最近、秘術の引っ掛かりすらも掴めずに少しばかり焦っている自分がいることを自覚していた。だから、その焦りを少しでも晴らすために庭に出た。息抜きをして気分を切り替えてみようと思ったから。
刀、短刀、槍、薙刀、鎌、鎚、戦斧。構造までは決めずに簡易的に創った形だけの薄紫色の武器達を地面に突き刺しておく。
「さぁて、やりますか」
空間把握で後ろに並んでいる武器の形を把握、その中から抜身の刀を選んで右手に複製する。手に持って改めて思うけれど、刀身が金属じゃない分軽い。他の武器も同様なのだろうが、実際に使うときに重量差でズレを感じないことを願おう。
真一文字に斬り払い、柄頭を手の平に添えて真っ直ぐと打ち出す。過剰妖力を噴出したいところだけど、今回は妖力がもったいないから止めておく。すぐさま左手に短刀を複製し、突き刺してから手首をグルリと捻ってから左下へ斬り下ろす。斬り下ろしと共に腰を左へ捻り、右手に槍を複製。左手の短刀を回収してから槍を両手で持ち、捻りを解放しながらの刺突。引き戻してから再び同じ場所を突き、さらに引き戻して今度は少し上方へ突く。体を横に回転させながら薙ぎ払い、軽く跳び上がりながら振り下ろす。
「んー…、やっぱり武器って使いづらいなぁ…」
振り下ろしが失敗し、柄の真ん中あたりで圧し折れてしまった槍を回収しながら独りごちるが、気を取り直して薙刀を複製する。一歩踏み込みながら振り下ろし、持ち手を短くしながらそのまま半回転させて石突でも振り下ろす。緩く持ちながら振り回し、手の中で柄を滑らせていく。端ギリギリで握り締めて滑りを止め、横に二回転してから跳び上がって縦回転。…あ、また折れた。
薙刀を回収し、鎌を複製する。斜めに振り下ろし、体ごと回転させて再び斬り下ろす。鎌の峰を前に突き出し、柄の端を持ったまま大きく振り回す。持ち手を戻してから横を振るい、前方で止める。そして、わたしと鎌の間に敵がいると想定して前方に蹴りをかましながら鎌を引き戻す。
鎌を回収して鎚を複製する。肩に担いで思い切り振り下ろし、振り下ろした面を軸に柄を使って体を浮かせ、跳び上がりながら空中で鎚を一回転させて振り下ろす。地に足を着けてから横殴り、からの振り下ろし。そして全力で斜めに振り上げる。最後に両脚を軸に回転を繰り返し、そのまま投げ飛ばす。
戦斧を複製し、斜めに斬り下ろしてから円を描くように上方へ戻し、今度は逆斜めに振り下ろす。そのまま横向きにした八の字を描くように振り回し、徐々に勢い付いてきた腕の速度を保ちながら思い切り振り下ろす。…あぁ、これは腕が疲れる…。
「…何やってるんだい?」
「武器の取り扱いですよ、お燐さん」
戦斧を回収しながら、後ろに突き刺していた刀を引き抜いたお燐さんに答える。
「これはまた物騒だね」
「はは、否定はしませんよ」
「…これで、何をするつもりだい?」
「特には。創れるから使えないと、ってくらいですよ」
せっかく創れるのだから、使えないと意味がないと思ったのだ。妖夢さんを見れば、ちゃんと扱えれば強いことはよく分かる。…まあ、あそこまで卓越した技術を得ようとまでは思っていない。ああなるまでどのくらい時間が掛かるか分かったものではないし、どうせわたしはこの手の武器を創っても次々と使い捨てていくだろうから。…まあ、思ったはいいけれど、思った以上に使いづらい。
危なっかしく刀を振り回すお燐さんを見ながら、僅かに疲労した腕を伸ばす。
「けどまあ、今のわたしではこれが最適手なんでしょうね…」
そう言いながら自分の周りに武器を複製し、過剰妖力を放出して次々と射出していく。地面に何十本と武器が突き刺さったところで射出を止めた。…この技はあまりいい思い出はないけれども。
「…おっかないねぇ、本当に」
「そうですか?わたしとしては、怨霊を従える貴女や盃片手でも十二分に強い勇儀さんのほうがおっかない。あまり敵に回したくないね」
「…例えば、さ」
突然声色を変えたお燐さんがわたしを鋭く見つめてきた。その手に持つ刀までこちらに向けて非常に危なっかしい。
「あたいと勇儀が敵に回ったら、どうするんだい?」
「…どうしましょう?」
お燐さんはさとりさんのペットだし、勇儀さんは旧都に必要な存在だからなぁ。両方ともあまり傷付けたくないんだよね。…けども、そうすることでわたしが死んでしまうのなら。
「とりあえず、お燐さんを使って脅迫、かな。従えば上々、無理ならすぐさま捨てて逃走」
「…容赦ないね」
「そんな余裕が出来るような相手ならいいんですがねぇ」
