東方幻影人   作:藍薔薇

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第310話

「お疲れさまー!」

「お疲れ様です」

 

わたしの手と向かい側に座るこいしが伸ばした手をパチンと合わせ、置かれた飲み物を口にする。こいしは仰々しい名前のお酒、わたしは普通の水だ。

 

「いやー、楽しかった楽しかった!」

「そう言ってくれるなら、わたしも嬉しい限りです」

「けど、惜しいなぁ。本当は幻香もっと強いでしょ?」

「…否定はしませんが、あれは娯楽で遊戯。力を抜いて気楽にやるくらいがちょうどいいんですよ」

 

と、それっぽいことを言って誤魔化しておく。どうしてこんな簡単にバレちゃうかなぁ…。

 

「けど、負けるつもりはありませんでしたよ」

「勝つつもりもなかったんだよね」

「どちらに転んでもいいと思っていたので」

 

時間を掛けない。接戦にする。このさとりさんに言われた二つは最低限熟したつもり。勝敗に関して指定はなかった。けれど、こいしが言った通りお互いに被弾なしで迎えた最終局面で先に宣言したのは、長引かせないようにするためと負けるためだ。どちらでもいいと言ったけれど、負けたほうがいいことは知っていたから。

そんなことを考えていると、何か温かいものが近付いて来た。…いや、温かいどころじゃなく熱い。それもそうだ。

 

「はい、地獄火炎鍋二つね!」

「ありがとおばさん!」

 

…あぁ、遂に来てしまった。地獄火炎鍋…。炎に手を当てて温まっていると、少しずつ炎の勢いが弱まっていき、ようやくその姿を露わにした。グツグツと煮えたぎる真っ赤な出汁には豆腐や白菜、葱などの鍋でありがちな具材と唐辛子数十本という鍋ではあまり見かけない具材が浮かんでいる。あぁ、辛みが目に染みる…。

 

「いっただっきまーす!」

「い、いただきます…」

 

とりあえず、比較的楽に食べれそうな豆腐を小皿に取り、軽く冷ましてから口に入れる。…辛い。凄く辛い。とにかく辛い。滅茶苦茶辛い。舌どころか口の中全体がビリビリと突き刺さるように痛い。え、何これ?本当に豆腐?

こいしはというと、何の躊躇いもなく具材をヒョイヒョイ口に入れていく。そんな調子で食べて本当に大丈夫なのだろうか…。

 

「それでさ、幻香。最後の切札のことなんだけど」

「…最後の?…それはさとりさんに任せればいいでしょ。彼女が考えたんですから」

 

そういうことになっているのだ。地上から持ってきたなんてわざわざ言う必要はない。

 

「むぅ。幻香だったらどうする、ってこと!」

「そのままでいいです。変えるなら勝手にどうぞ、って程度。そう言うこいしならどうします?」

「わたしなら?んー…。最後の切札の時間制限を取っ払うかな」

「それは駄目ですね。一時的に相手の弾幕を一切受け付けない、いわゆる耐久スぺ…切札がありますから。最後にそれを使うとよっぽどのことがなければ敗北が無くなる。お互いに使えばいつまでも終わらなくなる」

 

萃香の鬼気「濛々迷霧」、霊夢さんの「夢想天生」などがそれに当たるスペルカードだ。

 

「じゃあ、その耐久切札は時間制限付きで」

「…それを一つの意見としてさとりさんに伝えてみたらどうですか?きっと考慮してくれますよ」

「そうする!」

 

ま、決めるのはわたし達じゃない。さとりさんだ。考慮した結果、認めないことだってあり得るだろうけれど、言わないよりはいいだろう。

次に白菜を小皿に移し、口にする。…熱っ!辛っ!痛っ!…噛んだ瞬間飛び出した水分がまだ全然冷めてなかった。

 

「…わたしも訊きたいことがあるんですが、いいですか?」

「いいよー。ドンと来い!」

「切札の引力と斥力。あれ、どうやったんですか?」

「あー、あれ?んー、どう説明したらいいんだろ」

 

こいしはそう言って唐辛子を口に入れる。モグモグと十本くらい食べ切ったところで、説明を始めた。

 

「好きなものがあったらさ、フラッと近付きたくなるでしょ?嫌いなものがあったらさ、うわぁ…って遠ざかりたくなるでしょ?そんな無意識をちょっと操っただけ。幻香は近付けるほうが簡単だったかな」

