東方幻影人   作:藍薔薇

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第239話

私は運命を視て、より良い選択をしてきたはずだった。私の、そしてフランの幸せを求めてきたはずだった。

 

「ハアァッ!」

「チッ、やっぱり鬱陶しい!」

 

フランが我が妹として産まれたときには既に狂気の片鱗が垣間見えていた。その狂気は、数年と経たずに膨れ上がり、抑えることも出来ないと運命は告げていた。当時の私にはとても手に負えるものではなかったことは明白であった。だから、私はフラン一人が誰にも迷惑をかけずに狂気を抑え込める方法を運命に問いた。その答えは、千年間地下に幽閉すること。そうすれば、フランは狂気を支配出来るようになると運命は告げた。その間は、膨れ上がる狂気を少しでも抜くための壊すためのものを与え続ける。ものは外に出たときに困らないために外で普段から使われるものや見るもの。あんな狂気に満ちていたとしても、フランは私の妹なのだ。いつでも近くにいてほしかった。例え、どんな風であったとしても。

 

「主を名乗るにはまだ早かったんじゃないかしら?」

「…うるさい、なッと」

 

フラン一人、という前提を幻香が覆した結果、運命は大きく変わった。約五百年、つまり半分でその狂気は鳴りを潜めた。ただし、飽くまで潜めただけ。また膨れ上がってもおかしくなかった。だから、フランの狂気をなくす方法を運命に問いた。その答えは、幻香とフランを近付けさせること。運命の先に、幻香とフランが仲良く微笑みながら歩む姿が見えたから。…まあ、今になって思えばこの運命は信用出来るものではないのだけど。もう一度視ていれば、違うものが視れただろう。

 

「ぐ…ッ!」

「もういっぱぁつッ!」

 

けれど、その頃の私は実際に狂気が抑えられていったのだから、運命の告げた通りであると満足していた。もしかすれば、近い将来に私と共に生きる未来があるのではないか、と。あんな風に地下に幽閉することなく、一緒にいられることが出来るのではないか、と。そんな幸せを。

 

「セイッ!」

「でりゃぁっ!」

 

しかし、いつからだろう。フランの中で幻香の存在が大きくなっていたのは。それまでもいくらか怪しいところはあったのだけど、フランは明らかに幻香に依存していると確信したのは、永夜異変の後だった。そのとき、いくら待っても幻香は目覚めず、幻香が倒れてから九日後に暴走すると運命は告げた。それほどまでに、幻香がフランにとって大きな支えだったことを知った。だから、そうなる前に何としてでも地下に連れて行くべきだと決断した。…まあ、運命よりも早く幻香は目覚めたのだけど。

 

「フッ!」

「ッ!…まず…ッ!」

 

フランが帰ってきたらすぐに勝手に出て行ったことの反省のために地下へと入れた。しかし、一言二言とはいえ改めて顔を合わせて話したときには驚き、そして歓喜したものだ。あれほどあった狂気を全く感じることがなかったのだから。狂気がなければ、地下に閉じ込め続ける理由はない。そう考え、自由にすることにした。出来ることなら幻香とではなく、霊夢や魔理沙など、他の人との関係を深めてほしかったのだけど…。結果は予想外の方向へと進む。いくら語り掛けても反応を示さない放心状態。どうしてそうなったのかは、私には見当もつかない。

 

「な…ガァああっ!」

「アハ…、腕一本で両脚取れるならは安いよね…?」

 

そのまま放っておくわけにもいかず、しかし居場所が分からず悶々としたまま数日経つと蓬莱山輝夜が現れた。迷いの竹林が普段より騒がしい、とのこと。すぐにフランがそこにいると思った。行ってみれば、フランは確かにいるとのことだったが、会う前に萃香に敗北した。去り際に問われた質問は、非常に答えやすく、そしてとてもではないが答えられないものだった。

 

「ふー、ふー…。紅魔『スカーレットデビル』ッ!」

「くっ、と!…ちぇ、もう治ってる」

 

