東方幻影人   作:藍薔薇

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第313話

「ほら、こっちこっち!」

「急がなくてもお店は逃げませんよ?」

「お店は逃げなくとも串焼きがなくなるでしょ!」

 

少し厚めの服を着込んだこいしに引っ張られるように、わたしは旧都を進む。もう何度目か数えるのもどうかと思うくらい旧都に来ているけれど、相変わらずこちらに向く視線をチラホラ感じる。ふと陰にひっそりと残っている雪を見つけると、本当に冬を越えたんだなぁ、と思わせる。

そんなわたし達の横を、雪女郎と角盥漱が弾幕を放ちながら飛び抜けていく。いくつかこちらに飛来してきた妖力弾を躱しつつ、わたし達は目的地の屋台へと向かう。弾幕遊戯はさとりさんの思惑通り、旧都の新たな娯楽としてそれなりに定着しつつある。それは喜ばしいことだ。

 

「で、それは何の串焼きなんですか?」

「ふっふっふー、ひっみっつー!」

「…この前の極限濃縮五味刺激菓子みたいのは嫌ですからね」

「えー、あれ面白いじゃん」

 

極限濃縮五味刺激菓子とは、甘味、酸味、辛味、塩味、苦味をそれぞれ限界まで追求した菓子らしい。辛味は早々にこいしに押し付けて回避したけれど、残り四味も十二分に暴力的だった。唯一甘味だけはよかったと言えなくもないような気がしないでもない。…飽くまで他と比べればの話だ。あの甘味だって好き好んで口にしようとは思えない。

グイグイと普段見もしないような目立たない小道に引っ張られていき、その奥にある屋台にようやく辿り着いた。暖簾には串焼きとしか書かれていないけど、一体に何を焼いているのだろうか…。

 

「イモリ四本くださーい!」

「はいよっ」

「…イモリですか」

 

イモリって、あの川とかに棲んでるイモリだよね?ま、こうして焼いて出しているのだし、不味くはない…よね?

 

「ほれ、イモリ四本だ」

「ありがとー!」

 

甘辛いたれが塗られたイモリの串焼きをこいしから二本受け取り、一本口にする。んー、あれだ。カエルに似てると思う。淡白で美味しい。

 

「ちなみにねー、イモリは黒焼きにするとちょっと特別な薬になるんだー」

 

雑学を語ろうとしているこいしの話を聞きつつ、コリコリとした尻尾を骨ごと噛み締めながら表通りに出る。すこし遠くのほうで壁が壊れる音が聞こえてきたので、きっと喧嘩が始まったのだろう。

 

「なんと!惚れ薬になるんだってー!使い方は粉にして相手に振りかけるんだって。思いを寄せる相手にかければ惚れさせることが出来て、家族や友人にかければ気に入ってもらえたり惹きつけられたり出来るとか何とか」

「惚れ薬、ですか…。そんな風に実る愛ってどうなんでしょうね」

「さぁねー。けど、作るには特別な手順が必要で簡単には手に入らないんだって」

「こいしはそのイモリの黒焼きを使ってみたいですか?」

「お姉ちゃんに一回かけてみたい」

 

そんな他愛のない話をしながらフラフラと歩くこいしに付いていこうとすると、わたし達の前に一人の妖怪が飛び出してきた。

 

「勝負っ!」

 

そして、右腕から人差し指までビシッと伸ばしてそう言った。一体何で勝負をするのか、なんていちいち言わなくても分かる。弾幕遊戯だ。…というより、わたしが旧都に来ると大抵誰かが勝負を挑んでくる。

けど、今のわたしはこいしと一緒に食べ歩きする予定なのだ。付き合うつもりはない。

 

「だって幻香。早めに終わらせてねー!」

 

…と、思っていたのに、こいしはわたしを彼女の前に突き出した。…まぁ、こいしがいいなら別に構わないけど。

 

「時間が惜しいから三で。さ、始めましょう?」

「上等っ!」

 

食べ終えた串を一本圧し折って捨てつつ、わたしは『幻』を展開した。そして、指先から妖力を短めに噴出させる。さながら爪のように。

 

「これが私の切札っ!瞬歩『疾風迅雷』!」

 

