東方幻影人   作:藍薔薇

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第232話

床の『目』を潰して落下していき、下の廊下を見下ろして『目』をさらに潰す。そうして出来た穴にお姉様を思い切り投げ飛ばし、追加で取り出したレーヴァテインを投げ付ける。が、床に叩き付けられたお姉様はすぐに跳んで回避してしまい、レーヴァテインは床に深々と突き刺さった。

ゆっくりとレーヴァテインの元へ降り立ち、引っこ抜いてお姉様を眺める。そんな私をお姉様は、誰が見てもハッキリ分かるほどに膨れ上がる激しい怒気を私に向けている。

 

「フランッ!どういうつもりよッ!」

「私って一応紅魔館の新しい主だからね。攻めて来てもされるままなんてしないよ」

 

そう言いながら威嚇目的で右脚を廊下に踏み下ろす。そこから罅が周りに走り、左右に走る罅は壁を上っていき、前に走る罅はお姉様の手前で止まる。もう一発強力な一撃を加えれば、この廊下に大きな穴が開くと思う。

何処からともなく取り出したグングニルを手に、その切っ先を私に向けるお姉様。それに対し、私はレーヴァテインを無造作に持ち上げた。私はこれを扱えるような技術を持ち合わせていない。思ったように、思うがままに振り回すだけ。だから構える必要はない。というより、構えたところで特に意味がない。ただただ力任せに薙ぎ払って炎を撒き散らして焼き斬る。それでいい。

 

「ッシ!」

「ふっ!」

 

一瞬で距離を詰めてからの突きを刀身で受け、そのまま半円を描くように振り上げる。グングニルの先が跳ね上がり、隙を晒した体にレーヴァテインを捨てて身軽になった右拳を放つ。浅く入った拳で怯んだ隙に後退してレーヴァテインを拾いつつ、お姉様に追撃の弾幕を放つ。いくつか被弾させたけれど、吸血鬼の再生能力で自然と傷は塞がっていく。

グングニルの基本形は飽くまで槍。体全体を前に出して腕を一杯に伸ばしたけれど、それでもお姉様には拳の半分くらいしか入らなかった。槍の長さの分だけ私とお姉様の距離が遠かったのだ。多分、また運命とかいう胡散臭いので反撃されても軽く済む場所でも視たんだろうな、と思いながら様子を伺う。

 

「フラン」

「何よ」

「貴女は、どうして幻香に協力するの?」

「お姉様が大好きな運命を視れば一発でしょう?」

「フラン、貴女の口から聞きたいのよ」

 

おねーさんは言っていた。この異変は飽くまで遊びである、と。話を聞いていると、本当にそうだなぁ、と思うようになってきた。私達はおねーさんという脚本家に役を与えられて、異変解決者という何も知らない人も勝手に配役にして、全部巻き込んで異変という名の演劇を完成させる。私にはおねーさんが得ることがあるのかどうかは結局よく分からなかったけれど、まあおねーさんのことだ。私に分からないところで知らぬ間に何か利を得ているに違いない。私はそう信じてる。

そんなおねーさんから私に与えられた配役、紅魔館の新しい主。それを奪い返そうと舞い戻るお姉様。観客のいない、配役しかいない、脚本の中身がスカスカな即興の演劇が始まる。遊戯なんかじゃ終わらない、現実に大きく干渉する演劇が。

 

「お姉様が嫌い」

「…え?」

 

そして、私は言われたままに思うことが口から零れ落ちる。一度囁くように小さく零れた本音は、留まることを知らずにそのまま流れ出ていく。今まで押し込まれていた本音が、次々と言葉となって口から溢れ出ていく。

 

「運命なんていうものに縋るお姉様が嫌い。破壊衝動一つで地下に閉じ込めたお姉様が嫌い。閉じ込めるだけ閉じ込めて結局自分では何も出来なかったお姉様が嫌い。自分は自由にしているのに私にはさせないお姉様が嫌い。友達と遊ぶのにもいちいち監視の目を付けるお姉様が嫌い。やっと皆と同じように遊べると思った矢先に取り上げるお姉様が嫌い。たくさんの人を呼んでも私は呼ばないお姉様が嫌い。おねーさんに自由になる機会を貰ったのにそれをまた取り上げようとするお姉様が嫌い。嫌い、嫌い、大嫌い。大大大大大嫌いッ!」

