

「…そういう存在だから、としかわたしから言えることはないですよ」

 

見越入道から見たわたしとは、一体どんな姿なのだろうか。先程見たおじさんのように見えるのか、それともそれ以外の何かに見えるのか…。そんなこと、どうでもいいか。

それ以降、黙って飛び続けること数十分。旧都と飛び抜けたさらに先に来たところで、何やら血生臭い嫌な香りが鼻を突き刺し始めた。…大福、食べ切っておいてよかった。残りは漉し餡と唐辛子の二つだったけれど、こんなところで食べてたらどんなに美味しいものでも非常に不味く感じてしまいそうだ。

思わず顔をしかめてしまいつつ、どんどん奥へと進んでいく。すると、ドロリとした赤黒い液体が溜まっている場所に辿り着いた。

 

「…何、ここ」

「血の池地獄だね。こんなところに来る人、滅多にいないよ」

「…どうりで血生臭いわけだ。地獄って、色々あるんですねぇ…」

「旧とはいえ地獄だもん。色々あるよ」

 

豚血は美味しかったけれど、これは飲んだらいけない雰囲気が漂っている。何か悪いものが混じってそうな感じ。そもそも、何時の何処の誰の血か、そもそも本当に血液か疑問だが。

いつか灼熱地獄跡内部の管理を任されているという霊烏路空に会ってみたいなぁ、と思っていたけれど、どの地獄もこんな風なら灼熱地獄に直接乗り込むのは止めておこうかな…。

降りていく彼女の後を追い、わたし達も地に足を着ける。少し歩いた先には、岸に座って両脚を血の池地獄に浸けている少女がいた。…旧都の、さらにこんなところにただの人間がいるはずもないから、何らかの妖怪なんだろうけど。

 

「あら、一輪じゃない。…それと、地上の妖怪さん。なんだ、結局連れて来ることにしたのね」

「そうよ、悪い?」

「いや全然。私は最初から訊いてみよう、って言ってたからね」

 

そう言った妖怪は、わたしと改めて顔を合わせた。一瞬、訝しげな表情を浮かべたけれど、わたしに手を差し出しながらこう言った。

 

「はじめまして、私は村紗水蜜。今はわけあって見せられないけれど、聖輦船の船長です」

「はじめまして、わたしは鏡宮幻香。わけあって地底へと降りた、ただの地上の妖怪です」

 

差し出された手を握り、軽く握手をする。敵対してこないなら、こちらから攻撃する理由はない。

 

「…で、貴女達はわたしから今の地上の事を訊きたいそうですね」

「ええ、そうです。訊かせてくれますか?」

「先に言っておきますが、飽くまでわたしがここに来る前の話。つまり、一年くらい前の話ってことになる。それでもいいですか?」

「構わない。たかが一年なら、大した変化もないでしょう?」

 

たかが、か。一年、十二ヶ月、五十二週、三百六十五日、八千七百六十時間、五十二万五千六百分、三千百五十三万六千秒。これをたかがと言い切ってしまうのか。それだけ長く地底にいるんだろうな。

 

「今の地上にこのまま出れば幻想郷に繋がります。…ま、それは特に気にすることじゃないですね。人間の里と呼ばれる場所にほとんどの人間共が集まって生活し、それ以外の場所では妖怪達が跋扈しています。ほぼ妖怪に支配されていると言っていいでしょう。ですが、妖怪が逸脱しないように見張る人間、博麗の巫女がいる。そして、妖怪達に制限を設けた上で新たな決闘として命名決闘法案、別名スペルカードルールが発布されています」

 

細かく言おうと思えばまだまだ出てくるだろうけれど、大体こんなものだろう。わたしの横に座ってるこいしもうんうんと頷いてくれているし、綺麗にまとめられたと思う。

そう思っていたら、一輪さんが小さな疑問を一つ訊ねてきた。

 

「命名決闘法案、って一体何なの?」

「弾幕遊戯の原形。さとりさんがわたしから読み取った地上から興味を持って考えたそうですよ」

「え、それちょっとち…もが」

 

わたしの些細な嘘を訂正しようとしたこいしの口を塞ぐ。貴女が地上に出たことは、ここで言っていいようなことじゃない。…おい、水蜜さん。何故こいしを見て目を見開く。もしかして、今更こいしがいることに気付いたのか。

他に何か聞きたいことがあるかどうか少し待ってみたが、それ以上何か訊いてくることはなかった。さて、どうやらわたしが覚えている地上のことも話し終えたようだし、今度はわたしが訊きたいことを訊くとしましょうか。

 

「それで、一輪さん、水蜜さん。どうして地上のことを?わたしが言っても説得力皆無ですが、旧都はそれなりにいい場所だと思う。それなのに、行けもしないし見れもしない地上にわざわざ興味を抱く理由。…聞かせてくれませんか?」

「簡単なことよ。我々にとって地底は屈辱の地。地上へ出れるなら今すぐにでも出たいわ」

「…まあ、私もそんな感じかな。貴女は降りてきたけど、私達は落とされたのよ」

「なら、出ればいいでしょう。既に成功者がいる。つまり、前例があるんだ。不可能じゃないことは、既に証明されている」

 

そう言ったけれど、二人は顔を見合わせて口を閉ざしてしまった。何か苦いものでも喉にへばり付いたような、そんな微妙な顔。

では、何故出ないのだろうか。少し考えてみよう。地上と地底の不可侵条約があるからではないだろう。そんなもの、わたしもこいしも萃香も無視した。再び地底に戻ってくるつもりがないのならば、萃香と同様に受け入れられる場合も有り得るだろう。けれど出ない。出ることが出来ない。なら、地底で何かやり残したことがあるのだろうか?どうしても地底に置いていくことになってしまうようなものがあるのだろうか?…これ以上考えても情報不足だ。

 

「出るつもりがないなら、別にいいですよ。またいつか、出る気になったら勝手に出て行けばいい」

「…そうするさ。…最後に一つ、訊いてもいいかい?」

「…いいですよ」

 

これで終わりにして、さっさとこの血生臭い場所から出て行きたかったところを呼び止められた。けれど、これで最後らしいから、ちゃんと聞くことにしよう。

 

「人間と妖怪は共存出来ると思う?」

「出来ると思いますよ」

「あれ?幻香、前と言ってること違くない?」

「共存なら出来ますよ。現に、今の地上でも出来ている」

 

共に存在すると書いて共存だ。たとえ支配者と奴隷の関係だろうと、飼育者と家畜の関係であろうと、捕食者と被捕食者の関係であろうと、お互いに生存出来ているなら共存なのだから。

 

「…そうか。人間と妖怪は、対等になれると思うのか」

 

そう思っていたのに、どうやらわたしと一輪さんでは多少捉え方に差があったらしい。

 

「それなら無理だ」

 

その差に合わせて訂正を断言すると、一輪さんは目を見開いた。さっきと言ってることが違う、とでも言いたいのだろうか?それはわたしも言いたい。

 

「無理なわけあるか!皆が手を取り合うことだって――」

「貴女もそんなこと言うんですね。けど、無理なんです。少なくとも、わたしに手を伸ばす人間は地上にほとんどいない。伸ばされたとすれば、その手に得物があるときくらいだ」

 

一輪さんの言葉を遮って、そう静かに言い切って背を向ける。そして、何も言い返してこない二人に別れも言わずに飛び立った。…あぁ、少し嫌なこと思い出した。

 

「幻香?」

「…何でもないですよ」

 

無理に笑ってそう返すと、こいしはわたしの手を優しく取ってくれた。

 


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