東方幻影人   作:藍薔薇

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第302話

翌日。部屋で寝ていたわたしは再びさとりさんに叩き起こされ、寝惚けている隙に思い切り詰め寄られた。無理に作ったとしか思えない笑顔が滅茶苦茶近いし、髪の毛が擦れてこそばゆい。

 

「…幻香さん。今の内に言いたいことはありますか?」

「お金という一つの価値を極限まで喪失したらどう反応するか見てみたかった」

 

その第一声から、昨日のことだと推測する。つまり、昨日の賭博場での出来事。

生命的な死とは別に用意された崖。その崖っぷちに追いやられて危機的状況に陥った時、大抵の人の上っ面は呆気なく破れる。容易く本性が暴かれ剥き出しにされ露呈する。それを見てみたかっただけ。結果はあまりいいものではなかったけれども、そんなことはどうでもいい。

無知の幸福より、既知の不幸。未知を探究し、既知を追究する。これが重要なことなのだ。

 

「…はぁ。まったく、収拾がつかなくなったらどうするつもりだったんですか…」

「手元に彼らにとって大いに価値あるものが溢れているんだ。どうにでもなるし、実際どうにかなったと思いたい」

「一万を超える金ですか…」

 

自分が得るはずだった一万二千百六十の金属板の山。わたしは端数の百六十を手持ちに加え、大体半分の六千程度をわたしが始めた喧嘩で賭博するために群がった妖怪達に向けて『またいつか』と言いながら躊躇なくばら撒いた。残りを賭博場の受付の妖怪に返金し、『後はよろしく』とばら撒いた金に群がる妖怪達を指差しながら一言頼み込んでさっさと退散した。金を奪い取ることは手段の一つであって、わたしにとってはそこまで必要なものではないのだから。

その結果どうなったかは知らない。儲けを気前よくばら撒いたと受け取られたかもしれないし、口封じの手数料として受け取られたかもしれないし、買収行為として受け取られたかもしれないし、はたまたそれ以外の何かとして受け取られたかもしれない。けれど、わたしとしてはそんなことはどうでもいいのだ。目的はわたしの存在を見せる、顔合わせなのだから。印象がどうかは知らないけれど、嫌でも忘れられないものになったと思っている。

 

「で、どうです?皆は黙りましたか?」

「むしろ広がってますよ。いい意味でも悪い意味でも」

「ま、黙るはずないか。広がるのもしょうがないよね」

「もう少し穏便に事を運ぶことは出来ないのですか…?」

「無理だよ。わたしそのものが異物なんだから、どう足掻いても穏便に事が進むはずがない」

「だからと言って事を荒立てる必要はないでしょう」

「…そう言われると痛い」

 

何度も顔合わせするのが面倒で、ちょっと事を大きくしてわたしのことを彼らに勝手に広げてもらおうだなんて思っていたなんて知られたら、…いや、そのくらい最初からバレてるよね。

 

「私は何度かに分けて会わせるつもりだったのですが…。そうですか、やっぱり面倒でしたか」

「ええ、面倒です。ま、起こしたことはお金が勝手に落ち着けてくれたでしょうし、あまり気にしないでほしいんですけど…。無理ですか?」

「…まぁ、あの出来事に関する苦情は思ったより少なかったですし、対処の方法としては及第点と言いたいですけど。私はそのような金に物を言わせる方法はあまり好きではありません」

「あの場で真っ先に思い付いたのがそれだったんだ。貴女の好き嫌いを出されても、正直困っちゃうよ」

「…はぁ。まあ、貴女には貴女の目的があったことはよく分かりました」

 

さとりさんは頭を押さえながら、絞り出すようにそう言ってくれた。半ば諦めたようにすら見える。

そんなことを思いながらまだちょっと眠い目を擦りながら眺めていると、ですが、と続けた。

 

「あんな馬鹿勝ちを続けられると、賭博場からしても地底の方々からしても私からしてもあまりいいものではないのは分かりますか?」

「賭博場は単純にお金を持ってかれる。地底の妖怪達は地上の妖怪が勝ち続けるのはあまりいい気分じゃない。…さとりさんは、…うん、分かりませんね」

「嘘を言わないでください。貴女の思った通りですよ」

「保護対象の首綱を握れない愚か者に見られる」

「…言い方に悪意しか感じませんが、その通りです。わざと負けろ、なんて言うつもりはありません。ですが、賭博行為を抑えていただきたいのです」

「別に構いませんよ」

 

