東方幻影人   作:藍薔薇

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第311話

ベッドで目を覚ましてすぐに窓から外を見て雨や雪が降っていないか確認する。それから防寒着を着込み、部屋を出て地霊殿を歩き回ってお燐さんを見つけ出し、弾幕遊戯の実践練習をすることを伝え、わたしはすぐさま庭に出た。

若干溶けて固まってきた雪。…邪魔だな、これ。除雪するか。一辺が腕を一杯に広げるより少し長いくらいの空箱を創造し、上面と隣接した面を部分回収。底面の露出した一辺を滑らかに尖らせ、準備完了。雪の下に入れて後ろから押していき、下から削り取って箱の中に収めていく感じで。

 

「ふぬ…っ!」

 

ガリガリジャリジャリと氷を削っていく音を響かせる。これ、最初は軽いけど押してくうちに雪が溜まってかなり重くなるな…。けど、わたしが押した場所はあまり雪が残っていない。

同じものを複数個創り、順番に押して雪を削り取っていく。少し腕が疲れてきたところで後ろを振り返ってみると、大分広い範囲の雪を押し出していたようだ。

その後も数回雪を押し退け、もう十分かなぁ、と思って除雪に使った箱を全て回収すると、箱に収まっていた雪の塊がザザーッと崩れてしまった。…ま、ちょっとくらい崩れてもこのくらいなら大丈夫でしょ。

 

「…まだかな」

 

ダラリと両腕をぶら下げ、上を向いて長く白い息を吐く。僅かにかいた汗が体を少し冷やし始めたところで、ようやくお燐さんを先頭にしたさとりさんのペット達がやって来た。その人数は十七人。二十人くらいと言っていたから妥当な数だろう。

 

「連れて来たよ」

「じゃ、早速始めますか。弾幕遊戯の規則は把握してますよね?」

 

後ろにいる十六人に問いかけると、全員から肯定の声が返ってきた。それならよかった。わたしが下手に説明すると、スペルカードルールと混同してしまうかもしれないから。

そう思っていたところで、一人の獅子妖怪が他のペット達を押し退けてわたしの前に出てきた。その表情は、嘲笑一歩手前。

 

「アタシは弱い奴に教えを乞うなんて嫌だね。…あんたさぁ、本当に強いのかい?」

 

それなら来なければいいのに、と言いかけた言葉を飲み込む。その代わりに別のことを口にした。

 

「それは何を比べてですか?それは何と比べてですか?」

「アタシと比べてに決まってるだろう?」

「大食いと早食いなら負けそうかな。その牙の鋭さも負けるし、身長もわたしのほうが少しばかり低いみたい。多分、体重も貴女のほうが重いと思うね。他には――」

 

パッと見で思い付くわたしが彼女に負けている要素を並べていると、彼女の顔の溝が一気に深くなり、右手がわたしの胸倉へと伸ばしてきた。…へぇ。

 

「あっ!?」

 

その手首をわたしは片手で掴み取った。ギリギリと少しずつ力を込めていき、骨が軋む感触を覚えたところで離す。そして右脚で額、顎、胸に三連蹴りを放ち、すぐさま跳び回し蹴りを頬に叩き込む。

 

「…はい、わたしの勝ち」

 

その瞬間、一部始終を見ていたペット達の目にほん少し別の色が混じるのを感じた。それは、仲間を蹴飛ばしたわたしに対する怒りと畏怖。…ま、彼女には悪いけれど、着火剤になったからそれでいいや。

お燐さんが獅子妖怪を起こし、復帰させたところでわたしは彼女を見遣る。

 

「わたしは弱いよ。怪力は勇儀さんより弱いし、権力はさとりさんより弱い。けど、貴女に負けるほど弱くはないみたいだね」

 

それだけ言っておき、他のペット達を見渡す。

 

「さて、まずは威力調節としましょう。目標は傷付けない。…さ、一人ずつ撃ってきてくださいな」

 

そう言うと少しざわついたけれど、すぐに犬妖怪が前に出てきた。

 

「よろしくー」

「相手に撃てない、じゃあ話になりませんからね。それも兼ねてですよ」

「はいはーい」

 

そう言ってコクリと頷いた犬妖怪は、わたしに向けて右手を伸ばした。そして、右手に浮かび上がる明らかに威力過多の妖力弾を発射してきた。それをわたしは片手で受け止める。皮を破り肉が爆ぜる嫌な感触。多少血が舞い、僅かに残っていた雪を赤く染めた。

 

「四分の一…、いや、五分の一以下で撃ってください」

「五分の一ねー…。んー…」

 

少し難しい顔を浮かべながら新しい妖力弾を右手に出し、それをわたしに発射した。それを傷付いていないもう片方の手で受け止め、今度は皮を僅かに破る程度に抑えられていた。あと少し強ければ血が滲んでいたと思う。

 

「…ま、一応大丈夫でしょう。次、どうぞ」

 

次が出て来るまでの間に『紅』を発動させ、両手の傷を治しておく。

それから残り十六人の妖力弾を受け続け、どうにか全員及第点まで威力を抑えることが出来た。

 

「その威力を参考にしてくださいな。相手によってもう少し強く、もう少し弱く、なんていう微調整を忘れずに」

 

疎らな返事を貰いつつ、次に何をするか考えてみる。やっぱり弾幕?それとも回避?醍醐味の切札?んー…。

 

「それじゃ、さっき覚えた威力で弾幕を張ってみましょうか。…全員まとめてかかって来な」

『『『はぁ!?』』』

 

