東方幻影人   作:藍薔薇

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第250話

『アンタが私を創ったのね、幻香』

 

はい?…いや、ちょっと待て。ドッペルゲンガーの能力とは違う手段で創ってみたのはいいが、何でそんなことを第一声で言うことが出来る?

しかし、そんな困惑を今は投げ捨てる。重要なのは、夢想天生。何だよ、あれ。

 

「…ま、この程度じゃ駄目か。…はぁ」

 

思わずため息を吐いてしまう。わたしだって、ある程度は強くなったと思っていたけどなぁ。そんなふざけたものがあるとなると、わたしは何処まで進む必要があるだろう?風見幽香に殴られたら普通に攻撃喰らったらしいけれど、そこから何か見出さない限り簡単には勝てないな、こりゃ。

 

『私を使えば五分まで持ち込めると思うけど?…ま、アンタは使わないでしょうね』

 

よく分かってらっしゃる。まるで、わたしのことを何でも知っているようじゃないか。

 

『そうね。知識として、不思議と持っているわ』

 

目の前の霊夢さんに止まるつもりはないか、と問われ、止まるつもりはないと返しておく。ここで殺せと言ったのは、彼女はわたしを殺すつもりがないことを知っているから。

その場しのぎな攻撃と防御をしつつ、わたしの中に創った彼女と対話を続ける。

 

『私に対してそんなことを言っちゃって。…こりゃきついわ。けど、ちょうどいいかしら。こうして外側から見ていると、いかに自分が甘いかよく分かるわね。今もきっと迷ってるでしょ』

 

そうですね。霊夢さんがどれほど甘いかは、わたしもさっきよく分かりましたから。いやぁ、勝手に同情してくれるのはとても慈悲深いけれど、それで自分の能力を抑え込んでしまうっていうのは、本当に致命的だ。

 

『治したくても治せないのよ。…そういう性格だから』

 

けど、貴女は少し変わっていますね。…わたしが彼女の情報、もとい記憶をそのまま複製して創った存在なのに。

空間把握で護符の内側に潜り込んだときに思ったのだ。あ、これは複製出来そうだ、と。そして、それが物から人に移ればどうなるか。…答えは、記憶把握。しかしまぁ、実際やってみればその圧倒的情報量は億を超えるような文章と絵を一度に見せつけられるようなもの。覚えようと思わなければそのまま流れ出てしまう感じだけど、複製するだけなら読み取った瞬間に創ればそれで済む。

特に、阿求さんの記憶はとんでもなかった。彼女の記憶からは、『禍』のこととドッペルゲンガーのことだけでも、と思って拉致してもらったのだけど、転生に必要な秘術だの、わたしが知らないような妖怪類のことだの、日々の会話の全てだの、その他にもとにかく大量に敷き詰められていたのだから。そこから欲しい情報を探すのは本当にもう辛かった。

 

『それは、多分アンタを通したからでしょ。アンタの記憶があって、気質も多少移ってる』

 

つまり、わたしに似た性格である、とでも?…答えは簡潔で、その通りらしい。

 

『で、私としては私の甘さをどうにかしたい。…そのためなら、手段を選ばないわ』

 

はは、それならちょうどいい。なら、私は貴女の体を創りましょう。動かし辛いかもしれませんが、どうにかしてください。

 

『その隙に逃げるから?』

 

ま、そうなりますね。けどまぁ、ちょっと悔しいですけど。

 

『…アンタって、やっぱりふざけたこと考えてるわ。…この異変、どう転んでもアンタの願いは成就する』

 

全くもってその通り。わたしが考えた筋書きでは、大きく分けて四つの結末へ進む。そして、その全てが人間共から煩わされずに済むのだから。

一つ目。博麗霊夢に勝利する。風見幽香の前例がいる以上、勝てば結果が得られるだろう。ただし、わたし一人で下手に武器を持たずにやらなければならない。誰かと一緒だと、それがいなければと思われる。武器を持っていれば、それがなければと思われる。…まぁ、明らかにわたし自身が創り出した武器ならば平気だろう。

