東方幻影人   作:藍薔薇

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第212話

空を見上げれば、そこには白い真円が浮かんでいた。私は満月を見ていると、どうしても思い出してしまうことがある。蓬莱山輝夜のこと。そして、私の最初で最悪の罪。

 

「…どうかしましたか?」

「いや、何でもないさ」

 

あの日も、こんな空だった。返り血に濡れる私を見下ろしていた。蓬莱の薬を得た私を見下していた。罪を罪と気付かぬまま、私は永遠の時の中に縛られた。…辛いよ。あぁ、辛いさ。この命が終われば、なんて思うときもあった。

けれど、今は違う。共に生きる者がいる。またいつか死が私達を別つ時が来るとしても、思い出として私に残り続ける。それだけで、私は今を生きていける。先へ進める。

 

「さ、行くか」

「えぇ、始めましょうか」

 

迷い家から飛び出していく幻香の後ろを追走する。何て言うか、幻香の普通の飛翔速度はやっぱり遅い。飛翔速度を上げる手段をどうこう言っていた覚えがあったが、結局小細工をして無理矢理加速することにしたらしい。今それをしないのは、少しでも妖力を抑えておきたいからなのかもしれない。

幻香が肩に襷のように掛かっている紐を握りながら飛んでいる先にあるものが嫌でも目に入る。いつ見ても本当に趣味の悪い館だ。どうしたらあんな真っ紅に染めるなんて考えられるんだか。吸血鬼の住む館、紅魔館。

その正門に立っている門番を見下ろし、門の前にゆっくりと降り立った。

 

「おや、こんな時間に珍しいですね。幻香さんに、…確か、妹紅さん、でしたでしょうか?」

「へぇ、覚えてたのか」

「あれは衝撃的でしたから」

 

狐火に仮装して入ろうとしたら止められたことを思い出しているようだ。まあ、今はもうそんなことはどうでもいい。

 

「それで、今日はどんな用で?」

「占領」

 

そう言った瞬間、複製した樹から弾き飛ばされながら門番に急接近し、横から迫る脚を受け止めながら拳を放った。しかし、鈍い音を立てながら受け止められた拳を掴まれたまま、地面に叩き付けられる。地面が陥没するほどの衝撃。ただでは済まないだろう一撃を受け、叩き付けられた者は内側から炸裂した。弾ける妖力弾。噴き出す炎。

私の横にいる幻香は、そんな門番の複製と樹を回収しながら眺めていた。

 

「意外と上手くいくものですね。けど、もうちょっとちゃんと動かせないとなぁ」

「そもそも視点が違うんだからさ。しょうがないんじゃないか?」

「分かってますよ。それじゃ、後はよろしくお願いしますね」

 

幻香が私の肩に手を置きながらそう言うと、身を焼く炎を振り払っている門番の横を堂々と通っていく。そして、門に手を触れた瞬間、バギャアァッ!と爆砕音を放ちながら吹き飛ばした。そして、幻香は私に手を振りながら悠々と門をくぐっていく。

 

「ッ!行かせません!」

「ちょっと待ちな」

 

炎を掻き消せずに身に纏ったまま幻香へ突撃していく門番の肩を思い切り掴み、接近を止めながら門番の体を無理矢理反転させ、空いている胴体に拳を捻じり込む。

 

「グ…ッ!」

「悪いが、お前の相手は私なんだよ」

 

内臓へ抉り込むつもりで放ったのだが、触れた瞬間に分かった。硬い筋肉に阻まれ、受け止められてしまった。これは決め手には程遠い。あの状況で出来る防御でこれでは、本当にそう簡単に終わるものではないらしい。

 

「お前さ、強いんだって?萃香が言ってたからな。少し楽しみだったんだ」

「貴女の相手をしている場合じゃないんですよ…!」

 

跳ね上がる膝を肘で叩き落し、その隙に私の顔に伸びる掌底を首を曲げてすんでのところで避ける。

ここで私に任せられた役目は主に二つ。一つは門番の妨害。紅魔館の中に入れないことで戦力の拡大を防ぎ、幻香の異変の手助けをする。だから、私は炎を纏った拳を振るい、門から離れるように回避するように誘導する。

吹き飛ばされてもう閉じることのない、門としての役目を果たせない門の前に立ち、深い深い呼吸を繰り返し、体の内側から淡く光っているようにも見える門番を見遣る。

 

「ここを通りたければ、私を倒してから行け、って奴だ」

「そうですか。よく分かりましたよッ!」

 

音を置き去りにした一撃を膝と肘で挟み取り、次の攻撃が来る前に背中から炎を噴き出す。不死鳥の翼を模した炎が私を包み始め、それを見て離れようとする門番だが、挟み込んだ手を離すことは決してない。

 

