東方幻影人   作:藍薔薇

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第224話

迷いの竹林から足を引きずるように出る。折られた左腕がズレないように右手で押さえながら、人里へと戻って行く。顔に流れていた血は既に土埃と混じりながら固まり傷も塞がっているが、爆裂する妖力弾によって怪我したところも含めて未だに痛む。動けばさらに痛い。

 

「どっ、どうしてんですか!?その姿は!?」

「…あぁ、すまない。話は後にしてくれないか?」

 

一昔前は生徒だった門番が私の姿を見て驚愕し、目を見開いた。狼狽えているところで悪いが、私はとりあえず中へ入りたい。そう思い、彼の脇へ避けて通ろうとしたが、その前に腕を伸ばされた。

 

「せめて、同行させてください。そんな怪我をしているのに放っておくだなんて、私には出来ません」

「…そうか。家に戻って、軽く治療したい。…手伝ってくれるか?」

「はい、先生。…おい!朝早い時間だが、医者を一人向かわせておいてくれ!」

 

指示を受けた男は、その指示に従って急いでその場を後にした。それにしても、門番達の様子が少しおかしい。何というか、緊張しているように見えるが…。

ゆっくりと痛みに耐えながら歩き続け、ようやく家に到着した。中に入ろうとしたときに、すぐに扉を開けてくれたことに礼を言ってから中へ入り、簡易的医療器具を取り出した。

 

「お手伝いします」

「すまないな。…そういえば、やけに緊張していたように見えたが、何かあったのか?」

「ええ。実は、昨晩先生がいない時間帯を狙ったかのように稗田阿求様が攫われた、との連絡がありまして…」

「そうか。…そのことだが、その者と私は交戦した。が、この様だ」

「そうだったのですか!?」

 

取り出した包帯が手から零れ落ち、コロコロと転がっていく。慌ててしまったのか、固まりのほうではなく端を掴んでしまい、さらに包帯が伸びていく。

…まぁ、実際は交戦なんてしていないのだが。しかし、こういうことにしておけばいいと幻香は言った。そして、そこから先にどのようなことを言えばいいのか私自身も考えたが、幻香はその何倍もの量を途切れることなく私に言い続けた。相手の反応を見てから好きなように選べばいい。ただし、矛盾は出来るだけないように、と。

折れた左腕に添え木を置き、包帯で巻き付けてくれる男に私は何があったことになっているのかを続ける。

 

「悔しいが、軽くあしらわれてしまったよ…。あちらには一つの手傷も負わせることが出来なかった」

「そう、ですか…」

「先に言っておく。…その者を捕らえようなどと考えているなら、止めておけ」

「…ッ!ですがっ!」

「分かっている。阿求も攫われ、何も出来なかった自分が悔しいことも分かる。だがな、勇敢と無謀は違う。言い方は悪いが、お前たちがいくら束になったところで、敵うような相手じゃないんだ」

 

包帯を巻く手を止めて項垂れる男の肩に右手を置き、静かに続ける。

 

「分かってくれ。…阿求一人を救うために、お前達を失うのは辛いんだよ」

「………分かり、ました」

 

絞り出すように続ける言葉を聞いていると、私は罪悪感に苛まされる。何せ、この状況こそが幻香の思い描く状況なのだから。人里から出なければ関係ない人に何かするつもりはない、と言い、その役目を私に任せた。

 

「…その者だが、こう言っていた。『阿求を使って異変を起こす』と。だから、私達は信じて待とう。博麗の巫女が負けることはない」

「ではっ!今すぐ博麗の巫女に…!」

「その前に、お前達には頼みたいことがある。人里の者達を、守ってほしいんだ」

「私が、ですか?」

 

左腕の固定を終え、すくっと立ち上がった男を呼び止める。これでは、まだ少し足りなかったらしい。

 

「ああ、お前達がだ。私はこんな状態だからな。異変が起こるというのなら、外は危険だ。だから、何人たりとも外へ出て行かないように、ちゃんと見張っていてほしい」

「危険、ですか…。そうですよね、分かりました。皆に伝えておきます。ですから、先生はここで休んでいてください」

「…任せたぞ」

 

幻香が思い描く通り、私は敗北者となって人里にいる人間達を押さえる抑止力となった。これで、異変から除外されることとなる。

あとは、彼らがどう思うかだ。これでも、私が人里とでどう見られているかは理解しているつもりだ。そんな私が『成すすべなく敗北した』という結果を見て、彼等が敵討ちしようとしたことを止め、それでも敵討ちをしようと考えたならば、私にはどうしようも出来ない。そして、幻香も容赦はしない。

少し待つと、二人の若い医者が慌ててやって来た。今の私に出来ることは、祈ることだけだ。

 

 

 

