東方幻影人   作:藍薔薇

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第216話

レーヴァテインの振り下ろし。

視えた軌道から体を外すと、さっきまで私がいた場所にレーヴァテインが通り抜ける。舞い散る火の粉が肌を撫でるが気にならない。この程度なら仮に焼けてもすぐに治るから。

目の前のフランに弾舞を放つが、それをとは別のフランが間に入り、レーヴァテインを盾に防御する。

お互いにずっと決定打がない。私はフランの攻撃を避け、フランは私の攻撃を複数人いることを利用して防御する。基本はその繰り返し。

 

「本当ニ」「厄介だネ」

「今すぐ反省して地下に戻るなら許してあげるわよ」

「ヤだ」「オ断り」

 

水平に真一文字斬り。

素早く後退し、射程距離の外側へ行く。フランが限界まで腕を伸ばし、体を前に傾けて振るうが、それでも私に当たることはない。

私はフランの運命の一瞬先を視ている。私が今まで見てきたフランの全てと、今この瞬間のフランから導き出される運命。遠い未来の(ヴィジョン)ならまだしも、一瞬先を視誤ることはそうそうない。美鈴のように、私が視た運命から避けた動きを見て行動を変更することが出来るような達人なら話は変わるけれど、残念ながらフランにそれはない。

このまま続けても、私が傷付くことは決してない。運命がそう告げている。

 

「いい加減離しなさいッ!」

「これで十七回目。嫌だよ。だって、放っておいたらどうなるか分からない。…これも十七回目だ」

 

そんな時に、二人の乱入者が現れた。片方は紐で拘束されて肩で担がれ、もう片方は呆れたような口調で私とフランのいる部屋に平然と入ってきた。咲夜と幻香であった。

 

「お嬢様!それに、妹様!?」

「ん?何してるんですか、フラン?」

「もう来たの?ちょ、っト早いヨ!」

「…ふぅん。そういうこと。つまり、また破壊衝動が湧き出た、と」

 

一瞬思案顔になりつつフランに歩み寄った幻香は、肩に担いでいた咲夜を乱暴に投げ出すと、フランの額に手を遣った。

 

「落ち着いて」

「むぅ…。はぁーい」

「さ、後は任せてくださいね」

「分かった!」

 

たったそれだけで、さっきまでヒシヒシと感じていた狂気が消え去った。その代わりと言わんばかりに、幻香は私に目を向けた。しかし、その瞳には敵意も害意も殺意もなく、ましてや狂気なんて微塵もない。酷く穏やかで、まるで私を見ながら別の何かを見ているような気さえする。

 

「…フランに何をしたの?」

「さぁ?貴女の大好きな運命を視ればいいだけの話でしょう?」

「答えるつもりはないのね」

「答えなくても分かるんですからね」

 

私の運命は決して万能ではない。遠い未来の運命は意外と容易く覆るし、知らない者の運命は視通せない。数回言葉を交わしてからならまだしも、初めて会った者の運命をすぐに視てもとても正確とは言い難い。久しく会っていない者も改めて視ると変わっていたりする。そして、何より私を中心に視る運命。思いもしないことは視誤る。

確かに、幻香に会ってフランは変わった。ただし、それは全てがいい方向とは言い難い。フランは幻香に強い執着がある。出来ることならば、私はそれを抑えたかった。しかし、今の会話で確信出来た。幻香の一言で、フランは何処までも変わってしまう。それは危険だ。

そして何より、私の大切な従者を雑に扱った。

 

「神槍『スピア・ザ・グングニル』ッ!」

「…あ、そうだ。代わりに咲夜さんが逃げないように見といてください」

 

私が放った真紅の槍は、私と幻香のちょうど間で轟音を立ててお互いに潰し合った。一瞬にして現れた、全く同じ真紅の槍に相殺された。呑気にフランに頼みごとをしながら。

僅かに苛立ちを覚えつつも、私はその場から一気に加速する。余所見している幻香に突撃しながら、一瞬先の運命を視て回避する位置に弾幕を放つ。

運命の通り、幻香は私の弾幕のほうへと避けていき――、

 

「え?――ッ!」

「おー怖っ」

「お嬢――モガッ!」

「ちょっと黙って」

 

そして、私はこめかみに鋭い裏拳を叩き込まれた。軌道を逸らされ、不安定な姿勢となった私は地面をガリガリと削りながらようやく停止した。頭が揺れ、少し気持ちが悪くなってきた。

一瞬、何かに押し出された感覚がしたと思ったら、まるで空間を切り取られたかのように、私は幻香の真横まで進んでいた。そして叩き込まれた。…意味が分からない。

私の放った弾幕で傷付いた様子もない幻香と視線が合った。やはり、その眼は私を見ているようで見ていない。

 

「あー、申し訳ないですが、レミリアさん。貴女にはわたしの礎になっていただきます」

「礎ですって…?このレミリア・スカーレットが貴女なんかの…?」

「はい。一番手頃だったので」

 

あっけらかんと言い放たれたその言葉に、一瞬頭が紅く染まる。今、幻香は、何て、言った?

