東方幻影人   作:藍薔薇

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第226話

箒に跨り、紅霧を切り裂いていく。少し遠くには霧の湖が見え、そのさらに奥には霧と同化していて非常に見難いが、目的地である紅魔館がある。

 

「…いたっ!」

 

そして、その途中に人影が四つ。霧に紛れて誰だかよく分からないが、その中の一人は嫌でも分かる。霊夢だ。しかし、この距離なら追いつけるはずだ。紅魔館に先んじて突入されることは防げる。

 

「急ぐぞ!掴まってろよ、アリス!」

「もう掴まってるわよ!」

 

さらなる加速を気合で叩き出し、今までにないほどの速度が出る。計測出来るわけではないが、これまでの最高速度を更新した、という確かな実感があった。後ろにアリスを乗せていてこの速度なら、私一人ならどこまで出るだろうか?

紅魔館の門前に降りたのが見えたため、私もそこへ突き進む。そして、私も斜めに突き刺すように降下し、霊夢の真横に急停止する。

 

「よ、ッとぉ!…ふぃー、間に合ったみたいだな」

「ちょっと!危ないじゃないの!」

「…魔理沙?」

 

箒から跳び下り、いつになく気合が入っているように見える霊夢を見遣る。

 

「…おい、霊夢。一ついいか?」

「何よ」

「どうしてレミリア達と同行しているんだ?」

 

そして、その後ろにいる咲夜、美鈴、レミリアが目に入った。どう考えてもこの紅霧異変はレミリアが起こしたものであったはずなのに、そのレミリアは霊夢と共にここにやって来ていた。

私の質問に、霊夢は面倒臭そうに顔をしかめた。チラリと後ろにいる咲夜に目を合わせると、その咲夜は霊夢の前に出て行こうとし、レミリアに止められる。そして、レミリアが苦虫でも噛み潰したかのような顔で出てきた。

 

「…あまり人に言えた話じゃないのだけど」

「その話、私も聞いて構いませんか?」

「おわっ!…って、妖夢か。脅かすなよ」

 

突然後ろから声がしたと思ったら、そこには僅かに息が乱れている妖夢がいた。

妖夢に問われたレミリアは、別に構わないという意思を示し、続きを語る。

 

「疑うのは勝手だけど、私はこの紅霧異変を起こしていない。私達は被害者よ」

「被害者だぁ?じゃあこの紅霧は誰がやったって言うんだよ?」

「…おそらく、フランね。パチェもやろうと思えば出来るだろうけれど、それはない…はず」

「フランが、だと…?つまりあれか?お前はフランに愛想尽かされるようなことでもしたのか?」

「…それもある。けど、本題はそこじゃないわ」

 

嫌な予感がする。何かが私を浅く、しかし確かに引っ掻く。チリチリと痛む何かを感じ、それでもその先を聞かずにはいられない。

 

「鏡宮幻香。…彼女が、この異変の中心に存在する」

 

…幻香、が?私が知っている限り、既に十人の殺しを行っている。かつては魔法の森に住んでいたそっくりヤロー。素人で、天才で、平然と死にかける。何を考えているのか分かりやすくて、それでいて何を考えているのか分からない。話しやすくて、けれどどこか遠くにいる気がする。本来意思を持たないはずのドッペルゲンガーで、誰かに成り代わって願いを代理で叶える人喰い妖怪。

気付いたら息を飲んでいた。幻香を中心にして、私の頭の中に大量の線が伸びる。幻香に繋がりのあることが次々と浮かび上がる。

 

「昨晩、幻香は仲間を引き連れて紅魔館を占領したわ。そして、紅霧異変を起こした。次に何かすることも仄めかしていたわ。…私は、私の紅魔館を奪還するためにここに来ている。貴女達は、何のためにここに来たのかしら?」

 

そう訊き返され、私は言葉に詰まる。しかし、それは一瞬のこと。答えは、いつもと大して変わらない。

 

「決まってるだろ。そこに異変があるからだ」

「魔理沙に引っ張られてよ。…けど、それでよかったかもしれないわね」

「彼女に打ち勝つために。先へ進むために」

 

答えを聞いたレミリアは呆れたように肩を竦めると、紅魔館を見上げた。

その隣にたたずむ霊夢を見ていると、ふと気になることが浮かんだ。だから、私は迷うことなく霊夢に問いかけた。

 

「ところで霊夢、お前はどうなんだ?」

「…私は、アイツが限界寸前に見えた。曲がり切って、歪み切って、捩じ切れそうに見えた。自分を壊すか、それとも周りを壊すか。そうでもしないといけないところまでいってしまった。…簡単に治せるとは思っていないし、容易く戻せないことも分かってる。だから、私はアイツを止める。まずはそこからよ」