「それはッ!」

「黙って。貴女の思惑なんて聞きたくないし、知りたくもない。聞いたところで許せると思えないし、知ったところでもう貴女を許す気になれないよ、レミリア・スカーレット」

 

そう言って床にレーヴァテインを思い切り突き刺す。既に走っていた罅からさらに細かく罅が走っていき、遂に床が崩れていく。お互いに空中に強制的に投げ出され、私はレミリアに突撃する。体ごと旋回させた大振りを放ち、グングニルで防御したレミリアごと吹き飛ばす。

 

「私は!貴女に与えられなかったものをお姉さんからたくさん貰った!私の人生はお姉さんに出会ったその瞬間から新しく始まったのよ!」

「ぐ…ッ!」

 

感情のままに吐き出す言葉と大量の弾幕。レミリアはグングニルの中心を持って回転させ、弾幕を防御していく。そのまま弾幕を放ち続け、それと共にレーヴァテインを投げ付ける。弾幕は防げても流石にレーヴァテインは防げないらしく、その場から離脱していった。その際に三発ほど被弾しているけれど、それもすぐに塞がっていく。

壁に突き刺さったレーヴァテインには目もくれず、そのままレミリアに突貫する。それまでに放たれた弾幕にいくつも被弾するが、そんなことはどうでもいい。レミリアの二歩手前で床を滑りながら接近し、薙ぎ払われたグングニルの切っ先に左手刀を振り上げて圧し折る。その際に刃が入って骨まで達したけれど、そこであちらが折れたからもう気にしない。

 

「貴女は私の自由の前に立ち塞がる壁よ!だから!私は!今!貴女を!徹底的に!完膚なきまでに!叩きのめすッ!」

「く…、フラン!」

 

そのまま懐まで潜り込み、右拳を叩き込む。寸前に後ろに跳ばれてまた入りが浅かったが、すぐに離された距離を詰める。グングニルの基本形は槍。持てば中距離、投げれば遠距離。柄や石突を使えば近距離にも対応出来るらしいけれど、その前にさらに内側に潜り込めばいい。

多少の傷は喰らう覚悟で飛び込み、その体に右手刀を乱暴に刻む。抉るように最後まで振り抜き、返り血がビチャリと私に飛ぶ。生暖かいものを感じながらも追撃の左手刀を加えようとしたが、後退しつつグングニルを振り回され弾かれた。

 

「が…ァアッ!…はぁ、はぁ、はぁ。よく分かったわよ、フラン」

「…ふぅん、何が分かったの?」

 

粗く乱れたままの呼吸を整えながら抉られた傷に手を添えて私を睨むレミリアを、私は冷めた目で見ていた。その手に持っていたグングニルを霧のように溶かし、その手に収めていく。そして、ゆっくりと時間をかけて呼吸をいつものところまでようやく戻し、添えていた手を降ろす。

お互いに傷付いても、吸血鬼ゆえに並大抵の傷はすぐに治ってしまう。ほら、もうお互いに傷一つない。だけど、決して無傷ではない。いくら治っても元に戻るわけではない。傷を負い続ければ、いつか動けなくなる。ただし、それも簡単なことではないのだけど。

けど、そんなこともどうでもいい。どちらが上で、どちらが下か。ハッキリ決着を付けて、私は自由を勝ち取る。貴女という壁を壊して、私は先へ進むのよ。

 

「今から貴女は我が妹ではない。ただのフランドール・スカーレット」

「私のお姉さんは既に貴女じゃない。ただのレミリア・スカーレット」

 

だけど、この演劇の結末は最初から決まっている。姉妹という血の繋がりを断ち切る決別のお話し。中身のなかった脚本には、もうこのまま書き進められていく。その結末はもう覆らない。いくら傷が治っても、この傷はもう治らない。

…さよなら、私のお姉様。貴女をそう呼ぶことは二度とないでしょう。

 


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