そう言ってやると、十七人分の視線が突き刺さる。彼女達からすれば舐められた、とでも思ったのかもしれないが、そんなつもりは毛頭ない。ただ一人一人を個別に見るなんて面倒くさいと思っただけ。

 

「何も難しい事じゃない。ただ数を増やせばいいだけですよ。ほら、こんな風に」

 

右手を軽く握り、砂でもかけるように細かな弾幕を彼女達の間に放つ。突然のことに硬直していたため、誰一人被弾させずに済んだ。

 

「ま、わたしはただ躱すだけだから。好きなように撃ってね」

 

そう言って微笑むと、一つの妖力弾が飛んできた。放ったのは、お燐さんか。首を軽く捻って躱すと、続けざまに十六人分の妖力弾が襲い掛かる。けれど、直接狙い過ぎだ。少し動くだけで避けられる。

 

「被弾させることも重要だけど、逃げる先を潰すことも必要ですよ」

 

その言葉を受けたペット達の狙いが、わたしからその周辺へと変わる。けれど、まだ周辺だけだ。弾幕の隙間を駆け抜け、何もない安全地帯へと抜け出す。それに伴い、彼女達の狙いもわたしを追って動く。その動きから外れるように、わたしは彼女達の周りを駆け続けていく。

 

「弾幕は逃がさないか、追い続けるか!ほらほら、まだ狭過ぎるし遅過ぎる!十七人もいてそれでいいのか?本来、貴女達は一人で相手の弾幕も避けるんだよ?」

 

挑発紛いの発破をかけつつ、彼女達の上を跳び越える。横だけではなく、縦もあることを示すために。さて、彼女達はどうするかな?

動き続けること数分。どうやら彼女達は役割分担をしたらしい。十二人がわたしを気にせずある一定の範囲に弾幕を放って妨害をし、残りの五人がわたしに向けて弾幕を放ってくる。…んー、そうなっちゃったか。ま、しょうがないかなぁ…。

 

「はい、終了。今の貴女達十七人がやったことを一人で出来るようになりましょう。それが今後の課題です」

「あれを、一人でかい?」

「出来るなら。確実に相手を追い続けられるなら周囲にばら撒く必要はなくなりますが、それはまた後でいいでしょう」

 

わたしは『幻』を全域にばら撒きつつ自分自身が相手を狙えば出来る。

 

「あんたはこいし様にやってなかったよね?」

「それは必要なかったから。こいしはわたしと違って逃げないからね」

 

正直にそう答える。あの弾幕遊戯では、わたしは逃走者でこいしは追跡者だった。逃亡者が二人だと、それは勝負にならない。だからこいしは逃げない。…逃げられない。

話が若干逸れたね。ちょうど区切りもいいし、話を戻すとしましょうか。

 

「それじゃ、切札といきましょう。これも簡単ですよ。自分を象徴するものを模せばいい」

 

わたしは右腕を上に掲げ、彼女達全員を飲み込んでもなお有り余る巨大な妖力弾を浮かべる。それを見上げる彼女達の口がポカンと開いているのが何だか滑稽に見える。

 

「力を象徴したければ、こんなものでもいい」

 

二酸化ケイ素の棒を幾度となくわたしに重ねて創造し、至る所に弾かれながら彼女達に最速の弾幕をばら撒いていく。その軌道は全て、その場から動かなければ被弾しないもの。

 

「速さを象徴したければ、こんなものでもいい」

 

十指から十の妖力弾を上空へ放ち、一斉に激しい光と共に爆ぜる。幾万の妖力弾となった弾幕がわたしの周囲に降り注ぐ。

 

「数を象徴したければ、こんなものでもいい」

 

降り注ぐ妖力弾が地面を穿つ前に軌道を曲げ、彼女達を大きく包み込む。その大きさを徐々に狭めていき、最後には一歩を踏み出すことさえも出来ないほどまで狭める。

 

「束縛を象徴したければ、こんなものでもいい」

 

彼女達十七人の複製(にんぎょう)を複製し、その全てを操って彼女達を囲み、一斉に弾幕を放たせる。精密な軌道はまだ難しいので、絶対に当たらないだろう、少し上を狙っておく。

 

「能力を象徴したければ、こんなものでもいい」

 

複製を回収し、改めて彼女達を見遣る。

 

「何でもいいんですよ。難しく考えずに、思い付いたものをやってみるといい。気に入ったら名前を付けて、気に入らなければ保留する。そのくらいでいいんです」

 

そんな当たり障りのないこと言い、わたしはお燐さんの肩を掴む。ビクッと跳ねたけれど、気にしない。

 

「貴女は、どんなものが思い付きましたか?」

「え?あー…、やっぱ炎とか、怨霊とか、そのあたり…?」

「それでいいんですよ。ま、怪我させない程度に暴れてくださいな。わたしからは以上です」

 

最後に無責任なことを言って彼女達に背を向け、わたしは地霊殿に足を伸ばすことにする。…あ、一つ忘れてた。

 

「…そうそう。回避に関しては貴女達で模擬戦をしてください。わたし相手より、よっぽどいいと思いますよ」

 

まだ始めたばかりで、威力調節に意識を傾けないといけないような、そんな素人。今のままでは実力差があり過ぎる。多少の差ならいいけれど、大き過ぎたら駄目だ。

それだけ言い残し、何か言っている気がする言葉を聞き流してわたしは自分の部屋に帰還した。

 


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