その後、フランは何事もなかったように帰ってきた。私はホッとしたのだけど、そのまますぐに地下へ放り込んだ。あんな放心状態を放っておくわけにもいかない。何かしらの対策を講じなければいけないと判断し、それまでの間は、と考えてのことだった。とりあえず、フランには幻香との関係を少しでも浅くするために、紅魔館との関係を深くしてもらうことにした。月侵略計画とどっちに頭を悩ませていたか、と問われればフランのことだとハッキリ言える。探しても前例はなく、いくら考えても分からない。運命に問いても、その答えは放っておくであった。そんなこと出来るはずもなかったが、その前に月へ行く時が来てしまった。後ろ髪が引っ張られる思いだったけれど、待たせている者がいた。その者達にこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないので、月へと出発した。…まあ、ボコボコにされて帰ってみればフランはパチェと深い関係を築いていたのだけど。幻香とは別の、深い関係。パチェを皮切りに、徐々に広がっていくことを期待した。

 

「ろ、六ですって…?」

「禁忌」「『エーストゥシックス』」「四人までなんて」「誰が決めたの?」「それじゃ」「始めよう」

 

パチェとの関係を利用するのは少し憚らわれたが、フランの監視を頼んだ。もう問題ないだろう、と毎回のように言われてきたが、それでも私は心配だった。過保護ではないか、と言われたけれど、パチェは本当の狂気を見ていないから言えるのだと思っていた。

 

「喰らいなさいッ!神槍『スピア・ザ・グングニル』」

「ッ!」「ぎィ…ったぁあ!」

 

そして今。私は視てしまった。フランが幸せを謳歌する運命を。そこに、私の姿はないことを。フランの幸せは、私の幸せと噛み合うことはない。フランの幸せには、私は枷でしかなかったことを視てしまった。私は、いつまでもフランと共にいたかった。狂気も抑えられ、何処にでもいるような姉妹になりたかった。だけど、それはフランが最も求めていないことだった。

 

「嘘…。弾いた…?ただの腕で?」

「アハ…」「残念だけど」「ただの腕じゃ」「ないんだなぁ」

 

だから、私は私の幸せを選ばずに、フランの幸せを選んだ。フランにとって、後腐れのないように。けれど、思ったよりも、その何倍も痛い。得られたはずの幸せを自ら手放すのは、こんなにも辛い。胸が抉られ、大穴が開いたようだ。

 

「お姉さんから」「教えてもらった」「新しい使い方」「破壊能力の応用編」「『目』を外に出して」「私の腕を強固にした」

「…そう。だからって、傷付かないわけじゃない」

「そうだね」「けど」「それだけじゃない」「萃香から学んだ」「密と疎の扱い方」「力を一点に萃める方法」

 

私は、何処で間違えたのだろう?何処から間違えたのだろう?より良い未来を選択するために、私は運命を視てきたというのに…。

 

「これを覚えるのに」「竹林をかなり」「吹き飛ばしちゃったけど」「まあ」「しょうがないよね」「教え方下手だったし」

 

多分、最初から。私は、フランを地下に幽閉するべきではなかったのだ。私は、運命の奴隷。その結末は、最高に不幸せだ。

 

「それじゃ」「さよなら」「レミリア」「スカーレット」

 

六人のフランに一斉に殴り飛ばされる。これまでとは比にならないほど重い拳を円で囲うように放たれ、何処にも逃げ場はなく、その場に崩れ落ちるしかなかった。体が動かない。傷は塞がったというのに、ピクリとも動かせない。けれど、そんな痛みよりもフランが離れてしまうことが痛い。そんな私を、一人に戻ったフランが見下ろしているのを感じた。

 

「…意識、なくなってないや。けど、動けないのも確か。…下手に気絶させて目覚めちゃうなら、ここでお姉さんがやり遂げるまで見てたほうがいいかな?」

 

ねえ、フラン。貴女にとって、私は最初から迷惑だったかしら?今になって思えば、空回りして、過ぎたことをして、すれ違って、失敗ばかり。今更好かれようなんて思っていなかったのは認めるけれど、それでも私は貴女のことを大切に思っていたつもりなのよ…?けれど、そんな私の気持ちも、貴女にとっては邪魔でしかないのよね。

 

「…大丈夫だよね、お姉さん」

 

言っても信じてもらえないでしょうけれど、私は貴女のことが大好きよ。貴女がどれだけ私を嫌っても、それは決して変わらない。

さよなら、私の妹。貴女をそう呼ぶことは二度とないでしょう。

 


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