「ああそうかい。なら、やるなら一緒にだ」

 

私だって、幻香に思うところはある。そうなってしまった原因を目の前で見せられた。人間の悪意。暗く濁り、底なしに深い。そんな黒い感情。殺しに来ていた者だからって、殺すのはよくない。

だから、私も止める。前だって私が勝ったんだ。今回だって勝てるさ。

 

 

 

 

 

 

まさか、あの幻香がこの異変を起こしていたとは。なんて幸運、と不謹慎にも思ってしまった。この先にいる。斬るべき相手が、この中にいる。ここまで駆けて来た疲労が一気に吹き飛び、静かな闘気が溢れるのを感じる。しかし、それでも芯は冷えており、酷く落ち着いているのが分かる。ここに来る前の不調が嘘のようだ。

 

「で、何処から侵入する?私としては、パチュリーがどっち側にいるか気になるところだがな」

「パチェは幻香側よ。ただし、私を裏切ったわけでもない。ただ、パチェにとっては私よりも大図書館が大事。…分かってはいるのだけど、ちょっと悔しいわね。それと、侵入はもちろん正面突破よ。隠れてコソコソするなんてするわけないでしょう」

「はいはい。それじゃ、そうしましょうかね」

 

魔理沙とレミリアが会話をしているのは分かったけれど、内容が入ってこない。不要な情報として斬り捨てられているのが分かる。

周りが真っ直ぐと進み始めたのを感じ、私も歩き出す。周りで動いているもの全てが手に取るように分かるような、そんな極度の集中状態。

 

「私が開けますね」

 

紅魔館の扉が開き、ガランとしたところにポツンと一人の少女が立っていた。その少女は私達に気付くと、嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

「いらっしゃーい!紅魔館へようこそー!」

 

瞬間、私の視界は闇に塗り潰された。一筋の光も感じない。しかし、失われた視覚の代わりに周囲の気配を感じ取れる。周りは僅かに動揺しているようで、周りを見渡しているように感じる。

 

「アハッ!見ぃつけたァ!」

「ッ!フラ――ブッ!?」

「お嬢様!?」

 

何者かが頭上から急降下し、レミリアの頭を床に叩き付けた。その強烈な一撃は床を陥没させ、大きく揺らすほどに重い。いつでも抜刀出来るように、刀の柄に手を添える。間合いに侵入されたときは躊躇なく斬り伏せる。

 

「馬鹿、足りてねぇよ!」

「ッ!萃香ァ!」

 

その声が聞こえた瞬間、私も声を張り上げていた。幻香とは違う因縁の相手。もう一人の斬るべき者。しかし、そんな私のことは見向きもせず、誰もいないところに踵を振り下ろす。

 

「なっ!?」

「嘘だろ…?」

 

瞬間、床が崩れ落ちる。当然のように、私達も重力に従って落ちていく。しかし、私はその一瞬前に不安定な足場を蹴り出し、萃香の元へ跳んだ。そして、間合いに入った瞬間に楼観剣を抜き放つ。

 

「惜しかったな」

「くっ!」

 

が、私の居合抜きは人差し指と中指の間にガッチリと挟まれ止められてしまった。少しばかり動かせても、離れることはない。まさか刀を手放すわけにもいかず、そのまま皆と共に落ちていく。

ふと、大量の何かが飛んでくるのを感じた。しかし、それに攻撃の意志は全く感じられず、ただ飛んできているとしか思えない。その内の一つが私に止まり、それが虫であることが伝わってきた。

 

「見つけた!」

「きゃっ!?」

「あそこなんだな、スター!」

「うおっ、冷たッ!」

「そこかっ!」

「ぐッ、貴女は…っ!」

 

そして、何者かが咲夜、魔理沙、美鈴の三人を闇の中から引っ張り出していく。

 

「さ、次はあんただな」

 

そして、私も刀と共に引っ張られてしまう。闇から抜け出し、後ろには黒い球体が広がっているのが見えた。そして、それはみるみるうちに遠ざかっていく。この距離では、あの闇の中の気配はもう感じることが出来ない。

地に足を付けることも出来ずに連れ去られ、一つの部屋の中に投げ飛ばされた。壁に背中から叩き付けられ咳き込んでいる間に、ガタン、と大きな音を立てて部屋の扉が閉まる。

 

「さて、答え合わせといこうか」

 

私は楼観剣を抜き、扉の前に立つ萃香と睨み合った。それは、あのときに私に言った答え合わせなのだろう。私に足りないもの。修行以外の何か。あれからさらなる高みへ進むために、より深く鍛錬を積んだ。それでも、答えが出てくることはなかった。

しかし、もうあの頃の私とは違う。この答えは彼女を斬れば分かる。そんな気がした。

 


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