東方幻影人   作:藍薔薇

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第305話

勇儀さんと眠くなるまで長々と話をし、その部屋で一睡させてもらってから旧都へと戻った。外に出てみると、なんと雪が降っていた。吐く息の白さが雪に紛れて消え、防寒着を寒気が外から貫くほどに寒い。

勇儀さんに会った以上、特に旧都に目的があるわけではない。けれど、せっかく出てきたのだからもう少し旧都を散策してもいいかな、という誘惑が頭を過ぎる。そして、わたしはその誘惑に乗ることにした。地霊殿にずっと籠るつもりはないのだし、色々と知っておいてもいいだろう。

 

「…よし」

 

手頃な大きさの棒を一本創造し、ちょっとした山になっている雪に突き刺す。そして棒に含んでいた過剰妖力を炸裂させる。ボフ、とショボくくぐもった音を響かせ、山が内側から形を僅かに変える。そして、崩れた箇所が多い方向を何となくで見極め、そちらの方角へと真っ直ぐ進むことにした。その方角は地霊殿からは離れる方向だ。

フワリと浮かび上がり、旧都の家々を飛び越えていく。上から旧都の街並みを見下ろすと、こんな雪の中だっていうのに傘も差さずに歩く妖怪が意外と多い印象だ。…まぁ、わたしもその中の一人に数えられるんだけど。

宙を漂いながら、頭の中で新しいスペルカード、もとい切札を思い浮かべる。そもそも、スペルカードは飽くまで本人の得意分野を魅せるためのもの。わたしの場合、創造能力と規格外だと言われる妖力量。しかし、その創造能力が弾幕遊戯ではほぼ規制されてしまうのだから困ったものである。何かいいものないかなぁ…。

 

「あ」

 

いいのあった。また模倣になるけれど、別に構わないだろう。彼女はそんなことでわたしに文句を言うような性格はしていないのだから。

そのスペルカードは禁忌「フォーオブアカインド」。フランがよく使っていたスペルカードだ。今までわたしが使っていた鏡符「多重存在」にかなり近いと言えるけれど、決定的に違う箇所が二つある。

一つ目は、意思の有無。これは最悪どこかの誰かの精神を複製(にんぎょう)に捻じ込んでしまう、という荒業が出来なくもないけれど、そんなことをして協力してくれるかと問われれば未知数だ。そんな不安定性は求めていない。だから、こればっかりはいつも通りわたし自身が操ればいいだろう。

二つ目は、弾幕の有無。実はわたしは複製に弾幕を放たせたことがない。わたしが目の前に映った弾幕を複製して、まるであたかも複製が放ったかのように見せたことはあるけれど、複製自体に弾幕を放たせたことはない。けれど、過剰妖力を炸裂弾にして爆ぜることが出来るのならば、これもどうにか出来そうだ。

 

「さて、やってみるかな」

 

場所が場所だけど、別に構わないだろう。胸に手を当て目を瞑り、わたし自身の形を調べて複製する。目の前に浮かぶ薄紫色のわたし。過剰妖力は相当量含むことが出来る感じはしたけれど、今はそこまで含めなくてもいいだろう。

動作確認。右手を上げさせ、左手を上げさせ、両手を下ろす。右に一回転させてから回し蹴り。…うん、大丈夫。勘は鈍ってない。人差し指をピンと伸ばさせ、わたしに向けさせる。過剰妖力をほんの少し指先に寄せ、外側へ出す。カッと一瞬光を放ち、わたしに真っ直ぐと妖力弾が発射され、防寒着を貫いて被弾する。防寒着に小さな穴が開いたけれど、肌に触れた瞬間に回収したから怪我はない。…うん、威力高過ぎ。んー、『幻』と勝手が違うなぁ…。

 

「…冷たっ」

 

さてどうしたものか…、と頭を悩ませていると、顔にペシャリと冷たいものをぶつけられた。見るまでもない。雪玉だ。一体誰が、と思って見下ろしてみるけれど、どこの誰とも知らない髪の毛がやたらと長い妖怪だとしか分からなかった。

