東方幻影人   作:藍薔薇

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第230話

天井が崩れ、それと同時に闇が落ちてきた。あの中に美鈴がいるはずで、もしいなければ他の誰かを攫っていくことになっている。萃香とはちょいとした口論に発展したが、結局あっちが折れてくれた。渋々といった風ではあったが、納得はしてくれたようである。

落ちてくる人の気配の数は、十。追加で大量の虫がいるが、それは除外した。そして、互いに打ち合った経験を用い、僅かな呼吸の差から目的の居場所を炙り出た。

足首を掴み取り、そのまま引っ張り出して連れ出した部屋。まるで物置になる予定であったが結局使われることのなかったような、そんな空っぽで何もない石床が剥き出しの無駄に広々とした部屋。そこに美鈴を投げ飛ばし、叩き付けられる前に両足を擦り付けながら停止している隙に扉を閉める。

 

「よう」

「…そういうことですか」

「ああ。さ、続きをやろうか」

「ええ、あの時は途中で打ち切られましたからね」

 

体に淡い光を纏いながら構える美鈴に対し、私は体に炎を纏いながら自然体を取る。始まりの言葉は、もう決まっている。扉を背に、私は言った。

 

「ここを通りたければ、私を倒してから行け、って奴だ」

「そうですか。よく分かりましたよッ!」

 

最速最短で詰め寄ってからの、全加速が乗せられた右拳を受け止める。瞬間、左手の骨が文字通り粉砕される。しかし、それでも左手から力を抜かずにガッチリと握り締める。続いて放たれた左拳を右手で受け止める。左手から炎が噴き出し、元に戻るがそんなことはどうでもいい。

私を押し倒さんばかりに両手に力がこめられる。倒されまいと押し返すが、徐々に肘が曲がっていき、肩が曲がっていき、腰が後ろに曲がっていく。このままでは両脚が床から離れ、そのまま倒される。

 

「よっと」

「ッ!」

 

だから、私は先に倒れた。あれだけ入れていた力を一気に抜いて無抵抗に。私を倒すための力が空回りし、今度は美鈴を前に突き出してしまう。私は下に、美鈴は上に。そして、私の両手は既に床に触れている。

両脚を広げながら床に着いていた両手を思い切り右に払う。その勢いで体が回転し、美鈴を蹴飛ばした。浅い一撃ではあるが、空中に投げ出された瞬間の体は容易く吹き飛び、最初の間合いと同じ程度は距離が出来た。

 

「流石ですね…」

「はっ、謙遜すんなよ。私が力抜いた瞬間から私の攻撃を受ける準備してた癖に」

 

脚が触れた場所の筋肉は既に固められていた。あれでは大した損傷もない。というよりほぼ零。吹き飛んだ後も平然と着地しやがって。既に構えも取っている。

僅かに痛みが残る右手を改めて握り、一歩踏み出す。普段通り歩いて行き、美鈴との間合いをゆっくりと詰めていく。半分詰めた。まだ動かない。あと五歩。動かない。四歩。動かない。三歩。動かない。二歩。動かない。一歩。動かない。そこで私も立ち止まる。

 

「なあ、美鈴よ」

「…何でしょう?」

 

握り締めた右手から炎を噴出させ、それを打ち出す構えを取る。それを見ても尚、構えたまま動こうとしない。受け切れるという絶対の自信からではない。最初はあちらから来たから、今度は私から来い、ということだ。

一度間合いを離して互いに追撃しないのならば、次は相手に先手を譲る。互いに示し合わせたわけでもないのに、気付いたら最初からそうだった。もちろん、私がそうだからではない。あちらがそういう気質だから、という単純なものでもないだろう。

 

「どうして門番なんぞに就いてるんだ、ッ!」

 

右腕を解放し、爆発した右拳を打ち出す。私の言葉と共に放たれた一撃を受け止め、顔を歪める。それは、この一撃によるものだけではないだろう。

 

「お前のその実力は、門番に収まるような小さなもんじゃないだろ!」

「グ…ッ!」

 

全身から炎を噴火の如く噴き出し、そのまま左脚で蹴り上げる。顎に触れたが、その衝撃は私の脚とほぼ同じ速さで顎を上げて流される。しかし、衝撃を逃がせても炎は逃がせない。撒き散らされた炎をまともに受け、僅かだが苦悶の声を上げた。

 

「私はッ!」

 

