「どうしてわざわざあんなとこ選ぶかなぁ…」
「勝負事ってのはね、その人の本性が自然と露呈するものなんだよ。よくも悪くも、ね」
「だからだよ…。あたいは止めたからね?」
「そうですね。…あ、お金ちょっと貸してくれませんか?十もあればいいですから」
「あー、はいはい。返す当てはあるのかい?」
「アハッ。足りない分は一につき指を一本差し出しましょう」
「いらない」
呆れた顔のお燐さんから十枚の四角い銅板を受け取り、その一枚の触感と重量を軽く覚える。爪で弾いた音、銅板同士をぶつけた音も忘れずに。…うん、いい音するね。
「あ、そうだ。イカサマってあるんですか?」
「…あるよ。バレたら大抵ブッ飛ばされて別の賭博が始まるけど」
「ふぅーん…。アハァ…、それは楽しみだねぇ…」
奇策を練り道を外し掟を破り禁忌に触れるわたしからすれば、それは心躍るお話だ。…まぁ、お金なんてなくても問題ないし、お燐さんに借りた分はすぐ返すつもりだ。だから、そこまでやるつもりはない。やらないとは言わないけども。
「ほら、あそこだよ」
「へぇ、意外と近いですね…」
「他にも色々な場所に建ってるよ。ここが一番近かっただけ」
周囲と比べれば明らかに大きくて立派な屋敷の中からは、歓喜と落胆が入り混じった声が壁越しに聞こえてくる。うん、活気があるねぇ。これはとても楽しくなりそうだ。
扉を引いて中へお邪魔させてもらうと、声はより一層大きく響き渡る。受付をしていた髪の長い妖怪があからさまに狼狽えた様子だったけれど、まあ気にしないことにする。
「おぉー…。やってるねぇ…」
「色々あるけど、どれにするんだい?」
「手軽に出来るのがいいな」
「なら一番手前のでいいんじゃない?基本的に、奥に行けば行くほど賭け金も大きくなりがちだから」
そういうものなんだ。手前でやっているものはいくつかあったけれど、一回の賭博が早く終わりそうなもののところへ歩み寄る。少し待つと一人抜けてくれたので、すかさず空いた座布団に正座した。
「…てめぇ、地上のか?」
「えぇ、そうですよ。ここはどんな賭けを?」
小さな布の袋を持った三つ目の妖怪にギョロリと睨まれたが、気にせず笑ってやる。彼から見たわたしはどうなっているのだろう?わたしの目は二つだけど、彼から見れば三つなのかなぁ?角や翼も見えるらしいし、目が増えてもおかしくはないか。
横に座っている二人の妖怪は、何とも微妙な顔を浮かべている。どうやら居心地が悪いようだ。
「簡単だ。親である俺から見て右から順に一を好きなだけ入れる。そしたら左から順に袋の中身を言う。最後に俺も言って、一番近い奴が中身を総取りだ」
「二十あって、十九と二十一がいたら?」
「山分けだな。割れないのは俺にくる」
「はい、分かりました。それじゃ、やりましょうか」
ちなみにわたしは彼から見て一番左だ。つまり、最後に入れることになる。
この賭け、やろうと思えば空間把握で中身なんて百発百中だ。けれど、流石にそれは賭博としてどうかと思うので自重する。
さて始めようか、と思って手持ちを握っていると、後ろで待ってくれているお燐さんがわたしの肩をチョンチョンと突いてきた。
「何ですか?」
「この賭け、基本は五枚から十枚だからね?暗黙の了解ってやつさ」
「ふぅん。暗黙の了解、ねぇ…」
「それと、勝てるのかい?」
「さぁ?負けても失うのは指だけだ。安い安い」
「だからいらないって」
そんなことを話していたら、一人目が袋に入れる音が聞こえてきた。…んー、多分六枚。続いて二人目が袋に入れていく。…これは十枚かなぁ。最後のわたしは無難に五枚入れる。
「さ、まずは地上の。てめぇからだ」
「二十一」
「二十三」
「十九」
「二十。それじゃ中身は、っと」
袋を引っ繰り返し、ジャラジャラと四角い銅板が小さな山を作る。それを崩して枚数を数えると、二十二枚。…うん、大体当たったね。
半分の十一枚を受け取り、すぐに後ろにいるお燐さんに十枚返しておく。これで手持ちは六、と。
「素人の最初は当たるからな。次はどうかな?」
「やってみないと分からない。さ、続けましょう?」
七と五。銅板がぶつかり合う音を聞き分け、枚数を推測する。わたしは手持ちの全てを入れる。そして十八と宣言し、それぞれが二十、二十二、親が十九。中身は十八。全てを受け取る。
そのまま繰り返していき、勝って勝って負けて勝って勝って勝ったところで席を立った。隣の二人には露骨に安堵の息を吐かれ、目の前の親にはやけに睨まれたけれど、わたしの手持ちは五十三枚に増えた。
「この三十枚、十を三枚に出来ます?」
「…まだ続けるのかい?」
「当たり前でしょう?別にお金が欲しくてやってるわけじゃないんだから」
目的はわたしの存在を見せること。顔合わせするっていうのにこれっぽっちじゃあ物足りないでしょう?
