東方幻影人   作:藍薔薇

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第300話

「あらま、四ゾロ」

「チッ!ほら五十だ!続けるな!?」

 

頬杖をつきながら転がし続けて勝ちと負けを繰り返し、降りも振り直しも一度もせずにいたら、気付けば手持ちは二百八十三。最初が十だったことが嘘のよう。

隣の妖怪を見遣るとかなり上機嫌なご様子。半ば脅すように続けるように言い放つ親は見ずとも口調で不機嫌だと分かる。ま、わたし達の手持ちが明らかに増えてるんだ。そりゃああまりいい気分にはなれないでしょうね。奪われた分は取り返したくなる。これはどちら側でも言えることなんだろうなぁ。

 

「七じ――」

「二百で。いい加減五十じゃつまらない」

「なぁ!?」

 

せこい宣言の上から被せるように賭け金を吊り上げ、台の上に丸い銅板を十枚重ねた塔を二本建てる。隣の妖怪が目を見開いて驚いているが、知ったことか。それに、賭け金は宣言すれば勝手に吊り上がる。もう覆らない。嫌ならその席を立つだけでいいのだから。

そう思ったのだけど、四角い銀板を二枚台の上に置くあたり、止める気はないらしい。見るからに手と瞳が震えているけれど、まあ気にしないでおこう。

ギラギラと挑発するような目でわたしを睨む親が二つの賽子を握る。さて、これでわたしは振るしかなくなった。降りて賭け金の半分を払えば、残りは百八十三。次の賭け金を台に置くことが出来なくなる。構わない。賭けられているのはたかが金属板。そんなものの増減、わたしはどうとも思わない。

 

「ほらよッ!…ッ」

 

が、出目は最弱一歩手前の一と三。隣は嬉々として振るったが、わたしとしては少し微妙な気分だ。これじゃあ駄目なんだよ。けど、振らないなんて論外なので賽子を転がす。出目は五と三。もちろん勝ちだ。丸い銅板を二十枚投げ渡される。

 

「くそッ!おらッ!続けるだろ!?」

「えぇもちろん。三百で」

「はぁ!?まだ吊り上げるのかよぉ!?」

 

無論、こんなんじゃ足りない。この程度じゃあ軽過ぎる。命より軽い金を賭けるんだ。あまりにも軽過ぎてあってもないのと大して変わらない。塵だって積もれば山になるんだ。それなら積み上げるに決まってるでしょう?重みを感じるまで、何処までも。

丸い銅板の塔を三本建て、微笑みながら待つ。隣からも甲高い音が三枚分響き、親が二つの賽子を振るう。出目は三と五。すぐにわたしも躊躇なく賽子を振るうと、出目は五と六。わたしの勝ちだ。うん、賽子って楽しいねぇ。

丸い銅板を三十枚投げ付けられているときに、隣から賽子を転がす音が聞こえてくる。その出目は、なんと三と四。それを見た隣の妖怪は、信じられないとでも言いたいような目で賽子を見下ろしている。冬だというのに汗が二粒ほど零れ、弾かれるように銀板を三枚取り出し投げ付け、すぐさま三だった賽子を握る。…が、なかなかその手を開かない。固く握り締めたまま動かない。

 

「…あの」

「ヒッ!…あぁ!?」

 

いくらなんでも遅いので、話しかけて賽子を振るうように促そうとしたら、声をかけた瞬間に全身を跳ねさせ、その拍子に賽子が零れ落ちてしまう。慌てて掴もうと腕を動かしているけれど、どう見ても見当違いのところに振るっている。そして、賽子の出目は残念ながら変わらず三。彼は負けてしまった。しかも倍払い。

 

「おっ、おまっ、お前っ!」

「…はい?」

 

続けよう、と思ったところで隣の妖怪に肩を掴まれる。いや、そんな親の仇みたいな目で見られても困るんですけど。ふと、あの爺さんが言っていた竹馬の友って誰だったんだろう、なんてどうでもいいことを思い出した。

