東方幻影人   作:藍薔薇

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第308話

わたしは旧都の上空に浮かび、大きく伸びをした。そして一気に脱力し、ダラリと両腕を下ろす。細く白い息を全て吐き切り、冷たい空気で身体を満たしていく。

旧都を見下ろさずともわたし達を見上げる妖怪達の視線を感じる。一目で腕っぷしが弱いと思える、三人称を彼女とすべき妖怪達。どれだけいるかは数えたくない。

 

「幻香、緊張とかしてない?」

「してませんよ。…ま、ただ見世物にするつもりはなかったのになぁ、と思ってただけです」

「そうだよねぇ。ま、わたしは問題ないよ!もう早く始めたい!」

 

目の前にいるこいしは溢れんばかりの笑顔でそう言った。さっきから指先をこすり合わせたり、靴底で爪先を蹴ったり、身体がフラフラ揺れたりしている。非常に落ち着きのない様子である。まぁ、あれだけ待たせてしまったのだ。しょうがないよね。

 

「わたしも特に問題はないです。切札は三、被弾数も三。こいしもそれで構わないですか?」

「わたしは五がいいと思ってたんだけど。…幻香、間に合わなかったんだね」

「…流石に時間足りないよ。それに、わたしからすれば制約が多過ぎる」

「それはしょうがない」

 

時間の許す限り弾幕遊戯の練習をやったけれど、魅せるにはまだちょっと足りないかな、と思う。あと、手持ちの切札全てを見せるのもどうかと思うから、今回は三で妥協してもらいましょう。

 

「ねー、まだー?」

「まだですよ」

 

開始の合図はわたし達ではなく、わたし達を見上げる妖怪達に説明や注意喚起などに奔走しているペット達の誰かに任せているそうな。ある程度妖怪達をまとめたらこっちに来て弾幕遊戯を開始させ、後はわたし達が勝手に遊び合うだけ。

少し待っている間に、両腕に妖力を光らない程度に注意しながら軽く寄せておく。外見で警戒されたら意味ないからね。それと、地霊殿を出る前にさとりさんに言われたことを思い返した。

 

 

 

 

 

 

『幻香さん、私から貴女に言いたいことがあります』

『はぁ、それは何でしょう?』

『魅せるということを自覚してほしい。具体的には、一分足らずで終わらせる、小一時間掛けても終わらない、などは避けてください』

『んー…、分かりました。別に構いませんよ』

 

そもそも一分足らずなんて短期決戦は流石にするつもりは毛頭ない。こいし相手にそんな楽しさの欠片も感じさせないのはどうかと思うから。一時間も掛けるなんて、逆にどうやればいいのかわたしのほうが問いたいくらいだ。

 

『もちろん、私はこの件でも貴女に負けろと言うつもりはありません。ですが、出来ることなら完勝も完敗も避けてほしいですね』

『接戦にしてほしい、と?』

『端的に言えば』

 

完勝と完敗を避け、接戦にしてほしいというのも分かる。一方的な勝負は見ていて面白いとは言い難いだろう。別件だけど、わたしがやり過ぎるのは避けたほうがいいと言われたわけですし、やり過ぎないようにはするつもり。…ま、わたしが負けているのは見ててスッとくると思うけども。

 

『…考えておきます』

『…そうですか。気を付けてくださいね』

 

 

 

 

 

 

…ま、さとりさんには既に読まれているけれども、わたしは多少手加減をするつもりだ。こいしが初心者だからというのもあるけれど、それ以上にわたしが彼女に勝利するという結果が地底の妖怪達にとって好ましくないことが分かり切っているからだ。出来ることならわざとでもいいから負けたいと思う自分がいる。

けどさ、わざと負けるって正直どうよ?気持ちよく勝たせてあげた、とでも言うつもりなのかわたしは。そんな勝利、無価値だよ。だから、わたしはそんな風に負けるつもりはない。

 

「…ま、それが難しいんだよね」

「ん?幻香、何か言った?」

「ただの独り言ですよ。気にすることないです」

「そっか。んー、まだかなー、まだかなー…」

 

つまり、接戦になるように手加減する、ってことだ。手を抜き過ぎても、手を入れ過ぎても接戦から外れかねない。だから難しい。それに、目に見えて手抜きされてるとバレればあとでどうなることやら…。

 

「お待たせしました!」

「お、来た来た!」

 