 

 

 

ズドン、と何かが落ちる音がした。

未だに眠っている咲夜は私が治り切る頃に目覚める、と運命が告げていたから心配はしていない。しかし、そんな咲夜をここに置いて音のした場所へ行こうとするのは憚れた。

 

「お嬢様、私がここで咲夜さんを守ります」

「…任せたわよ」

 

そんな私に気付いてすぐ、美鈴は咲夜の護衛を買って出た。一瞬考えたが、あと十数分もあれば治り切るだろう体を起こし、指が数本欠けている足を動かす。よっぽどのことがなければ、美鈴は負けることはない。だから、私は咲夜のことを美鈴に任せ、音がした外へと向かった。

 

「…何しに来たのよ」

「来たら何か悪いことでもありましたか?」

 

軽く警戒している霊夢と、いつも通りの幻香がそこにいた。

霊夢は私達が幻香にやられたことを伝えているため、既に知っている。ゆえに、幻香を警戒しているのだろう。それを知って知らでか、幻香は私に気付くと口を開いた。

 

「あ、レミリアさん。こんなところで珍しいですね。…何かあったんですか?」

「…ッ!」

 

どうやら、幻香は白を切るつもりらしい。というよりは、どうとも思っていない、というほうが正しいか?

私は幻香に対して何かをしたかったが、僅かとはいえ万全ではないこの状況に加え、昨夜には一度敗北している身。さらに言えば、運命を視ても見抜けない幻香に何をしたらどうなるか、分かったものではない。よって、今すぐに攻撃してやりたい激情を抑え付け、のちの糧とする。

その幻香は、まぁどうでもいいか、と言いながら持っていた袋に手を突っ込んだ。

 

「ここに来たのは、お賽銭をするためですよ。…ですから、そんな人を殺すような目で私を見ないでくださいよ。ちょっと怖いんですから」

 

そして、霊夢の横を歩いて通ると、賽銭箱に硬貨を投げ付けた。その数、四枚。

 

「わたしはここに四銭を納める。ここにいるかどうかも知らない神様に、わたしの死線を持って行ってもらいましょうか」

「縁起悪いわね。そういうのは、アンタに返ってくるものよ」

「そうなんですか?じゃ、もうちょっと入れますか」

 

そう言うと、追加でまた四枚の硬貨を投げ入れた。その全ての硬貨の中心に小さな穴が開いている。

 

「これで四十四銭。四と四を合わせて幸せだ」

「死合わせにならないといいわね」

「あはは、悪い冗談を。そのくらい、神様を自称するなら融通を利かせてほしいですね。ま、お金を払わないと動かない神様って時点で現金だと思いますが」

「信仰が足りないのよ、信仰が。まぁ、アンタみないなのに差し伸べる手はないでしょうけど」

「ありゃまぁ、これは手厳しい」

 

そう言いながら、袋の中身を賽銭箱にジャラジャラと突っ込んだ。数を数える気にもならない。そして、空になった袋をその場に投げ捨て、さっきいたところまで戻って行く。

 

「さて、無駄金を吐き出したところで本題だ」

 

そう言ったところで、世界が紅く染まった。曇りがちだった空も紅色に塗り替わり、それを見上げた幻香は、小さく笑った。

 

「わたしは異変を起こしました。まずは、人間の健康を害するという紅い霧を。んー…、次は何をしようかなぁ…」

「…どういうつもり?」

「『禍』は『禍』らしく、ってことですよ。なら、博麗の巫女はどうするべきですか?」

 

瞬間、一つの陰陽玉が幻香に向かって飛来した。激しく回転するそれは、私達のような妖怪にとって脅威。私もグングニルを投げ付けてやりたかったが、この指が欠けている手では十分な威力を出せないだろうと考え、悔しいが諦める。

それに対し幻香は避けることなく、無謀にも軌道上に右手を出した。しかし、飛んで来た陰陽玉を平然と掴み取り、掴んでもなお回転し続けるそれを力任せに握り潰した。砕けた陰陽玉の破片が足元に散らばり、しかし幻香はそんなこと一切気にすることなく右手の平を見て顔をしかめている。

 

「痛ってて…。あれ、ただの球じゃなかったのかなぁ?あーあ、咄嗟に壊しちゃったよ」

 

溜め息一つ。そして、大きく伸びをすると、幻香はほんの少しだけ浮かび上がった。

 

「…さてと、これ以上の長居はちょっと面倒になりそうだ。それじゃあね、博麗の巫女」

 

軽く手を振った幻香は、最後に何故か私を見て微笑むと、残像すら残さずにその場から消え去った。

咄嗟に霊夢を見ると、歯を砕かんばかりに噛み締めながら紅い霧の広がる空を見上げていた。

 


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