東方幻影人   作:藍薔薇

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第316話

「どっちだ?」

「左ですね」

「うわー、これで二十回連続だよ。もしかして、透視出来るの?」

「透視は出来ませんね」

 

空間把握で形を把握することは出来るけど、それは使っていない。賭博でそれを使うのは、流石に無粋だろうから。それにしても透視かぁ…。出来たら便利そうだけど、それは空間把握で代用出来てるからいいかな。

 

「二の二十乗だからー…。えーっと…」

「一〇四八五七六」

「百四万ちょっと分の一でしょ?よく当てれるねぇ」

「ものが入ってる時と入ってない時だと、拳の形が違うでしょう?」

 

そう言うと、こいしは自分の両手を握ってまじまじと見つめ始めた。すぐに首をコテンと傾けたけど。まぁ、そこまで大きな違いじゃないから分からないのはしょうがない。

 

「じゃあさ、あの賭博だと幻香は負けなしだったんだよね?」

「まぁ、普通に続けていればいつまでも続いたと思いますよ」

 

その前にあの賭博場にあるお金が足りなくなるから、厳密にはいつまでもとはいかないけど。それでも、さっきみたいな膨大な数字になっただろう。…そんなことしたら後でさとりさんに何て言われるか分かったものじゃないからやるつもりはない。

 

「これまでのもそんな感じだったの?」

「そんな感じでしたね。勝てる賭博だったから勝てたとしか」

「勝てる賭博?」

「ええ。相手の手が決定してから賭けることが出来るなら勝ちやすい。相手の手が未定のまま賭けるとなると難しいですね」

 

掻き混ぜた札に書かれた数字を当てる賭博があるとする。親が一枚選んで伏せてからわたしが賭け金を出して数字を宣言する場合と、わたしが賭け金を出して数字を宣言してから親が一枚選んで伏せる場合では、後手のほうが有利なことがすぐに分かるだろう。今回やった賭博は前者に当たるものだ。握り拳の中身の有無が分かる分からないにかかわらず、あれは比較的勝ちやすい賭博である。わたしが宣言から外れたものを選択されずに済むのだから。

 

「本当の意味で完全な運任せなら確率通りの結果に落ち着くでしょうし、必ず負けるように出来ていれば負ける。わたしはそういう賭博を選ばずにやり過ごしていただけです。だからわたしは返金する。そこまでいらない、って理由もあるけど」

「そっかぁ…。幻香、お金全然使わないもんね」

「一応使ってますよ?」

「例えば?」

「…かなり前、鶏の唐揚げを買いましたね。美味しかったですよ」

 

三十くらい持ち歩き、残りの金属板は部屋にある引き出しに仕舞われっぱなしである。こいしの言う通り、その三十だってほとんど使っていない。めぼしいものがなかったからしょうがない、と心の中で言い訳をしておくことにする。

 

「鶏の唐揚げねー。美味しいけど、普通じゃない?」

「それの何が悪いんですか…」

「悪くないけど、つまらないじゃん」

「…まぁ、分からなくはないですけど」

 

新しい経験は大事だ。それの対象が食べ物になるだけの話。けど、わたしは安全か危険かも未知数なものを口にしたいとは思えない。毒茸や毒草を好き好んで食べたくないようなものだ。

 

「そんな幻香には面白い甘味を紹介しましょう!」

「甘味ね。お酒入ってませんよね?」

「使ってないって。食べたらきっと驚くよー」

 

そう言ってこいしはわたしの手を引っ張っていく。チラホラいる妖怪達の間をスイスイと抜けていき、大福と書かれた暖簾を潜った。お邪魔します。

わたしの手を離したこいしはそのまま店番をしていた妖怪の元へと駆け出し、わたし達がこれから食べる食べ物の名を言った。

 

「おばさーん!博打大福一箱くださーい!」

「はいはい、博打一つね」

「ちょっと待って。何故大福で博打を」

「いいからいいから」

 

詳細は答えてくれそうになく、僅かに嫌な予感を覚えていると、博打大福なるものがこいしの手に渡った。一箱六つ入り。見た目は何の変哲もない大福だけど、博打の名を持つくらいだ。当たり外れくらいはあるのだろう。

お礼を言いながらお店を出てくこいしに付いていき、お店の外へと出る。こいしがウキウキとしながらわたしに大福の入った箱を近付けた。

 

「はい!まず一つね!」

「一つね。ではこれを」

 

とりあえず、一番近かった大福を一つ手に取る。軽く触った感じ、妙な感触はない。…まぁ、流石に毒はないでしょう。半分ほど口に入れると、大福の中にある餡子の甘みをあまり感じなかった。その代わりにかなりしょっぱい。

 