二つ目。博麗霊夢に敗北する。複製(にんぎょう)でも創って身代わりに逃げ出すか、自爆の演出でもして煙に巻くつもりだった。それでも無理なら、まぁ三つ目へ行く。しかし、彼女がその代わりとなってくれるのなら、それでいい。必要なら自分を切り捨てることすら出来る。そんな気質を、わたしから受け取ってしまっているのだから。

三つ目。八雲紫の道具となる。確かにそこまで自由ではないだろう。しかし、安全だ。八雲紫はわたしを安全に使うために、人間共の意識を変える必要が出てくる。それか、道具となったことを知らしめて、人間共はわたしに対して何も出来なくなる。わたしの後ろに八雲紫がいるから。式神である八雲藍は多少なりとも自由にしていると阿求さんの記憶にあったし、わたしの消滅を交渉材料にすれば少しくらいは自由を得れるだろう。

四つ目。幻想郷を崩壊させる。月の技術であった、穢れを払う扇子をどうにかして創造してもいいし、核分裂による爆発的熱量とそれに付随して遺伝子を破壊する放射線をばら撒いてもいい。わたしも死ぬだろうけれど、それはそれ。別に構わない。わたしがあの世にいけるとすれば、そのときに皆に何と言われるかだけが辛いことかな。

そしてこの四つ、どれを選んでも幻想郷は平和になる。一つ目なら、わたしは一切人里へ行かないから、結果として平和となる。二つ目なら、わたしは死ぬことになるから、平和となる。三つ目なら、八雲紫の道具となり『禍』は『禍』足り得なくなり、平和となる。四つ目なら、全て丸ごと消え去り、ある意味で平和となる。

 

『けど、アンタは必ず成就させる決意がある。誰に何と言われようと、過程がどんな道であろうと、必ず結果を得る。…恐ろしい思想よ』

 

ま、そうですね。皆には悪いと思っていますが、わたしは死んだことにしましょう。…貴女も、それでいいのでしょう?

 

『ええ。私を殺して、それ以下の結果を得るわけにはいかないと思わせる。殺しの経験から、甘さを取り除く』

 

それじゃあ、わたしと霊夢さんのために、死んでくれますか?

 

『私のためよ。…ま、結果としてアンタも恩恵が得られるだけで』

 

それでも別に構わないですよ。阿求さんの目の前で、キッチリと死んだところを見せつけてくださいな。

空気の複製を消し飛ばし、自分自身には新たに空気を創り出す。頭の中にいる彼女は原理を知っているわけだが、それでも私ならどうにかすると言っている。実際そうだった。勘って恐ろしい。

フェムトファイバーを回収し、彼女の肉体を創る分とわたし自身がその後逃げるための妖力を除き、残りを攻撃のために放出する。大穴を開け、そこから抜け出る準備をするためにも。これで勝てれば運がいいのだけど、きっと夢想天生を使ってくる。霊夢さんの記憶で存在は知っているけれど、実際に見ておかないときっと情報が足りなくなる。経験はしておいたほうがいいでしょうから。

 

「『夢想天生』。…魔理沙にはそう名付けられたわ」

「…ふぅん。わたしの攻撃をすり抜けていったのは、流石に初めて見るよ。半透明で、まるで空気だ。…けどまぁ、どうでもいいか」

 

そして、予想通り使ってきた。試しに一発殴ってみたが、普通にすり抜けた。その隙に放たれた掌底を腕で受けようとしたが、その防御をすり抜けて懐へ深く入る。…これはどうしたらいいんだか。

 

「ゲホッ…。うわぁ、こりゃ正攻法じゃあどうにもならないなぁ」

『私を使えばいいけれど、それだとアンタの求めた結果にならないからね』

「だから、もう諦めたら?」

「ハッ、馬鹿言うなよ。さっき言ったことすらすぐに忘れるくらいその頭は空っぽか?…止めたきゃ殺せ。躊躇なんかするなよ、蜂蜜漬け」

『…けど、あれは躊躇する。分かるのよ』

 