「蓬莱『凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-』オォォッ!」

 

門番を巻き込みながら、私は噴火した。空高く噴き出す炎は、地を燃やし大気を焦がし天を焼き尽くす。月まで届け、不滅の炎。

そして二つ目。開幕の狼煙を上げること。幻想郷の何処にいようと見えるほどに派手でド派手な奴を。…さぁ、異変の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

「…お。おぉー…。始まったみたいだな」

「ふむ、そうか。…私はもう既に覚悟を決めたぞ」

 

迷いの竹林の奥深く。満月を見たことで姿が変わり本来の能力を得た慧音に、竹林の上から煌々と輝く火柱のことを伝えた。まったく、開幕は見れば分かるみたいなことを言っていたから、どうなることやらと思ったが、本当に見ればすぐに分かる。

 

「さて、私の利き腕は右だ。だから、出来ることならそちらが使えなくなるのは避けたい」

「はいはい。幻香も容赦ないなぁ…」

「はは、確かにそうだな」

 

慧音の役目は、人間の里の抑止力になること。それは、人間の里の守護者である慧音がボロボロに負けてしまうことで、他の人間を止めるというもの。敵討ちの懸念もあったが、慧音がそれを止めてしまえば、大抵は収まってしまうものらしい。幻香はそう言ったし、慧音自身もそう言っていた。…まぁ、裏側に隠れて人知れず向かう者もいるのでは、という指摘は、無視して構わないと言っていた。そこから先は自己責任だってさ。

満月の夜にした理由は、これが理由らしい。慧音が確実に人間の里から出る時間。つまり、人知れずに細工が可能な時間。こういう茶番はあまり好みではないが、しょうがない。しかし、その後にやることはもうちょっと楽しめそうだ。

そして、私の役目は慧音を負かすこと。傷付け方は、二人で勝手に決めてほしいと言われてしまった。

 

「とりあえず、血は流したほうがいいかなぁ?」

「そうかもしれないが、私はお前達と違って千切れた腕や脚は治らないからな。そこは注意してくれよ?」

「はいよ。それじゃ、まず一本」

「っ…!」

 

左腕に手刀を入れると、ポキリと乾いた音を立てる。肘と手の間に新しい関節でも出来たかのように折れ曲がっている。しかし、比較的治りやすいように、砕かずに綺麗に折ってやったつもりだ。…まぁ、痛いものは痛いだろうけど。

ズレている骨を出来るだけ元の位置に戻そうとしている慧音は、動かすたびに走る激痛に顔をしかめていた。

 

「…骨が折れるのは、初めてではないが…。やはり慣れんな、これは」

「自力で戻るために脚は出来るだけそのままにするか?」

「いや、構わん。最悪飛んででも這ってでも戻る」

「そうかい。それじゃ、間を取って傷付けるくらいにしておこうか」

 

両手に妖力弾を浮かばせ、慧音に投げ付ける。咄嗟に折れているにもかかわらず左腕で顔を庇いながら被弾すると、そこで妖力弾が爆裂する。吹き飛ばすような威力にしなかったからか、被弾した箇所の服が破れ、そこから見える皮膚から多少血が流れる程度だった。

 

「こんなもんでいいか?」

「…いや、最後に一つ。頭に少し傷を付けてくれないか?」

「は?何で?」

「目立つからだよ。一目見て分かる外傷というのは、それだけで大きな抑止力に成り得る」

「…どんな感じにするか」

 

今でも十分に傷付いていると思う慧音の顔に近付き、髪をかき上げて額を見る。そして、髪の生え際に一指し指を当てる。…ここでいいか?

 

「よし、ここに傷付けるからな」

「ふむ、ちょうどよく眼のあたりに流れそうだ。一思いに裂いてくれ」

「はいよ」

 

親指の爪を当て、ほんの少し突き刺す。滲み出る血を確認してから、追加で横に切れ込みを加えた。溢れ出る血はそのまま慧音の右眼のあたりを赤く染めていく。…これ、ちょっと多くないか…?

 

「大丈夫だ。頭の出血量は比較的多い。これが普通だ」

「そういうもんなのか?今まで気にしたことなかったからな…」

「…さて、私は少しここで土を付けてから戻ることにする」

 

そう言うと、慧音は地面に横になった。うねるように動きながら体に土を付け、ふと思い出したかのように私を見て言った。

 

「後は任せた。…それと、幻香に言っておいてくれ。『こっちは任せろ』とな」

「しっかり伝えとく。…それと、悪かった」

「気にすることはない。私が選んだ道だ」

 

周囲にさっきと同じ妖力弾をばら撒き、いかにも戦っていました風な感じに仕立てる。そして、土煙を被った慧音を見遣り、私は言った。

 

「それじゃ、行ってくる」

「ああ、行ってこい」

 


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