東方幻影人   作:藍薔薇

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第267話

原子量56、電子数26のわたしがスッポリ収まりそうなほど大きな鉄柱がわたしの目の前に置かれている。まあ、的として創ったものなんだけど、こうしてドンと存在しているだけで少し威圧されているような気分になる。

しかし、一切の不純物が存在しない鉄は、強く叩けば凹んでしまうくらい柔らかい。だから、極微量の原子量12、電子数6の炭素を混合させた。こうすることで、わたし達が知る鉄の硬さを得ることが出来ているはずだ。これを創造するために、頭の中で二百個の鉄原子と一個の炭素原子を保持する羽目になったけど、鉄原子を一度思い浮かべてしまえば、あとは同じものをドンドン増やしていくだけで済むからまだマシだ。

 

「はぁッ!」

 

そんな鉄柱に掌底を放つ。ガァン、といい音が響かせ、それと共に右手の平から肩まで痛みが走る。対する鉄柱のほうは、直置きだから少し揺らいだ程度で、傷なんて付いた気配がしない。…うん、まあそりゃそうだよね。簡単に砕けたら訓練にならないよ。

 

「せいっ!」

 

めげずに回し蹴りを叩き込み、グワァン、とさらにいい音を響かせるが、それに応えるように返ってきた痛みに思わず足甲を押さえる。これ、もしかして骨に罅とか入ってないよね…?

 

「うぅ…。別のものからにしたほうがよかったかなぁ…?」

 

ゆっくりと倒れていく鉄柱を横目に、自分の思い付きを反省する。これを創造する際の面倒くさい工程が頭を過ぎるが、気にせず回収。鉄柱の重さで凹んだ地面を眺め、土を掘り起こしてから上に板を落とすことで対処する。

 

「攻撃しても痛くない、って難しいんだよなぁ…。高分子化合物になると、正しい結合まで考えないといけないし…」

 

少し間違えたら全く違うものになっていました、が普通な世界だ。それに、衝撃を吸収するような素材はこれまた面倒な結合をしているんだよねぇ。目的のものを創るためにどれだけ時間が掛かることやら。そもそも、そんな結合状況を頭の中に保持し続けられるかどうか怪しいところだ。二酸化ケイ素や氷みたいに単純な構造でいいものなんてないかなぁ…。

 

「なぁにしてるの?」

「え?…ああ、体術の訓練ですよ。こいしは何をしに来たんですか?」

「わたしは旧都に遊びに行くの。幻香も一緒に来る?」

 

振り向くと共に記憶の穴埋めを感じながら、こいしの行き先のことを考える。さとりさんは旧都へはまだ行かないことを推奨していたけれど、どうしようか。行くなら飽くまで自己責任。けど、わたし一人なら何をされるか分かったものじゃなくても、一応お触れも多少は広がり始めているだろうし、こいしも一緒に来てくれる。それなら大丈夫、かな?

 

「そうですね。ぜひ、お願いします」

「よーし、それじゃあしゅっぱーつ!」

 

右手を掲げてブンブン振り回しながらわたしの前を歩いていくこいしは、とても楽しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 

一緒に歩くこと十数分。周りを少し警戒しつつ進んでいくが、幸いわたしにジロジロと視線を向けてくるだけで、今のところ特別何かしてくる者は誰もいない。

そんなわたしをこいしは後ろ歩きをしながら見詰めている。後方不注意のまま進んでいるけれど、幸いこけたり誰かとぶつかったりもしていない。

 

「それで、何処に行くんですか?」

「ふぅふっふ…。よくぞ訊いてくれたね幻香君」

「何ですかその芝居口調…」

「お姉ちゃんが執筆した推理物の探偵がよく言う台詞だよ。事件を最後まで眺めてから犯人を追い詰めるのが大好きなの」

「どんな冗句ですかそれ…」

 

心を読めるさとりさんが理詰めで犯人を追い詰める探偵の物語を執筆、って。もし本人がその物語に出てくれば、犯人なんてものの数行で終了だ。

 

「それで、行く場所だけど。…目に付いたところに行くだけだよ」

「目に付く、ねぇ…」

 

あ、一つ目の大男が建物の壁をブチ抜きながら吹き飛んだ。彼をブッ飛ばしたであろう鶏をそのまま人型にしたような風貌の大男が、ブチ破った壁から指をバキボキと鳴らしながらのっそりと出てくる。それに気付いた周りの者達が二人を囲み、何故か大はしゃぎ。

 

「…何ですか、あれ」

「あー、よくあることだよ。喧嘩と博打。どっちが勝つか賭けてるの。ほら、あの小さいのが賭けた対象と金額を集めてるでしょ?」

「あら、本当だ」

 

わたしの膝ほどしかない小さな妖怪が、囲んでいる妖怪達から色々言われながら何かを受け取っている。どうやら金属の板のようだけど、あれが旧都のお金なのかな?