だが、お前はその程度で止まる奴じゃない。僅かに後ろに跳ねて受け止めていた右手から離れ、すぐに前方へ跳んでくる。跳ね上がる膝を、振り上げていた左脚を振り下ろして受け止める。

 

「お嬢様に、レミリア・スカーレットに!恩がある!」

 

私が振り下ろした衝撃を使って床に罅を入れながら強く踏み締める。しかし、これでは膝が傷付く。が、それを押して私に一撃を加えようとしている。

 

「私の一生をかけても返しきれないほどにッ!莫大な恩があるッ!」

 

右肩に重い一撃を喰らい、出来るだけ流そうとするがそれでも思い切り吹き飛ばされる。空中で回転して着地し、さらに床からガリガリと音を立てて減速する。右腕の指先まで痺れるほどに強烈。

 

「…そうかよ、よく分かった。悪いな、軽率だった」

「いえ、構いませんよ」

 

レミリア・スカーレットに対する絶対的忠誠心!生半可な努力では身に付けられない圧倒的技術!怠ることなく徹底的に鍛え上げられた肉体!心技体、三拍子ここまで揃った奴は、これまでの長い人生で片手ほどもいない。

今度は美鈴のほうが私に一歩ずつ歩み寄ってくる。それに対し、私も逃げることなくその場で自然体を取る。そして、十分に近付いたところで立ち止まり、その場で構えを取り直した。

 

「ではッ!貴女は何故彼女に協力するのですかッ!」

 

音を置き去りにするほどの掌底を放たれ、半ば本能に従ったままに体を左に傾ける。外れたにもかかわらず感じる風圧。左手をばねに跳ね上がって距離を取るが、すぐに距離を詰められて着地寸前を狙い打つ追撃の拳が飛ぶ。

その拳をその場で縦に回転した加速を乗せた踵を叩き付ける。かなり無理をした攻撃ではあったが、衝撃をほぼ相殺することに成功し、着地と共に各関節を狙った乱打を放つ。初撃の左肩に受けた瞬間、距離を取られたが。

 

「私はな、これでも幻香にこの技を教えた身なんだよ」

 

最初はないよりマシだろう、という軽いものだった。いつか来るかもしれない過激派に対抗する手段として、必要になるだろうと。

 

「正直な話、あいつは凄いよ。私が永い時間をかけて得たものを、あんな短期間で身に着けた。まだ粗いとこは目立つが、決して簡単なことじゃないはずなのにな」

「…そのようですね」

「あれは、将来化ける。私達の想像もしないとこまで進んでいく。そう思わせるものがある」

 

だが、幻香はふざけた速度で成長を遂げた。私が一人で何十年もかけた領域に十数日で足を踏み入れた。私という師がいたからというところもあるだろう。だが、それでもあの速度は余りにも速過ぎる。私と同じ領域まで到達するのに、そう時間はかからないだろう。そして、規格外な能力と同様にどこまで行くか分からないほどに底がない。

 

「私はな、そんなあいつの完了を見たい。平然と死にかけるし、必要なら自らの死すら躊躇わないようなあいつのな。…だがな、そんな途中で終わらせるなんてもったいないと思わないか?だからな、その前に潰されたくないんだよ。友として、そして師として」

「…よく分かりました。貴女の気持ち」

 

互いに腹の中を割った。そして、互いに譲れないこともよく分かった。

多分、こんな暗黙の了解が出来たのは互いに実力を認めていたからだと思う。私は美鈴の実力を認めているし、同様に美鈴も私の実力を認めている。

だから、私もこれからは手加減なしに制限なしだ。

 

「…人間ってさ、どうしても限界があるんだよな」

「…?」

 

私の突然の呟きに首を傾げられる。…ま、そりゃそうか。急にそんなこと言われても意味分からないよな。

これ以上力を籠めたら壊れてしまう限界点。体が耐えられずに皮膚や筋肉が千切れてしまう速度。普通なら出すことすら出来ない領域。幻香には、まだ最初の最初の初歩までしか教えていない領域。

体から炎が勝手に噴き出る。ただし、今までの攻撃するための炎とは違い、壊れた体を元に戻すために体の内側から自然と噴き出す炎。私はその限界を自発的に超えられる。普通なら自壊してしまう領域に、平然と侵入する。私が蓬莱の薬を飲んだことで身に着けた限界突破。

 

「こっからの私は、さっきまでとは一味も二味も違うぜ…?」

 


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