 

「お前のせいで…!お前のっ!お前のっ!」

「うおっ…。揺らさな、いでく、ださ、いよ、っと」

 

ガタガタと大きく揺らされ、肩を掴んでいた手が徐々に首に近付いていく。それに気付いたとき、わたしはどうしようもないほどに気分がよくなってしまう。この妖怪の本性が、この瞬間曝け出されているのだから。

けれど、流石にこれ以上は色々とまずい。わたしは死ぬつもりは一応ないのだから。わざと席ごと倒れ、掴んだままの腕が伸び切った瞬間に手首を掴み顎を蹴り上げる。そして怯んだ隙に手を引き剥がし、彼の体を振り上げながら倒れ込む。わたしは背中を床にぶつけたが、彼は倒れた先にあった賭博中の場所に背中から叩き付けられる。最後に暴れ出す前に鳩尾に脚を振り下ろし、昏倒させておく。

 

「ふぅ…。騒がせちゃいましたね」

 

動かなくなった妖怪をどかし、四角い銅板二十三枚をその場所で賭博をしていた今にも怒鳴り付けようとしていた妖怪達に投げ付けて席に戻る。お金で黙ってしまうあたり、現金だなぁ…、なんて思いながら。

今度こそ、と思ったら、今度はお燐さんに肩を掴まれた。

 

「もうそのくらいにしときな」

「嫌です」

「やり過ぎだって分かってないのかい?」

「足りないし安過ぎるし軽過ぎる。元来勝負は生きるか死ぬか。全てを得るか、全てを失うかだ。せっかく地獄にいるんだ。一度地獄を見てからでも遅くない」

 

死んでもわたしは無理矢理生き延びた。全てを切り捨ててわたしはここにいる。それだというのにわたしは死んじゃいないし、ましてや何も失っていない。そんなんじゃあ終われない。

 

「あーもうっ!あたい止めたからね!?」

 

掴んでいた手を離してもらい、わたしは親の妖怪改めて嗤いかけ、台の上に手持ちの全てを置く。

 

「七百六十。続けましょう?」

「…ああ、いいぜ…!ほらよッ!」

 

そう言て賽子を振るい、その出目はなんと四ゾロ。

 

「逃げるのか地上のォ!まさか逃げるな――」

「うるさいなぁ」

 

安い挑発を聞き流し、普通に転がす。出目は二ゾロ。三十六分の四を引き当てた。そう思っていたら、親の妖怪が何故かわたしが使っていた賽子全てを掻っ攫われてしまった。そして、皿のように見開き血走った目で賽子を凝視し始める。

 

「くそッ!」

 

待つこと数十秒。悪態と七百六十を賽子と共に投げ付けられた。悪いけれど、その賽子は普通のなんだ。創ったんだからそのくらい分かる。

 

「千五百二十」

「はぁ…、はぁ…、ほらよォッ!」

 

呼吸が荒くし、気合の入った掛け声と共に放った賽子の出目は二と六。そして、わたしは三と五。あら、また勝った。

運がいいなぁ、なんて思っていたら、また賽子を奪い取って穴でも開けるんじゃないか、そのまま目に突っ込んでしまうんじゃないか、ってくらい凝視する。だから何もないんだって。

 

「…そんなに疑うなら、貴方が用意してくださいよ。面倒臭い」

「くそッ!ああ分かったよ!これでも使ってろッ!」

 

そう言い放って投げ付けてきた新しい賽子を受け止める。…ん?ま、いっか。

 

「三千四十」

 

さらに増えた金属板をそのまま台の上に乗せる。あぁ、楽しみだなぁ…。彼の本性が露呈する瞬間が待ち遠しい。

 

「はッ、ははッ!ほらよッ!」

 