そうですね、本当に甘い。甘い果実を蜂蜜に漬けて、砂糖を振りまいたお菓子のように甘い。口の中で当分その味が残りそうなくらい、甘い。その甘さに救われて虜になる人もいるかもしれないけれど、わたしはそこまで好きじゃないんだよ。甘過ぎると、腐るに腐れない。正道を歩む貴女とは、茨道を巡るわたしと相容れないだろうから。

目の前に迫る陰陽玉。その攻撃をわざと受け、後ろにある大穴へと飛んでいく。にしても、滅茶苦茶痛い。しかし、そんなことは気にせずわたしの体の所有権を彼女へと移していく。それに従い、自分の体が少しずつ変わっていくのを自覚する。ハッキリ言おう。気持ち悪い。ただし、指先一本分でいいから、わたしが動かせる部位を残す。

 

「…まだなの?」

 

まだです。それにしても、こうしてほとんど博麗霊夢となった今、この陰陽玉に触れてもそこまで痛くない。落ち着いていこう。まだ数秒猶予はある。

その僅かに残された場所から、わたし自身の肉体を複製する。ただし、妖力は内部まで侵食し、その原子全てを頭に叩き込んで。瞬間、頭の中身が粒でいっぱいとなる。電子、陽子、中性子、原子核…。いくつあるかなんて考えたくないので思考を半ば放棄しつつ、ただただ淡々とわたしの体の構造を把握する。けどまぁ、幻想郷全域を把握したときよりは楽かも、何てことを考えつつ。

そして複製。過剰妖力を入れ込むように、わたしの中にいた彼女をその複製の中へ押し込む。再び自分の体が変わっていく。今度は元に戻っていく感覚。…やっぱり慣れないなぁ。

 

「それじゃ、行ってくるわ」

「それじゃ、あとよろしく」

 

二酸化ケイ素を創造し、地表まで弾け飛ぶ。しかし、着地はせずにギリギリで止まる。

 

「はぁ…、やっぱ無理か」

 

改めて上を見上げ、紅魔館へ戻っていく彼女の姿を見てそんな言葉が漏れ出てしまう。勝てなかったなぁ。悔しいなぁ。

そこまで考え、わたしが進む先に目を遣って人がいないか確認しつつ、その場から弾け飛んでいく。長居は無用。まだ異変は終わっていない。終わっていないということは、八雲紫は出て来ない。異変解決者のほとんどは紅魔館にいて、わたしの協力者も同じくそこにいる。一人や二人くらいはわたしを目撃するかもしれないが、そんな少数派は博麗の巫女と稗田阿求の言葉で封殺される。

だからこそ、わたしは二つ目を選ぶことが出来る。そして、煙に巻いた後でわたしが逃げる先は、既に探し出した。そのために、わたしは幻想郷全域を空間把握したのだから。

 

「…見ぃつけた」

 

そこは、不思議と目に付かない場所だった。普通に歩いてここを通っても、これに目を遣ることはないんじゃないだろうか。目を遣ったとしても、意識に止めることはないんじゃないか。そう思わせる、不思議な雰囲気がある。

それは、底の見えない深い穴。何処まで続いているのか、わたしも知らない。あまりにも深くて空間把握を打ち切ったから。けれど、何処へ続いているかは知っている。幻想郷の中にあるが、幻想郷ではない場所。隔離され、本来侵入も脱出も出来ないはずの場所。その名は地底、またの名を旧地獄。

ごめんね、皆。裏切ったと思われても仕方ないよね。けど、わたしはもう信頼の形を伝えてる。それでもふざけるなって罵ると思う。嫌われても、憎まれても、恨まれても、わたしはそれを受けとめます。

 

「さよなら、幻想郷」

 

わたしが次にここへ来るときは、世代が全て入れ替わる頃か、博麗の巫女に勝てるときのつもりだ。それは一体いつになるだろう?…けどまぁ、わたしがこの先で生き残れたらの話だけど、ね。

その穴を見ていると、まるで吸い込まれてしまいそうな、そんな感じ。その衝動に従い、わたしはこの深い深い穴へ身を投じた。その瞬間、どうしてか分からないけれど、わたしはこの先に何か大切な約束があるような気がした。

 


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