「…塩?」

「まずは塩大福ね。餡子の砂糖が塩の大福」

「つまり、後五つ味付けが異なると?」

「そう!見た目じゃ分からないように作ってくれてるんだよ」

 

もう半分を食べ切り、次に先程の隣の大福を手に取って口にする。…ん、これは普通の大福かな。粒餡が美味しい。

 

「残り四つもこんな感じだといいんだけどなぁ…」

「どうだろうねー?」

 

こいしはとぼけて言うけれど、そんなことはないだろう、と断言出来る。先程驚くと言っていたし、何よりこいしだから。

 

「見つけたっ!」

「ん?」

 

さて三つ目を、と思ったところで、軽く息を切らせた見知らぬ妖怪がわたし達に突然声を掛けてきた。

 

「こいし、呼ばれてますよ」

「えー、わたしじゃないでしょ。呼ばれてるのは幻香だよ」

 

ちょっとした押し付け合いをしつつ、手に取った三つ目の大福を口にする。…辛っ!これ、餡子の中心にからしが入ってるんですけど…。そんなわたしの反応を、こいしはやけに嬉しそうに見ている。外れを引いたことを察したのだろう。

目の前の妖怪は、そんなわたし達の行動に一瞬眉を顰めたけれど、すぐに元に戻して続けた。

 

「私は貴女に訊きたいことがあるのよ。付いて来なさい」

「ですって。彼女、こいしの知り合いですか?」

「知り合い、…かな。ちょっとよく覚えてないや。あんまり話したことないからかなぁ」

 

知り合いかどうか微妙なところですか。まぁ、こいしは地底に長らく住んでいるわけだし、知らないと言い切れるほうが珍しいか。それにしても、訊きたいことねぇ。色々やったとは思っているけれど、わざわざ訊かれるようなことじゃないよなぁ。…多分。

そうやって悩んでいたのが顔に出ていたらしく、目の前の妖怪の表情が見るからに不機嫌になっていく。

 

「来ないつもり?」

「どうします、こいし?」

「んー、どうしよ?」

 

そうやって相談しているけれど、その実来ないつもりなのが伝わったのだろう。突然、目の前の妖怪が両手を握って構えを取った。その瞬間、彼女の周囲から煙が噴き出し始める。…え、何これ?

 

「あー、思い出した。見越入道のおじさんだ」

「おじさん?いや、どう見ても女性でしょう?」

「そうじゃなくて、あの煙みたいなの」

 

こいしがそう言いながら指差した煙のほうを見上げると、確かにおじさんだ。髭も生えてるように見えるし。

 

「来ないなら、無理矢理連れていくわよ」

「じゃあ、行かない」

 

そう言って微笑むと、彼女は右腕を振り上げた。それに連動するように、煙の巨大な腕も振り上げられる。…んー、このまま振り下ろされても家々は壊れないような大きさだね。さて、どうしたものやら。

 

「こいし、派手なのと地味なのどっちがいいですか?」

「そりゃあもう派手なほうでしょ!ドッカーン!って感じで!」

「そうですかい」

 

そんなことを話し合っていたら、わたし達に向かって巨大な拳が振り下ろされてきた。その拳をしっかりと視認し、逆に振り上げてぶつかり合うように複製する。鈍い音が上から響き、振り下ろされた拳が一瞬止まる。けれど、振り下ろされ続ける拳と一瞬振り上げられた拳では、一体どうなるかなんていちいち考えなくても分かる。

その僅かに出来た隙に駆け出し、拳の範囲から外れつつ彼女へと肉薄する。が、その前に巨大な左手がわたしを阻んだ。煙のようだから突き抜けられるとは思えない。

 

「シッ!」

 

適当に思い浮かべた棒をわたしに重ねて創造し、左手の指先を超えたあたりまで弾かれる。その棒を回収しつつ、続けてもう一本創造。左手の向こう側にいる彼女の真横まで弾かれた。

彼女の顔がこちらに向く前に、その顔を右手で掴み取る。そして、人差し指を彼女の瞳に極限まで近付けた。

後ろから大きなものが落ちる音が響き、わたしは彼女の息を飲む音を聞いた。

 

「抵抗しないなら突き刺さないであげます」

 

平たく感情を込めずに淡々と言うと、彼女は煙を収めてくれた。なので、わたしも右手を離した。そして、悔しげな表情を浮かべる彼女に、今度は普段通りの口調で言う。

 

「…要件次第で付いて行きますから、先に行ってくださいな」

「あれ、結局行くの?」

「食べ歩きは一旦休止でいいですよね?」

「別に構わないよー」

 

気付いたら隣にいたこいしも了承してくれたし、後は彼女次第かな。わたしは少し気になるのだ。彼女がわたしに何を訊いてくるのかを。

少し待つと、小さくため息を吐いてから彼女は言った。

 

「地上の、今の地上の事を訊きたい」

 


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