「ん、意外と美味しいですね」
「でしょー?」
一箱六つ入りの丸っこい唐揚げ。その中身は、なんと豚の目玉。薄めの衣の奥から薄っすらと見える濁った瞳が何とも言えない気分にしてくるけど、一つ食べればそんなこと気にならなくなるくらいには美味しい。わたしが今まで土に埋めるなどして廃棄していた部位だっただけに、食べてりゃよかったかもしれないと思った。
「ん?おー、幻香じゃないか。…と、こいしちゃんか。今日は二人で何しに来たんだ?」
「旧都でぶらり食べ歩きの旅、だったかな」
「そうそう!次は温かい汁物だよー」
もう一つ摘まんで口に含もうとしたところで、二本の酒瓶を指に挟んでぶら下げている勇儀さんにバッタリ会った。
それにしても、次は汁物ですか。普段は違うけれど、食べ歩き中のこいしの温かいは沸騰寸前を含む場合があるので注意が必要だ。
「へぇ、汁物ねぇ。…それ一つくれないか?」
「いいですよ」
箱を勇儀さんに近付けると、親指と小指を器用に使って唐揚げを一つヒョイッと放り、口に入れた。人差し指、中指、薬指で酒瓶を挟んでいるからしょうがないけど。
「ちょっと変わった旧都の調子はどうですか?」
「あー…、かなり面倒になった。娯楽の対象がほとんど被らなかったからか、弾幕遊戯自体は割とすんなり受け入れられたよ。けど、私のやることが増えたことには変わらないからな」
「男性側は賭博と喧嘩、女性側は弾幕遊戯、って感じで棲み分けされてるんだよねー」
「さとりさんはそのつもりでこれを広げたんですから、そうなってくれないと困りものですよ」
まぁ、多少は例外もいる。男性側でも弾幕遊戯をする者、女性側でも賭博や喧嘩をする者は当然のようにいる。わたしは両方足を突っ込んでいるし、勇儀さんは喧嘩に身を寄せているようだ。
「…勇儀さんは、弾幕遊戯はしないんですか?」
「一回やったよ。さとりには悪いが、あれは私には合わんな。終始むず痒い気分だったよ」
「えー、いつか勇儀ともやろうと思ってたのになぁ。つまんないの」
「そりゃ悪いな、こいしちゃん。けど、合わんもんは合わんのさ。私にはこの拳のほうが性に合う」
でしょうね。勇儀さんが硬く握った拳から感じるちょっとした圧力を受けつつ、唐揚げを摘まんで口にする。…あれ?わたしまだ三つしか食べてないのに箱が空っぽになっちゃったよ?
「んむ?」
わたしは隣で唐揚げを美味しそうに頬張っているこいしの頬を黙って摘まむ。そして、思い切り引っ張った。
「ぎゃあ!痛たた!ごへんって悪はったって許ひてー!」
「言ってくれればあげますから、無断で盗らないで。分かった?」
「分はった!分はったから離ひてー!」
言われた通り頬から手を離してあげると、こいしはすぐさま僅かに赤くなった頬を擦り出した。んー、あんまり強く引っ張ったつもりはないんだけどなぁ…。少し反省。
「はっはっは!随分楽しそうじゃないか」
「そう言う勇儀さんは、わたし達に付いて来てよかったんですか?」
「いや、特にないな。むしろ、あんた達が何をするかのほうが興味があるね」
「その酒瓶で誰かと呑み明かすものだと思ってましたよ」
「二本ぽっちじゃあ足りねぇな。二樽は欲しいな」
その言葉に思わずギョッとする。酒樽を、しかも二樽ですと…?その体にどうやればそんな量が入るんだ…。そんな量だというのに呑み干せないと思えないところがなお恐ろしい。わたしは一滴だろうと呑みたくないね。
紙で出来ている空箱を折り畳んで仕舞い、視線を感じて周りを見渡す。すると、ほとんどの妖怪達と目が合ってしまった。…まぁ、こいしと勇儀さんと地上の妖怪の三人だし、そりゃあ視線も集まるか。集まってほしくないけど。
「あったあった!ほら、あそこあそこ!」
「ん?…あー、あれか。相変わらず物好きだな、こいしちゃんは」
こいしが指差したお店を見た勇儀さんの反応から察するに、また妙な食べ物らしい。見た目が妙なら別に構わないけれど、味が妙だったら嫌だなぁ…。
そう思いながら、お店の中へと入っていく。お邪魔します。客はチラホラといるようで、黒い器から茶色い何かを取り出して食べているように見えた。…え、あれ何?
