東方幻影人   作:藍薔薇

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第234話

…ん?チルノちゃんが保冷部屋に、妹紅と萃香がそれぞれの部屋に行ったと思う。つまり、異変解決者が紅魔館へやって来たってことだよね。ただ、萃香がこうして動いているってことは、異変解決者が六人か七人の集団でやって来たってことか。

萃香には、最初に紅魔館の入り口から入ってきた異変解決者の数によって行動を変えてもらっていた。具体的には、五人以下なら追加で来る可能性を考えて紅魔館を好きなように巡回、八人以上ならこちら側の手札の関係で複数人に分かれて対処。その間なら相手に優先順位を付けて一人を撃退もしくは足止め。ただし、私のいる部屋がある階には来なくていいと伝えた。むしろ来ないでほしい、と。そうなると、目的の成就に暗雲が立ち込める。こればっかりは、わたし一人じゃないといけない理由がある。

無駄に豪華な椅子に動かず座っているのが意外と辛く、大きく伸びをする。肘とか背骨とかから乾いた音が響く。それにしても、私が座っても普通に足が床に付くけれど、本来使っているであろうレミリアさんは付かないんじゃないか?それじゃあかなり不便な気がするんだけど…。

チラリと椅子の横に閉じ込められている阿求さんを見遣る。酷く沈んでいるけれど、好きで放置しているわけじゃない。わたしから何か伝えても、伝わっているか分からない。そもそも『禍』からの言葉なんて、彼女にとって毒でしかないだろう。しかし、自暴自棄になっているわけではないことは幸いだ。少し余裕のある大きさにしたとはいえ、そんなことをしたら下手すると死んでしまう。

 

「…まだかなぁ」

 

こうして異変解決者が来ているってことは、わたしの部屋に来る異変解決者だっているはずだ。ルーミアちゃんには苦労してもらうことになったし、ちゃんと覚えているかちょっと不安なのだけど、それでもここに来るのは一人に絞れているはずだ。そうでなければ困る。色々と。

そこまで考えていると、この部屋唯一の扉が勢いよく開かれた。開けた人物を姿を見て、わたしは内心ホッとする。…よかった。ちゃんと来てくれていたんだね。

 

「ようこそ、博麗の巫女。負の要素を被った際に鼻で嗤われると人里で有名な『禍』さんが、貴女を心からお待ちしていましたよ」

「…アンタ、そんだけの理由で人里を崩壊させる気?」

「崩壊?…ふぅん、アリスさんが残ったか。つまり、霊夢さん、魔理沙さん、レミリアさん、咲夜さん、美鈴さん。この五人はとりあえず来ると思っていましたが、追加は二人でしたか。…あと一人は誰なんでしょうね?」

 

六人以下であったなら、ルーミアちゃんはそんなこと言わずにさっさと霊夢さんを送り届けるように伝えた。七人以上であったなら、一人余るようにしていた。その一余りをパチュリーのいる大図書館へ行かせる。アリスさんがいれば、優先的に残すように。その余りがアリスさんなら崩壊、妖夢さんなら飢饉、うどんげさんなら火災、と言い分ける。なお、幽々子さんは萃香に優先的に対処してもらうから除外。それ以外の人であったなら、萃香が対処し霊夢さんをさっさと送り届ける。

七人であるという保証はないのだけど、大体二分の一の鎌掛けだ。まずうどんげさんは来ないと思っている。もし来るのなら、師匠である永琳さんの命令を無視して勝手に来た場合か、わたしが見当違いな推測をしていた場合。人がほとんど来ることのない迷いの竹林に病院を建てているような人だ。好き好んで目立ちたくないだろうし、隠し通したいだろう姫様、蓬莱山輝夜だっている。そもそも、異変を解決しようという正義感があるのなら、数ある様々な異変の解決に乗り出していてもいいはず。それなのに、わたしは慧音から教わった異変解決者の中に彼女達の名前は一切ない。つまり、異変を解決するつもりはないと推測した。

けど、霊夢さんの反応から七人であることはほぼ確定だ。あと一人は、幽々子さん単体で来るとは思えないから妖夢さんか、わたし達が予想しなかった誰かかな?