そう宣言した妖怪は残像が見えそうなほど素早く駆け回りながらわたしに向けて弾幕を放ち続けていく。その弾幕を噴出させた妖力で引き裂きながら回避し、彼女が通るであろう軌道を先読みして『幻』から妖力弾を放って妨害する。

 

「そこっ」

「ひゃっ!」

 

邪魔な弾幕を避けるために、彼女はわたしのほうに曲がって回避した。その瞬間に急接近し、彼女の胴に向けて腕を振るう。噴出させた妖力が彼女に被弾したことを感じたら、すぐに跳び退いて距離を取る。

ただし、わたしが踏んだ場所に一つずつあるものを複製しながらだ。それは地面の僅か下に埋め込むように複製したため、ほんの少し盛り上がっているかもしれないけれどそう簡単にバレるものではない。

そして、わたしは地面に向けて薄く妖力を張った。…さぁ、発動しろ。

 

「複製『緋炎・篝火』」

 

地面から小さな炎が連鎖的に噴き出す。わたしに近い場所から順番に、最後には彼女がいた場所まで。

 

「っとぉ!」

 

けれど、流石に跳んで回避されてしまった。ま、問題はない。そこから咄嗟に回避させるために使ったのだし。『幻』から最速の直進弾を跳んだ彼女に向けて一斉射撃する、と共に一つ上空へ妖力弾を放つ。

 

「うわ危な――うぎゃーっ!」

 

空中で無茶な体勢をして回避したところに、上空から新たな弾幕が降り注ぐ。体勢が整う前に次の攻撃をする。これが大事なのだ。体術にせよ、弾幕遊戯にせよ、そのことは大して変わらない。

…んー、やっぱりこのイモリの串焼き美味しいなぁ。またいつか機会があれば、あの屋台に寄ってもいいかもしれない。

 

「く、くそぅ…。次っ!仰山『千客万来』!」

 

宣言と共に、物凄く低速な弾幕が大量にわたしに向かって押し寄せてきた。…さっきの彼女みたいに駆け回ればそれだけ広い場所に弾幕を張ることになって密度が薄くなり、回避が比較的楽になるんだろう。

けれど、今は時間が惜しい。わたしはその大量の低速弾幕をその場で待つ。そして、視界が妖力弾で埋め尽くされるほどになった時に、わたしは次の切札を宣言した。

 

「鏡符『幽体離脱・散』」

「へ?うひゃーっ!たくさんこっち来たー!?」

 

そりゃそうだよ、そういう切札なのだから。わたしを中心に広がっていく弾幕の弾速は彼女の弾幕そのままだから非常に遅い。これが鏡符「幽体離脱・操」なら弾道弾速共に自由に操ってもいい、という制約にしている。まだこいしとの弾幕遊戯でしか使ったことないけど。

彼女自身が放った大量の弾幕によって動きが制限されたところに、わたしは『幻』で貫通特化の針状弾幕を発射する。彼女とわたしの妖力弾に小さな穴を空け、しかしそれらを決して打ち消さずに突き進んでいく。まぁ、これを避けれたら大したものだと思うよ。

 

「うわーっ!負けたーっ!」

 

そう思っていたら、そんな声が響いてきた。瞬間、視界に映る弾幕に重ねて複製し、その全てを打ち消す。それと共に『幻』と地面に仕込んだ緋々色金の魔方陣を全て回収し、弾幕遊戯の後処理を大体完了させた。

…まぁ、案の定相手はそこまで強くなかった。もう一本を味わって食べながらでも余裕で勝てちゃった。気付いたらわたし達を見物している妖怪達が周りにいて、好奇の視線が突き刺さる。気にしないようにと思っても、やっぱり気になるものだ。

 

「お疲れ様ー!いやー、やっぱり幻香強いねー!」

「そう言ってくれるとわたしは嬉しいですよ」

 

飛び付いてきたこいしを受け止めつつ、若干悔しそうにしている対戦相手に顔を向ける。そして、わたしは軽く微笑んだ。

 

「また戦いましょうね。次はもうちょっと楽しませてくれると嬉しいな」

「…そうする」

 

ムスッと膨れながらの返事を受け取り、去っていく彼女を見送ってからわたし達は次の目的地へ歩き出す。

 

「次は何を食べるんです?」

「次は唐揚げだよ!」

「それは楽しみですね」

 

 

 


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