禁止じゃないなら大して気にすることじゃない。たまに思い出したときにちょっと遊ぶくらいならいいのだろう。賭け金の吊り上げがどこまでいいのかは知らないけれど。

 

「…あんなふざけた吊り上げは二度としないでくださいね」

「はーい」

 

釘を刺されてしまった。ちょっと残念。

ベッドから這い出つつ寝間着を回収し、目の前にあるさとりさんの防寒着を複製して着替える。…少し小さい気がするけれど、まあ後で別のに変えればいいや。

 

「さて、話はそれだけですか?」

「いえ、他にもありますよ」

「そうですか。聞いていますから、好きなように話していてください」

 

そう言ってから、置いてあったフェムトファイバーを手に取る。そして、先端に注視しながら頭の中で繊維を一本思い浮かべる。

 

「それなら。貴女にはこいしと一緒に弾幕遊戯の広告塔になってほしいんです」

 

弾幕遊戯?…あぁ、スペルカード戦か。名前が安直な気もするけれど、分かりやすいから別に構わないだろう。問題は規則をどう変えたかだ。

思い浮かべた一本の繊維を、無数の繊維に解いていく。その一本一本をさらに無数の繊維に解いていく。それをひたすら繰り返していく。

 

「スペルカードは切札に名称を変更。基本数は三、五、七、十。被弾数も同様。連続被弾防止の有無は同じく三秒。武器、道具は直接攻撃手段としての使用不可。肉弾戦は禁止。…としました。飽くまで弾幕で勝負してほしいからです。殴り合うなら喧嘩でもしてればいいですから。それ以外は基本的にスペルカードルールとほぼ同一と思ってください」

 

…ふぅむ。いくつかわたしが使っていたスペルカードを思い浮かべるけれど、それってわたしにとってはかなり痛い変更だなぁ…。とりあえず大きなものを複製して投げ付けるのは禁止され、相手の複製(にんぎょう)を操作して攻撃するのも禁止され、虚を突いて直接殴り付けるのも禁止されてしまった。防御として複製するのは許されたけれど、緋々色金の魔法陣はどうなるだろう?

何度も何度も繰り返し解いた繊維を、今度は一本ずつ丁寧に束ねていく。束ねた繊維をさらに束ね、最初に思い浮かべた元の一本の繊維に戻す。

 

「…そうですね。複製『巨木の鉄槌』ですか?それは禁止ですね。鏡符『二重存在』もです。模倣『ブレイジングスター』は後方へ推進力として放つ妖力なら問題ありませんが、本来の使用方法の体当たりが禁止です。複製『身代人形』は防御としてなら問題ありませんが、それを蹴飛ばすなどしてぶつけるのは禁止です。複製『緋炎』は魔法陣を投げ付けるなどで直接攻撃せず、発動させて放つ炎なら問題ありません」

 

よく分かりました。わたしが使えるスペルカード、もとい切札が著しく削減されたことはよく分かりましたよ。使えるのは鏡符『幽体離脱』、模倣『マスタースパーク』、複製『緋炎』くらいってことね。…これは新しいものを考えないといけないなぁ。

一本に戻した繊維の集合体の集合体の繰り返し。それをさらに増やしていき、束ねていく。目指すは手元にあるフェムトファイバーの太さ。そうなるまでとにかく繰り返していく。

 

「後日、旧都にてこいしと一緒に魅せ付けて来てほしいのです。こいしには既に了承を得ています。後は貴女次第です」

「…いいですよ。その日が来たら呼んでください」

「分かりました。…今度それを創るときは、出来ることなら私がいないところだと嬉しいです…」

 

さとりさんは最後に掠れ気味の声で言って部屋を去っていった。…それは悪い事をしてしまった。こいしの部屋程度で頭押さえてたもんなぁ。申し訳ない。

何度束ねたかなんて数えたくないほど繰り返した繊維の集合体の集合体の集合体の繰り返し。それを手元にあるフェムトファイバーの先端から伸ばすように創造していく。少しずつ成長させていくと、それだけ妖力を消耗しているのが実感出来る。これが実用性のある長さまでいったら、今度はさとりさんが持ってる金剛石を過剰妖力を満たして複製し、ペンダントの飾りにするつもり。緋々色金には一歩劣るけれど、十分魔力を含む鉱物らしいのだから。

 


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