まぁ、こんなのは物凄くどうでもいいことなんだけどね。

 

「…そこにいるのは、稗田阿求で合っているわね?」

「ええ、いかにも。九代目阿礼乙女で稗田家当主、幻想郷縁起を編纂されている稗田阿求さんですよ」

 

そう言いながら、わたしは阿求さんを閉じ込めている結界に座る。…やっぱり硬いな、これ。

 

「とりあえず、霊夢さん。扉閉めたらどうですか?」

「…ちっ」

 

…舌打ちされちゃった。ま、そりゃそうか。一人で来なかったら殺して人里に送るって脅迫、もとい交渉させたんだし。人質に見られてもしょうがないか。彼女を殺すつもりなんて、ほんの僅かしかないのになぁ。

扉を閉めてくれたはいいけれど、扉の取っ手を握ったまま離さない。…あ、もしかして開かないことに驚いてるのかな?それはフランに描いてもらった魔法陣の所為のはず。堂々と扉に描いてもらったから、この部屋だってすぐに分かったと思うんだけど。

結界から跳び下り、三歩だけ霊夢さんへ真っ直ぐと歩く。必要以上近付くつもりはない。

 

「さて、霊夢さん。一応普通には開かないように細工してもらったわけですが、仮に逃げるようならわたしは――」

「阿求を殺す?それとも、違う異変を起こすのかしら?」

「んー…、じゃあ両方」

 

ここで貴女が何処か行ったらご破算なんですよ。

 

「まず阿求さんを十四個に斬り分けて人里に投げ捨てて、次に春雪異変の代わりに幻想郷を極寒の世界に塗り替えましょうか。雪でも降れば、人里の人間共は雪見酒でも洒落込むんじゃないですかねぇ?…その後は、またその時に考えましょうか」

 

そこまで言うと、霊夢さんがいきなり大きなため息を吐いた。

 

「…私は、アンタがそこまでするには理由があると思ってる」

「理由?あー…、言ったじゃないですか。『禍』は『禍』らしく、って」

「そんなへらへらした仮面に訊いてるんじゃないのよ」

 

瞬間、ビシリとわたしを覆っていた演技の仮面に罅が入った気がした。…あーあ。いいじゃないか、理由なんてこれで。阿求さんだって納得してくれたし、わたしだって別にそれで構わないんだし、その流れで貴女も賛同してくれればいいのに。

けど、貴女はそんな誤魔化しの混じった理由を聞いても納得してくれないんでしょうね。…しょうがないなぁ。だったら言ってあげますよ。わたしがわざわざ異変なんて起こした理由。

そして、その目的を。

 

「わたしは、貴女とこうして戦いたかったんですよ。古臭くて、血生臭くて、面倒臭い。そんな一対一の決闘」

 

そう言い切った瞬間、わたしは創造した二酸化ケイ素によって霊夢さんの目の前まで弾かれる。すかさず右手で放った手刀をお祓い棒で防がれたが、その棒は今にも折れてしまいそうに嫌な音を立てる。

 

「ぐッ!」

「そして勝つ。そうすれば、もう誰もわたしに刃向かうことはない」

 

幻想郷最強、風見幽香。彼女に人間共が何もしない…、否、出来ないのは人間代表である博麗の巫女が敵わないからだ。その実力を、恐怖を、人間共に証明しているからだ。

これが、わたしが人間共にかかわらないようにするのに手っ取り早い手段。わたしは貴女に勝利し、風見幽香と同じ場所に立つ。

 

「そんなことのためにッ!アンタは異変を起こしたっているの!?」

「ええ、そんなことのためですよ。貴女へ救援を求めることを期待して紅魔館を占領した。貴女との勝負の結果を記録してもらうために稗田阿求を拉致した。貴女がここに来る理由を作るために異変を起こした。貴女に確実に異変解決に乗り出してもらうために博麗神社に来た。貴女一人と戦うために仲間を集めた。誰も得なんてない、無意味で無益で無駄一杯。もう一度言いましょう。そんなことのために、わたしは異変を起こしました」

 

ググ…、とお祓い棒に込められた力が強くなったところで右手を引き、僅かに前のめりになった頭に頭突きをかます。しかし、ただではやられてくれないらしく、あの激しく回転する球体を放ってきた。右から迫るそれに肘鉄を叩き込んで明後日の方向に飛ばしたつもりだったのだが、そのまま大きく曲がって霊夢さんの元へと戻っていく。…うわ、前みたいに壊したほうがよかったかも。

そのまま左へ飛んで大きく距離を取った霊夢さんが、大量の札を投げ付けてくる。妖怪が触れると滅茶苦茶痛いって話のお札。わざわざ触れてやるわけにもいかないので、目の前に壁を一枚複製し、それをそのまま霊夢さんに向けて投げ飛ばす。お札がベタベタ張り付いても、結局のところたかが紙。その勢いを止めることは出来なかった。しかし、霊夢さんに当たる直前に何か硬いものに当たったように弾かれ、下に落ちていく。…そっか、結界か。

ま、簡単に勝てるとは思ってないよ。だけど、絶対勝てないとは思わない。問答無用で殺す手段はあるけれど、それは使わずにわたしは博麗の巫女と戦おう。

 


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