フワリと複製と一緒に降り立つと、すぐさま駆け出して逃げていく。それを確認した瞬間、私は右手に積雪の一部を複製し、握り拳程度の雪玉を手に持つ。

 

「そらっ」

 

脚を踏み出し、身体の捻りを利用して投げ飛ばした雪玉は、長髪の妖怪の後頭部にベシャッと叩き付けられた。わたしの雪玉がぶつかって前のめりに倒れたように見えるけれど、まぁ気にしないでおこう。

禁忌「フォーオブアカインド」の模倣の練習を中断されてしまい、ここで続けるのはやっぱりよくなかったか、と少し反省しながら複製を回収する。そんなことをしていると、再び雪玉を投げ付けられた。今度は一つではなく、次々とそこら中から投げ付けられている。けれど、わたしに投げ付けられているというよりは、もっと別の場所を狙って投げているような…。

周りを見渡すと、十数人の妖怪達が雪玉を投げ合っている。次に地霊殿の大きさを見て、その距離を推測する。…ここ、旧都の外側のほうだ。つまり無法地帯。初めてここに来たときに泥だの鎌だの色々投げ付けられたことを思い出し、今日は雪玉かと納得する。

 

「…逃げよ」

 

雪玉を出来るだけ躱しつつ、家と家の間の小道に入って一息吐く。…流石にわざわざここに投げてくることはないでしょう。現に雪合戦をしている妖怪達は目の前にいる妖怪に雪玉を投げ付けることに意識を向けており、もう既にわたしに興味を示している様子はない。

肩や腕に当たった雪を払いつつ、小道を抜ける。最初にあの長髪の妖怪が顔に雪玉を当てたせいで滅茶苦茶顔が寒い。少しでも水気を拭おうとするけれど、大して変わった気がしない。むしろ広げてしまって悪化したかもしれないなぁ…。

 

「…あら」

 

暖を取るために緋々色金の魔法陣を複製したところで、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

 

「久し振りね、地上の妖怪さん?今日は真っ白に雪化粧かしら」

「化粧はあまり興味ないですよ、パルスィさん」

 

目を向けると、傘を差したパルスィさんの僅かに妬みの籠った目と合った。…いや、そんな目で見られる覚えはないんですけど。…まぁ、そう言う妖怪だ、という話はこいしから聞いた。なら、いちいち口にすることじゃないよね。

 

「何か用ですか?」

「別に」

「そうですか」

「そんな風に余裕のあるところが、やっぱり妬ましい」

 

そっか。羨望を踏み外せば嫉妬なら、嫉妬を踏み正せば羨望となるかもしれない。まぁ、わたしの勝手な意見だし、口にするつもりもない。

近くの家の建材である木材の一部を複製し、緋々色金の魔法陣を発動させて着火。簡易の松明が完成させつつ、代わりに次の問いを口にした。

 

「それじゃ、何しに来たんですか?」

「…貴女に言う必要はあるかしら?」

「ないですね。ただの興味本位ですし」

 

正直にそう言うと、何故か舌打ちをされてしまった。解せぬ。そのまま黙って答えてくれるのを少し待っていると、小さい声でその答えを呟いた。

 

「…何か食べに来たのよ。悪い?」

「…いえ、何も」

 

お腹が空いたら、何かを食べる。そう昔の話じゃないはずなのに、どうもその頃のわたしを思い出し難い。腹の虫が鳴り、空腹感を最後に感じたのはいつだっただろう?…すぐに思い出せない。気付いたらなくなっていた。それが当然になっていた。意識なんてしていなかった。だから、分からない。

…何か食べに行くつもりならば、これ以上引き留めるのも悪いだろう。

 

「それでは、わたしはこれで」

「そう」

 

そう素っ気なく告げると、わたしに背を向けて歩き出していった。雪が降っているから、この松明もすぐに消えてしまうかもしれない。さっさと顔に火を当てて乾かそう。

チリチリとした熱を頬に感じていると、突然パルスィさんの足が止まり、首だけをわたしに向けてきた。

 

「言いたいこと、思い出したわ。…ようこそ、旧都へ。歓迎するわ」

「…ありがとうございます」

 


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