さて、レミリアさんの部屋の前に到着した。場所は、何処からともなく現れた咲夜さんに聞いた。必要な時に現れてくれる咲夜さんは本当にありがたい。
とりあえず、扉を叩く。
「んー?誰ー?」
幼い少女特有の高い声で、気の抜けた返事が返ってきた。
「呼ばれてきました、鏡宮幻香です」
「ふーん、入っていいよー」
そう言われたので、扉を押す。この扉は軽かったので、簡単に開いた。
中に入ると、凄く高級そうな椅子にふんぞり返って座っているだらけきった少女がいた。青みがかった銀髪に薄い桃色のナイトキャップを被り、髪の毛の間から真紅の瞳が見える。帽子と同じ色で襟にレースがついた服を着ている。そして、正面からでも見えるほど大きな羽根が背中にあるようだ。
多分、この人がレミリア・スカーレットだろう。しかし、こんな顔してていいの…?これじゃあ、咲夜さんのほうがしっかりしてるよ。
「その辺に座ってて」
「あっはい」
促されたまま机の向かいにある椅子に座る。何で呼ばれたんだろう?やっぱり、フランさんとのスペルカード戦かな?
そんなことを考えていたら、さっきまでの表情とは全く違う、真剣な顔つきで口を開いた。
「まず、貴女に礼を言うわ。ありがとう」
「え?」
突然頭を下げられた。わたし、礼を言われるようなことをした覚えないんですけど…。
「あの子が『外に出たい』なんて私に言ってきたのは貴女が原因でしょう?」
「あの子…?あー、フランさんのことですか?違いますよ。その礼は霧雨さんに言うべきです」
「ふふ、そうかしら?『おねーさんと一緒に遊びたい』とか『約束したから』とか言ってたわよ?」
「確かに遊ぼうと約束しましたけれど、外に出ようとしたのはフランさんの意思です」
あの時のわたしは紅魔館を迷った結果、不幸にもフランさんに会ってしまい、生きて出るためにスペルカードルールを教えただけだ。礼を言われるようなことでもない。全部、自分のためだったのだから。
「それに、あの子の破壊衝動がかなり収まっている。そう感じたわ」
「はあ…」
確かに、あの部屋はそこら中に壊れたものがあったし、出会い頭に右腕爆発させられたけれど、昨日会ったときはそんなことしなかった。まあ、スペルカード戦で死にかけたけれど。だけど、破壊衝動の原因はあんな狭苦しいところに隔離した貴女なのでは…?
まあ、そんなこと面と向かって言うわけにはいかない。目の前にいるのは慧音曰く、最強格の生物、吸血鬼なのだから。機嫌を損ねそうなことは言いにくい。
そんなことを考えていたら、突然レミリアさんが天井を見つめながら口を開いた。
「雨が降っていて博麗神社から帰れなかったから、魔理沙にあの子の様子を見に行くように頼んだのだけれど、見送った後でしまったと思った。あの子は初めて見る
一息。
「だけど、結果は違った。魔理沙はほぼ無傷で帰ってきた。そして、スペルカード戦をして遊んだと言った。なかなか激しいスペルカードを使ってきたとも。すぐにおかしいと思ったわ。だって、あの子はスペルカードルールなんて知らないはずだし、スペルカードなんて持っていないはずだもの。それを聞いてすぐに紅魔館へ戻ったわ」
さらに一息。
「そのままあの子の部屋に行ってあの子に会った。まず、驚いたわ。あれ程あった破壊騒動をほとんど感じなかったから。そのことは置いておいて、どうしてスペルカードルールを知っているのかって聞いた。そうしたら、こう言われたわ。『おねーさんが新しい遊びを教えてくれた』って。あの子の姉は私だけれど、私は教えていない。つまり、誰かがここに来たとすぐに分かった。だから、誰に教えてもらったか聞いた」
レミリアさんが天井からわたしに視点を変えた。その眼はさっきよりもかなり鋭い。ていうか、怖い。