急に笑い出しながら振るった賽子の出目は一と五。さっきより弱いが、それでもやけに余裕そうである。ま、どうでもいいけどね。少し感じの違う賽子を転がすと、その出目は五と六。わたしが勝ったというのに、さっきまでとはまるで別人のように気前よく金属板を投げ渡してくれる。…吹っ切れたとは違うんだろうけど。

 

「六千八十」

「ははッ!はははッ!はは…げほッ!…はぁ、はぁ、はぁ…。…ほら、よッ!」

 

笑い過ぎて咳き込んだ状態で振るわれた賽子は、カチリとピンゾロで止まった。

 

「てめぇにゃ勝てねぇんだよ!おらッ!吐き出せッ!その金全部ッ!吐けッ!吐け…ッ!」

「…ふぅん」

 

賽子を振るう前に改めて親の賽子を眺め、少し汗をかいていそうな手を軽く払う。…うん、そっかそっか。

 

「勝てないなんて勝手に決めるなよ」

「はァ!?ピンゾロだぞピンゾロ!万に一つもあり得ねぇんだよ…ッ!」

「三十六分の一だ。そこまで低くないって」

 

身を乗り出して気持ち悪い表情を浮かべている親の目の前で賽子を握った手を振るう、転がっていく賽子はその動きをゆっくりと落としていき、カタリと止まる。その出目は赤い点が二つ。ピンゾロだ。

信じられないような、有り得ないものを見るような目で二つの賽子を回し見る親の姿が滑稽で仕方ない。貴方が先に出したんだ。わたしだって出すよ。

 

「さ、払えよ」

 

わなわなと震える親の耳元に、わたしは囁く。

 

「…は………は……は…」

 

声と吐息の間みたいな音を出し、その場から動かない親を見続ける。何と言うか、雰囲気がドロリとし始めて気味が悪い。

嫌な予感がする、と身構えていたら、親の妖怪は震える手で金属板を握り締めた。そして、案の定そのままわたしの顔に熱い拳で殴り掛かってきた。咄嗟に鼻が潰れることは避けて頬で受け止めつつ、吹き飛ぶほうへ倒れて衝撃を少しでも逃がす。

 

「…酷いなぁ…。ペッ。吐け吐け言ってたのは貴方だろう?勝ったんだから払えよ」

 

勢いよく吹き飛ばされ、他の博打をしていたようだけどわたしの結果に注目していたらしい人達を巻き込んでしまう。頬の内側が切れてしまい、真っ赤に染まった唾を吐き出しながら親だった妖怪を見遣る。

 

「払えるか…ッ!払って堪るかッ!どうせイカサマだッ!」

「アハッ、貴方が用意した賽子だよ?もしそうなら貴方はとんだ間抜けですね」

 

まあ、普通に細工されてたけども。ほんの僅かに潰れた賽子で、片方は一と六が、もう片方が二と五が出やすくなっていた。いわゆる、グラ賽ってやつだね。けど、飽くまで出やすくなっているだけだ。どうとでもなる。

それよりも、彼の奥底に潜んでいた本性が垣間見えたことがわたしは嬉しい。これだから賭博は魔性の魅力を感じるんだ。死の代わりに用意された崖がある。…まぁ、あんな金属板に価値を感じているならだけども。

 

「…さて、と。お燐さん」

「え、あ、な、何だいこんな状況で!?」

「イカサマバレたらブッ飛ばされる、でしたよね?」

「まさかイカサマしたのかい!?」

「アハハッ!それはねぇ…」

 

床を蹴って親だった妖怪へ一気に跳び込む。『紅』発動。頬の傷が治り、全身に力が行き渡るのを感じる。

 

「ガッ!?」

 

そして、その愉快な横っ面を思い切り殴り返した。『目』を潰さないように注意して破壊せずに壁まで吹き飛ばし、続けざまに跳びかかって腹を蹴飛ばして壁をブチ破り店の外に叩き出す。

 

「こっちの台詞だよ」

 


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