四角い銅板三十枚を丸い銅板三枚に交換しながら少し奥に進むと、妖怪達が二つの賽子を転がしているのが目に付いた。その出目に一喜一憂しているようである。ちょっと気になったので、お燐さんに訊ねることにした。
「あれ、何です?」
「あれかい?賽子の出目で勝敗を決めるんだよ。最初に誰かが賭け金を宣言して、他の参加者が合意して金を台に置いたら親が賽子を振る」
「合意しないなら?」
「席を立つよ。で、その出目を見て勝てそうなら自分も振る。無理そうなら賭け金の半分を払って降りる。出目が勝てば賭け金と同額を親から受け取る。負ければ賭け金を全部親に払う」
「ふむ…。出目の勝敗は?」
「基本は数字の合計が大きいと勝ち。ゾロ目なら数字関係なく勝ち。ゾロ目同士なら数字が小さいほうが勝ち。つまりピンゾロが最強。ちなみに、合計が同じだったり、ゾロ目が同じだったらこっちが勝ち」
「ピンゾロ?」
「一のゾロ目。で、負けているときに台に置いた賭け金と同額を親に払うと一度だけ片方だけ振り直すことが出来る。それで勝てば最初の賭け金と同額を親から受け取る。つまり零だね。負ければ当然全部親に払う。つまり倍払いだね」
「零かさらなる損失か、ね。アハッ、面白そうじゃん」
「これが一連の流れ。最初に戻るんだけど、賭け金の宣言は同額か吊り上げないといけない。全員が席を立たないと、賭け金がどんどん高くなってくるわけ。席が空けばさっきみたいに座ってもいいけれど、高くなった状態から飛び込むのはおすすめしないね」
お燐さんがそう締め括ったところで、その賭博の賭け金の宣言が行われた。三十、と。それと共に、真ん中の席に座っていた妖怪が席を立った。
「あ!ちょ、ちょっと!」
すかさず空いた席に腰を下ろし、目の前に置かれている台に丸い銅板を三枚叩き付ける。両側の妖怪は驚いたようで目を見開き、目の前の親は獰猛な笑みを浮かべる。
「おいおい地上の。素寒貧になっても知らねぇぞ?」
「構いませんよ。どうせお金なんてなくても生きていける」
「ハッ、そりゃそうだ。さとり様のお膝元だもんなぁ」
「関係ないね。せっかく遊びに来たんだ。御託はいいから始めましょう?」
「賽子はあるのか?ん?」
そう言われ、使用する賽子がまさかの持参であることに驚く。これは細工し放題じゃないか。…じゃなくて、確かに手持ちに賽子はない。
袖口に手を突っ込み、ゴソゴソと漁る振りをしながら空間把握。この賭博場に大量に転がっている賽子の形を把握。目の前にある親の賽子の色を捉えつつ、形に合わせて着色しつつ創り出す。とりあえず、予備も含めて六つもあればいいだろう。
「ありますよ。…さ、始めましょうか」
「なら始めよう。ほらよ」
親の出目は五と四。普通なら降りるんだろうなぁ、と思ったのだが、両側の妖怪は平然と自分の賽子を振るっている。右側は負けたようだが、左側は勝ったらしい。
んー、なら振ろうかなぁ…。六つの賽子から二つ選び、転がす。出目は、六と三。わたしの勝ちだ。親から三十受け取る。
「五十だ!」
「…降りる」
「続けますよ」
勝って勢い付いたらしい左側の妖怪が五十へ賭け金を吊り上げ、右側の妖怪はすごすごと席を立ってしまった。空いた席に目を遣るけれど、誰も座らないらしい。
「そうかい。ほらよ」
親が誰も飛び入りしないことを確認してから賽子を振るう。出目は三と三。これは強い。左側の妖怪も、勢いを削がれたのか二十五払っている。わたしも降りるべきなんだろう。
けど、ここで降りるとつまらない。もちろん、降りたほうがいいことくらい分かってる。確率的にもこの一投での勝率は三十六分の三。一割以下だ。分かってるよ。けどさ、分の悪い賭けほど身を投じたくなるのは何故だろう?
だからわたしは賽子を二つ選んで投げた。出目は…、二と二。わたしの勝ちだ。
「…勝ちやがった」
「さ、五十くださいな」
「チッ、悪運の強い奴だな…」
ヤバい。なんか楽しくなってきた。旧都の民が賭博を娯楽にするのがよく分かったかもしれない。これは浸透するよ。たまにならこうして遊ぶのも悪くない。そう思わせる魔性の魅力がある。
さて、次はいくらになるのかな?