「それと、あたいをそんな簡単に捕まえられると思ってるのかい?」
「ええ。捕縛だけなら簡単ですから」
そう言いながら、目の前の刀も気にせず前進する。突然のことに目を見開いて怯むお燐さんの目には、もしかしたらそのまま刀が突き刺さって血飛沫を上げるわたしを幻視しているのかもしれない。けれど、実際は触れたところから回収しているため、傷一つ付いていない。
次の動きを起こす前に半分ほど削り取った刀身を握って回収し、彼女の髪の毛を大量に複製して両腕を雁字搦めにする。そして、一緒になっている両腕を引いてこちらへ迫る彼女の首元に手刀を優しく押し当てる。本来ならそのままブチ込んで意識を飛ばすつもりなのだけれど、今は敵じゃない。なら、そんなことをする必要もない。
すぐさま髪の毛を回収し、首元に押し当てられた手刀を見下ろしているお燐さんを手放す。すると、そのまま崩れ落ちてしまった。意識はあるようだけれど、どうやら腰が抜けてしまったらしい。
「…と、まあこんな感じ?」
「ひ、え、あ…」
「他にも手段は色々ありますが、今回はこんな手段にしてみました」
そこら中にある武器を振り回して気絶させてもいいし、急接近して顎を打ち上げてもいい。他にもいくつかあるけれど、今回は髪の毛を使って縛れるか試したくてやってみた。結果は上手くいったけれど、あのままだと落ち着いていれば数秒で解けそうだし、髪の毛が長くないと使えない。まだ使えるほどじゃないなぁ、これは。
焦りの憂さ晴らしに利用してしまったことを心の中で謝罪しつつ、何十本もある武器達を回収しながらお燐さんの復帰を待つ。これで話が終わりなら帰ってしまうだろうし、終わらないならここに残るか声くらい掛けてくれるだろう。
最後に複製元として並べて突き刺した武器達を回収すると、ここに残っていたお燐さんがわたしに続きを話し始めた。
「じ、じゃあ、例えばの話だけどさ。…星熊盃を奪って来い、て言われたら、どうするんだい?」
「星熊盃?…それ、勇儀さんのあの真っ赤な盃ですか?」
「そうさ。…で、どうなんだい?」
「今日の貴女はやけに質問が多いですね」
「いいでしょう、別に」
「ま、いっか。どう、って言われてもなぁ…」
そもそもどうして奪わないといけないのかが分からない。けれど、そんな理由は例え話に持ち込んだら駄目か。つまり、強大な相手が所有するものを奪えるのか、と訊いているのだろう。それは勇儀さんでなくても別に構わなかったと思う。
頭の中で今のわたしに出来そうなことを並べては切り捨てていく。これでは駄目だ。手段が山のように溢れ、すぐさま削られていく。それでは駄目だ。可能性を揃えていき、可か不可かを判断していく。あれでは駄目だ。
「実際に出来るかは分からないと前置きしますが、いいですか?」
「構わないよ」
「なら遠慮なく。酒に一夜茸を仕込んで寝かせて奪い取る」
「…何だい、その一夜茸ってのは?」
「あら、あんなに美味しい茸なのに知らないんですか?もしかして、地底にはなかったりします?」
「そんなものが生えているって話は聞いたことがないね」
「あー…、それだとこれは破綻するか」
萃香が眠ってしまうくらいだ。勇儀さんだって眠るだろうと思ったんだけど、どうやら地底にはないらしい。
それなら別の手段を、と思ったところでお燐さんが口を挟んできた。
「つまり、出来ると思ってるんだね?」
「え?これって例え話でしょう?」
「出来ないとは思わないんだね?」
「だから例え話って――」
「無理だ、って思わないんだね?」
「無理だとは思いませんよ。どうして奪わないといけないのかサッパリですが、それが必要だと言うならわたしはやりますよ」
そう言い切ると、何故かお燐さんは盛大なため息を吐いた。
「…やっぱり違うなぁ。これがさとり様の言うあたいと貴女の違い、か」
…もしかしてさとりさん、お燐さんにそんなことを訊いたのかな?
けれど、一つ言っておきたいことがある。これはとても大切なことだ。
「ま、やらずに諦めることだって多々あるわたしが言っても説得力ありませんがね」
「…そこでそんなこと普通言うかい?」
正直にそう言うと、呆れた口調で言われた。だけど、これが事実だからしょうがない。数多の手段を行わずに切り捨てているわたしだ。切り捨てた手段は最初から出来ないと諦めているようなもの。
けれど、そんな出来損ないの上に成功が置けるなら、わたしは存分に切り捨てていくだろう。成功のために必要なことがあればとことん利用し、不要となればすぐさま切り捨てるだろう。
わたしは、そんな奴だ。