「ほらほらこっちこっち!」
既に四人掛けの机に陣取っているこいしに呼び掛けられ、慌ててこいしの前に座る。わたしの隣には勇儀さんがいるけれど、何故かニヤニヤと笑っている。
机の真ん中に立て掛けてあった品書を手に取って開く。真っ先に『豚血』という二文字が目に入り、一度品書を閉じた。…見間違い、じゃないよなぁ…。もう一度開くと、やっぱり『豚血』の二文字があった。その下には小、中、大と量の指定があり、横には加えることが出来る具材がズラズラと並んでいた。…目玉の次は血液か。フランやレミリアさんが喜びそうだなぁ…。
「何だ、初めてか?ここじゃあ血くらい普通に出るぞ?」
「…いえ、普段は血抜きして捨ててたものですから」
つまり、周りの客が食べてるあの茶色い何かは血を固めたものなのか…。不味そうに食べているわけじゃないから、味は大丈夫だと思いたい。
「おじさーん!小に肉豆腐で!」
「大、肉肉卵。あと酒一本」
「え、何その注文?…あー、えー、し、小に肉、卵?」
はいよっ、という威勢のいい返事を受け取ってから待つこと一分足らずで茶色い汁で満たされた黒い器が三つ机に並んだ。えーっと、これがわたしの分だよね。器が小さくて豆腐入ってないし。
「いっただっきまーす!」
「いただきます…」
恐る恐る口にしたけれど、普通に美味しかった。もしかしたらこれは血ですよ、って言われなければ気付かなかったんじゃないかなぁ。微妙に固まり切っていない半熟の卵を溶いて軽く混ぜつつ、肉と一緒に絡めて食べていく。
「どうだい?」
「美味しかったですよ」
わたしより多いはずなのにわたしより早く食べ終わり、さらに酒まで飲み干した勇儀さんに最後まで飲み干してから答える。少ししょっぱかったけれど、いい味出してる。地霊殿の食事もこのくらいちゃんと味付けすればいいのに、どうしてしないんだろう?
ごちそうさま、と一言言ってから黒い器を持って立ち上がり、おそらく片付ける場所であろう台に置いてお店を出る。わたしの前を歩くこいしは両腕を広げて楽しそうだ。
「次は何を食べるんですか?」
「少し休憩かなー。幻香は何したい?」
「んー、何と言われても困るんですけど…」
お店から少し離れてから周りを見渡す。弾幕遊戯でもやってる妖怪はいないか、と思ったけれどこの辺りにはいなさそうだ。こいしとやれば、と少し思ったけれど、きっと食休みだろうし、動いてもらうのは悪いよね。勇儀さんは論外。弾幕遊戯はやらないだろうし、喧嘩はやりたくない。
もう少し周りを見渡していると、賭博場が目に入った。…どうしよう?やっていいのかな?…うん、馬鹿みたいに吊り上げまくって賭博場を破綻させるような真似をしなければ大丈夫大丈夫。
「あそこで遊びませんか?」
「幻香、お金あるの?」
「一応持って来てますよ。ほら」
そう言いながら、丸い銅板を三枚取り出す。持ち金は三十。これだけあれば十分だろう。
「よし、じゃあ行こう!」
「行きますか。楽しんでいきましょう」
銅板を仕舞い、賭博場に足を伸ばそうとしたところで勇儀さんに肩を掴まれた。
「…何ですか?」
「やり過ぎるなよな。あんたを潰すのはまだ惜しいと思ってるんだ」
「やりませんよぉ。そんなに信用出来ませんか?」
「出来ねぇよ。あんた、今までどれだけ勝ったか言ってみろ?」
そう言われ、過去に何度かやった賭博の結果を思い返す。…えーっと…。
「一万百六十、二千百六十、千二百、千九百八十、三千六百四十」
「それの何処を信用しろと言うんだ?あ?」
「…終わったらほとんど返してるんですから、手持ちはさほど変わってませんよ」
凄みを利かせた目から若干目を逸らしつつ、わたしはそう返す。あれ以来、最初の手持ちの二倍くらいを残して、残りは全て賭博場に返したのだ。それに、わたしは碌に吊り上げてない。親と周りが勝手に吊り上げたんだ。わたしは悪くない。ちなみに、その五回の中でイカサマを疑われて殴り飛ばされたのは三回だ。あの一回を除いてイカサマはしてないのに。
きっと、その事実を知ってはいたのだろう。溜め息と共に肩を軽く落とした勇儀さんは、わたしの肩から手を離した。
「…後ろで見てるから、妙なことすんなよな」
「よく分かりましたよ。…じゃ、待たせてすみませんね、こいし」
「幻香ったら相変わらず無茶苦茶するねぇ。千を超えるなんて滅多にないんだよ?」
「それなら、これからは気を付けないといけませんねぇ」
そう言いながら頭を軽く掻き、苦笑いを浮かべながら今度こそ賭博場へと足を伸ばした。