そんなことで頭を悩ませていると、さとりさんのペットの一人がわたしとこいしの間に浮かんできた。

 

「切札と被弾は三と聞きましたが、間違いありませんか?」

「ないですよ」

「ないから早く始めよっ!」

「それなら早速始めましょう!みなさーん!これから弾幕遊戯を始めまーす!」

 

そう大声を張り上げている間に、わたしは見に付けているものの過剰妖力を一応確認する。…うん、含めるものはちゃんと入り切ってる。フェムトファイバーは相変わらず入れれないけど。

 

「よーい、始めっ!」

 

その宣言と共に人差し指から三発連射して牽制しつつ、最速から最遅までを十段階に振り分けた直進弾用と追尾弾用の『幻』を各三個ずつ、計六十個展開する。こいしは牽制の妖力弾をわたしから見て右に避けたので、そちらへ追撃の妖力弾を右手の五指から発射したけれど、難なく避けられる。

 

「ひゃっほーぅ!」

 

はしゃぐこいしからハート形の弾幕がわたしに向けて放たれる。けれど、まだ隙間が多い。その場からほとんど動かずに避けられる。…のだけど、今回は見世物なのだ。わたしはこいしを中心に大きく回るように飛び回って回避する。

その道中で両腕に妖力を溜め、左腕に溜めた分を置いていく。そのまま大きく動いてこいしの放つ弾幕を躱していく。途中からわたしの移動先に弾幕を放ち始めたところで最初の切札を宣言する。

 

「範囲は絞らないから」

「よーし、来い!」

「模倣『ダブルスパーク』」

 

淡く発光する右腕をこいしに突き出し、妖力を解放する。そして、こいしの後ろに置いて来た妖力も同時に解放する。

 

「え?うひゃっ!」

 

解放の瞬間に後方の妖力が出した音にこいしは気付いたようで、慌てて右へ飛んでいく。右腕と置いてきた妖力を操作し、逃げていくこいしを追いかけていく。流石に三十秒も妖力を放ち続けるつもりはない。置いてきた妖力も十秒程度で切れるだろうし。

なので、置いてきた妖力が出し尽くしたところでわたしは右腕から放つ妖力を止める。ただし、最後の最後でその場に留まろうとする意思を切る。つまり、僅かな時間だがその妖力を推進力としてこいしから大きく距離を取った。

 

「一本増えた…。って!待てー!」

 

『幻』を後方へ配置しつつ、ボスリと旧都の一角に着地する。弾幕遊戯を見に来ている妖怪達がわたしに注目しているが、気にしている暇はない。積もっていた雪も解けたり踏み固められたり退けられたりしていて、駆け抜けるには特に支障はない。こいしがどのくらい早く移動出来るかは知らないけれど、頑張れば追い付きそうかなぁ、と思うくらいの速度で走り出す。

 

「ちょっとー!逃げないでよー!」

 

数秒遅れてこいしが後ろに来たことを感じたところで空間把握。範囲はわたしを中心に三歩程度。放たれる弾幕が範囲に侵入すれば大きさと軌道が大体分かる。ミスティアさんの鳥目のときよりも弾幕を把握出来る範囲が広いんだ。避けてみせましょう。

背後から迫る弾幕をジグザグに駆け抜けて回避し、ある程度駆け抜けたところで大きく跳躍する。空間把握を解除してから追いかけてくるこいしに体を向けて後ろ向きに宙を飛び回り、『幻』任せではなく自ら操作する妖力弾を数発放つ。

 

「おっ、とっ、とぉ!」

「んー、駄目か」

 

前後左右上下問わず縦横無尽に操っていくけれど、こいしは『幻』の弾幕の中で普通に躱していく。わたしに多少なりとも妖力弾を放つ余裕もあるようだし、もう少し上げれるかな?

操っていた妖力弾をこちらに戻して回収し、次はどうしようかと少し考えながら、場所が大きく外れてしまったので開始した場所へと戻っていく。こいしも追いかけながら弾幕を放ってくるけれど、今度は隙間をスルスルと抜けていく。大きく避けると元の場所に戻る時間が長引くから。

少し飛んで元の場所に戻ったところで止まると、こいしがわたしに向けて大きく宣言した。

 

「よーし!それじゃ、今度はわたしの切札行くよー!」

「いいですね、見せて――いや、魅せてくださいな」

「本能『イドの解放』!」

 


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