 

「せっかくだし、わたしも賭けてこよーっと!おーい!一つ――むぐ」

「待って」

 

色々言いたいことはあるけれど、ひとまずこいしの口を塞ぐ。そのまま続いただろう言葉を遮ったのですぐに手を放し、その肩に両手を置く。

 

「いきなり何?」

「賭けるならそっちじゃないほうがいいですよ」

「えー、どうして?」

「そっちのほうが弱いから」

「そうなの?それじゃあ、鶏男に百!」

 

こいしが改めてそう言うと、そそくさと小柄の妖怪がこちらに走って来た。そして、こいしが巾着袋から銀色の四角い板を一枚取り出すと、目を見開きながらこいしと銀色の板を交互に見てから震える手で受け取った。去り際にわたしを一目見て再びギョッと目を見開いたけれど、それ以上何かしてくることはなく、そのまま人垣へと戻っていった。

 

「さて、どっちが勝つか見てから別の場所へ行きましょうか」

「そうだね。何処で見る?」

「屋根の上」

 

こいしの手を掴み、一気に跳び上がる。うん、ここからならよく見える。そのまま腰を下ろしながら、鶏男が固く握り締めた両拳を左右の頬へ交互に殴り続けている戦況を眺める。あー…、あれはもう駄目かな。今からあの攻撃を抜け出せたとしても、あれだけ殴られたら本来の力なんて出せっこない。

 

「うわ、本当にやられてるよ一つ目」

「でしょうね。そもそも、吹き飛ばされている時点で負けそうなのに、ほぼ同じ大きさでも体つきがまるで違いましたからねぇ」

 

そんなことは見ている妖怪だって分かっているだろうし、勝っても大した儲けにはならないだろうなぁ。ま、一割増しにでもなればいいほうだと考えておこう。

 

「あんな勝敗の見えた勝負なんか放っておきましょう。それより、旧都のお金について少し訊いておきたいです」

「いいよ。さっき渡したこれが百。で、これが十で、これが一」

「単位はありますか?」

「ないよ」

 

銀色の四角い板が百、銅色の丸い板が十、銅色の四角い板が一か。丸い板に四角い板が綺麗に収まる程度の大きさ。…けど、これって一の銅板数枚を溶かして丸く固めたら価値が跳ね上がるのでは、という不安が過ぎる。

 

「今日は持って来てないけど、銀色の丸いのが千で、金色の四角いのが万だよ。けど、万が使われることは滅多にないかなぁ」

「どうしてです?」

「万もあれば数ヶ月生活に困らないもん」

「えぇ…」

 

それじゃあ、百って相当の価値になるんじゃ…。確認のために訊いてみる。

 

「百あれば、どんなものが買えますか?」

「んー、お店に寄るけどお団子百本は余裕で食べれるかな」

「…それって相当な金額なんじゃないです?」

「そうかも」

 

そう言って微笑むこいしは、どう考えてもお金に困っていなさそうである。…まあ、あんな建物に住んでいて極貧なんて考えられないよね。

 

「それに、このお金が使われないことだってよくあるし。物々交換でお互い納得すればそれでもいいから」

「ふぅん。…お、顎に綺麗に決まった。これはもう終了かな」

 

受け身も取れずに地面に背中から倒れた一つ目は、白目をむいてビクビクと痙攣したまま起き上がる気配もない。そんな一つ目に鶏男は背を向けてブチ破った壁を潜って戻っていく。湧き上がる歓声と、僅かな野次。どうやら勝敗は決したらしい。

小さな妖怪が人垣を駆け回りながらお金を配っていく。最後のほうでわたし達のところへ来た小さな妖怪が、こいしの賭け金である銀色の四角い板一枚と、意外にも銅色の丸い板二枚と四角い板八枚を渡して何処かへ行ってしまった。

 

「二十八増えた!やったね幻香!」

「…二割八分も増えた。明らかに負けそうなほうに賭ける人って意外といるんだなぁ…」

 

もし勝てれば大金を得られるだろうけれど、それってどうなんだろう?大番狂わせはそうそう起こらないでしょうに。

 

「こういう喧嘩、どのくらいの頻度であるんですか?」

「多ければ三連続とかあるし、ないときは全然ないからよく分かんない」

「そういうものですか」

「そういうものだよ」

 

そもそも喧嘩に発展しないことだってあるだろうし、そんな頻繁にあるわけでもないか。

さて、もうここにいる必要はないかな。こいしの手を掴んで一緒に立ち上がり、屋根から跳び下りる。

 

「さて、次は何処に行きましょう?」

「お団子の話ししたからお団子食べたくなっちゃった」

「いいですね、団子。わたしも食べてみたいですし、早速行きましょうよ」

「よーし、それならわたしがよく行くお店に行こうかな!」

 

そう言ってすぐさま駆け出すこいしに慌てて付いて行く。相変わらず視線は鬱陶しかったが、それでもこいしと一緒に回る旧都はとても楽しかった。

 


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