 

「紅魔『スカーレットデビル』ッ!」

「…うわぁお、目が痛くなるほど真っ紅っ紅だねぇ」

 

宣言と共に膨れ上がる妖力を解放したが、幻香は一瞬にして範囲外へと飛んでいた。そのまま吹き飛ばせると思っていたが、思いの外甘く見ていたらしい。

幻香が地に足を着ける前に急接近し、右腕を突き出す。首を曲げて回避するのが視えたから、その回避した方向へ軌道を修正して放ったのだが、気付いたら幻香は着地しており、髪の毛をいくつか斬り裂いただけとなってしまう。…私の動きが見えているというのかしら?

私の空いた胴体へ左拳。

この状況では避けられるものではない。しかし、打ち出される左手を先に制すればいい。左手から最速の妖力弾を放ち、幻香の左手を貫いた。

 

「ま、こんなもんか」

 

そして、私の右腕が肘の辺りで斬り飛ばされた。切断された部分に焼けるような激痛が走り、再生する気配がないことに動揺する。視界の端に、斬り飛ばされた右腕と共に銀色の細剣が見えた。

 

「追加で二つ」

「グッ…アアァア!?」

 

両肩に異物が貫かれ、血が滲み出る。異物の貫かれた場所が燃え上がるように熱く、吐き気がするほど痛い。両肩から伸びる銀色の細剣。そして、遙か昔に身に覚えのある痛み。

 

「この痛みはまさか…銀!?」

「ええ。原子量108、電子数47」

 

しかし、おかしい。幻香の能力は飽くまで『同じものを創る能力』。私を貫く細剣は見覚えがあるが、柄まで銀ではないし、そもそも銀製ではない。それに、これが飾られている場所はここからかなり遠い場所だ。なのに、何故…?それに、原子量や電子数とは一体…?

動揺している隙に左側から足を払われ、失った右腕の分だけ傾いていた重心に従って地面に倒れてしまう。腕を動かしたくても、僅かでも動かそうとするだけでこれまで以上の激痛が私の身を焼く。そう理解しても、私は左手を地面に立てた。このまま倒れても銀製の細剣が私を焼くならば、こちらのほうがいい。

しかし、無慈悲にもその左手に銀のナイフが貫いた。見覚えのあるナイフだが、やはりこれも柄まで含めて全てが銀一色。

 

「そういえば、ちょっと前に言ってましたよね?四肢をもぎ取ってでも、とか何とか。あれ、まだ許せる気がしないんですよねぇ」

 

そう言いながら、左手を貫くナイフを無造作に捻った。声にならない悲鳴を上げそうになり、寸前で飲み込む。こんなことをしているにもかかわらず、幻香からは何も感じない。それがにわかに信じ難かった。

 

「ハァー…、ハァー…。あ、貴女の能力は、同じものを創る、んじゃ、なかったかしら…?」

「え?…ま、そうでしたね。最近までは複製止まりでしたよ。けど、そこで停滞するなんて有り得ないね。まぁ、つまりだ」

 

フ…、と左手と両肩を貫いていたものが消え去った。その瞬間、私の顎を蹴り上げられ頭が揺れる。空中に投げ出されたことだけは何とか理解出来たが、他に私が今どうなっているのか分からなくなる。

 

「この程度、創造に難くない」

 

全身がのた打ち回るような、地獄の劫火にでも焼かれたような、言葉では言い表せないような激痛が次々と私を貫く。それでも意識を失えない自分が、この時ばかりは恨めしく思えた。

朦朧とする意識の中、私の体から伸びているものの数を数えた。合計十三本。ただ、心臓と頭を貫かれていないのは運がよかったのか、それとも故意的にか。そんな私を貫く銀製の細剣が幻想のように再び消え去ったが、この激痛が現実であることを伝えている。次に、右腕のように切れてしまっている部位はないかと探ってみると、右足首から先と左膝から先がなくなっていた。左手は残っていても、この傷ではまともに動かせない。

動くに動けない私を幻香がさっきの咲夜と同じように肩に担ぐと、独り言のように呟き始めた。

 

「レミリアさん。貴女が手頃なのは、弱点が明白だからですよ。日光、流水、そして銀。どれも手軽なものばかり。だから貴女がどれだけ強くても、対処のしようがある」

 

そう言いながら、涙を流しながら怒り心頭の咲夜を特に気にすることなく反対側の肩に担いだ幻香は、近くにいたフランに話しかけた。

 

「フランはここで待っててください。大丈夫、すぐ戻りますから」

「分かった。それじゃ、またね」

「えぇ、またすぐに」

「貴女はお嬢様に何てことをしているのですかッ!?」

「え?それはもう言ったじゃないですか。占領ですよ、占領」

 

…どうやら、私の紅魔館は幻香に占領されてしまったようである。けれど、このまま放っておくつもりはない。この傷が治り次第、すぐに取り戻す。首を洗って待っていなさい…!

 


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