「へぇ、そうだったんですか…。わたしに出来るようなことじゃなさそうですね」

 

再現可能なら使えそうだと思ったのに。仮にわたしがこいしに成り代われば出来るんだろうけれど、そういう話じゃないのだ。

葱を小皿に移し、十分に冷ましてから口にする。ドロリとしたものが葱から飛び出したけれど、そこまで熱くはない。その代わりに舌に絡み付いて滅茶苦茶辛い。水で流し込んだけれど、まだ舌がヒリヒリする。

 

「幻香はさ、ちゃんと広まると思う?」

「さとりさんが広めてるなら広まるでしょうよ。問題は広まった後。娯楽として機能するかどうか」

「楽しいよ?」

「楽しいことも大事だけど、第一印象も必要ですからね。上手くいったかなぁ…」

 

最初に受け入れられれば、後は楽だ。けれど、最初に拒まれたら厳しい。下手すれば潰される。そのことを、わたしはよく知っている。

 

「弾幕遊戯してた時は凄く見られてたし、終わった時も嫌な目で見られなかったから大丈夫じゃないかな」

「…ま、こいしがそう言うなら大丈夫かな」

 

こいしの前でそんな目をするかどうか、という疑問は口にしないでおく。後日からはさとりさんのペット達も努力するのだし、そちらに期待するとしよう。

唐辛子を箸で摘まみ、恐る恐る口に入れる。…あまり辛くない。けれど、噛んで少し経つと、口全体に辛みが行き渡る。慌てて水を飲んだけれど、痛みが引く気配はほとんどない。こ、これが残り何十本も…。食べ切れる気がしない…。

 

「あー、早く広まらないかなぁ…。そうすればたくさん遊べるのに」

「今すぐに、とはいかないでしょうね。事前に広めていたとはいえ、実演したのはさっきが初めてですから。季節が変わるくらいまでは待ってみたほうがいいと思いますね」

「えぇー、そんなの長いよ待ってられないよー!」

「それならこいし自身が遊んで広めればいいじゃないですか。広告塔になったんですし、ちょうどいい」

「そっか!幻香はどうするの?」

「息抜きにやる、くらいでいいです。やり過ぎるとさとりさんになんて言われるか分かりませんから」

「お姉ちゃんが?何で?」

「この前やり過ぎて怒られたので」

 

わたしがとある賭博場でやったことをかいつまんで語ると、こいしは噴き出した。そして机をバシバシ叩き出す始末。ちょっ、土鍋が揺れるから止めて…。

 

「そりゃそうなるでしょー!賭け金六千超えって!イカサマされたからイカサマし返すって!そんな話は何処かでちょっと耳にしてたけど、親だった妖怪は運がなかったねー」

「イカサマするならバレないようにしてほしかったなぁ…」

「グラ賽のほう?磁石入り賽子のほう?」

「両方。こいしは持ってるんですか?」

「部屋にならあるよ。形が歪んでるのとか、重心がズレてるのとか、目が四五六だけとか。他にもたくさんあるよ」

「四五六だけ…。何それすぐバレそう…」

「意外とバレないんだよねぇ。イカサマしてる、って思われていないなら確認されないから」

 

そんなことを話しながら、地獄火炎鍋を少しずつ食べていく。けれど、こいしが食べ切って出汁まで飲み干しても、わたしはまだ半分以上残っている。特に唐辛子。口の中は大量の針で刺し貫かれている気分。

…あぁ、これはあまりやりたくなかったんだけどなぁ。辛みによって刺激されているのは痛覚だ。せっかくの激辛料理だから、そんな風に食べるのは悪いと思っていたからやらないでいようと思ってた。けれど、わたしとしては残すほうが悪いと思っている。痛覚遮断。口の中の痛みも一気に収まる。これから口にするこの鍋から辛みはもう感じないだろう。

最初のこいしのように具材を口の中に入れて咀嚼し、飲み込んでいく。痛覚遮断を今止めたら、なんてことが頭を過ぎったけれど気にすることなくドンドン放り込む。最後に出汁を一気に飲み干した。…ふぅ、完食。

 

「どう?美味しかった?」

「えぇ、美味しかったですよ」

 

辛みさえなければ普通に美味しい鍋料理ですよ。ここのお店、地獄火炎鍋じゃない鍋料理なら美味しくいただけそう。

 

「そっか!それならまた食べに行こうね!」

「…それは遠慮させてください」

 

正直に辞退すると、こいしはむくれてしまった。

 


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