「そうしたら、言われたわ。『幻香おねーさん』って。貴女でしょう?」
「はい、そうですね…」
「ここまで言われて分からない?あの子が外に出ようと思い始めた訳は貴女に会ったからよ。破壊衝動も収まっていたから、紅魔館内の外出許可を出した。正直言えば、あと五百年くらい入れておかないと収まることはないと思っていたわ。だけど、貴女に会ったことで、早く出すことが出来た」
「……そうみたいですね。わたしがスペルカードルールを教えたから、みたいですね…」
つまり、わたしがスペルカードルールを教えていなかったら霧雨さんは死んでいたかもしれない。そして、フランさんの破壊衝動はそのままだったかもしれなかったということらしい。
それでも、偶然だ。自分が生き延びるためにやったことだ。礼を言われるのは少し違う気がする。
「それでも、それは偶然の産物ですよ。わたしは教えたくて教えた訳じゃないですから」
「それでもよ。魔理沙は死ななかった。あの子の危険性が減った。あの子が外に出ようと考えた。これらは、貴女の言う偶然がもたらしたものよ」
「それでも――」
「この私、レミリア・スカーレットがわざわざ礼を言っているのよ?黙って受け取りなさい」
「あっはい分かりましたー」
滅茶苦茶怖かった……。何あの威圧感。
「あ、あのー『まず』ってことは、何か他にあるってことですか?」
「ええ、そうね。貴女とあの子のスペルカード戦、観させてもらったわ」
それはパチュリーも言ってた。『面白い子』とも言っていたと思う。吸血鬼の目に留まるほどのスペルカード戦だったかな?
「貴女のスペルカードはとっても不思議だもの。例えば――」
瞬間、レミリアさんが右腕を上げ、その手に真紅の槍を握る。わたしは咄嗟にその槍を複製し右手に握り、椅子を蹴飛ばしながら左側へ跳ぶ。そして、左手にもう一本同じように複製し、地面に刺して移動を無理矢理止める。いつでも投げられるように、右腕に力を軽く入れて、体を捻る。さあ、いつ来る…?
すると、レミリアさんは右腕を下した。
「ふふふ、そこまで過剰に反応しなくてもいいじゃない」
「……わたし、まだ死にたくないんです」
「あっそう。まあ、私は貴女のその『同じものを創る能力』にとても興味があるの。あの時、大樹を創って投げ飛ばしたし、あの子のレーヴァテインも炎ごと創った。それに弾幕、つまり妖力みたいな曖昧なものまで。貴女がどこまで出来るのか」
興味を持たれても困る。使ってみると分かるけれど、この能力は不便だ。せめて、一度見たものくらいいつでも創れればいいのに…。
そんなことを考えていたら、突然レミリアさんが溶けるようにいなくなった。と、思ったら首筋にヒヤリとした何かが触れた。驚いて、目だけを動かして辺りを見渡すと、左後ろに左手を私の首に伸ばしたレミリアさんがいた。背筋が凍る。わたしの生命はレミリアさんの左手に握られてしまった。
「最後に、私のお願いを聞いてほしいんだけど」
「……脅迫の間違いじゃないですか?さっき言ったと思うんですがわたし、まだ死にたくないんですよ」
「そんなのはどうでもいいわ。……これからも、あの子と仲良くしてくれる?」
「…………どういう事です?」
「あの子の破壊衝動は、貴女に会うことで抑えられた。だから、これからもあの子と仲良くし続けて欲しいと言っているの。そうすれば、あの子の破壊衝動はなくなるのではないかと踏んでいるのよ」
「…とりあえず、わたしなんかでいいのなら。そんなことでなくなるとは思えませんけど」
「今はそれでもいい。……話はそれだけよ。もう、帰っていいわ」
そう言うと、首から手を離し、またどこかへ消えてしまった。とりあえず、両手の槍を回収してから部屋を出る。これからもフランさんと仲良く…ね。わざわざ