東方幻影人   作:藍薔薇

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第201話

「ぐぅ…っ!あぁー、痛い…」

 

さっきまでの決闘の無理が祟ったのか、全身が軋むように痛い。あと、心臓のあった場所が張り裂けそうなほどだし、右腕に複製が繋がっている肩の継ぎ目は引き千切れそうだ。あのときは痛みをほとんど除外していたから感じなかったけれど、今になってその分の痛みが浮かび上がる。…まあ、実際に心臓は貫かれて裂けたし、右腕は弾けて千切れたからしょうがないけど。

問題はこの心臓の複製だ。今でこそ問題なく動いているけれど、危険がいくつもある。まず、ちゃんと血管を繋げたとは思うけれど、もしどこかに欠陥があったらいつか倒れてしまうだろう。次は、心拍数が自然と変わらないということ。突然駆け出したときに心拍数が変わらなかったら、運動能力は著しく低下する。だからといって、いつも早いのはそれはそれでよくない。最後は、心臓の複製が体内にあること。複製を体内に取り込むと、自然と妖力として回収されてしまう。今は意識的に回収しないように留めているからいいけれど、今寝てしまったらどうなる?回収されることは決してない、何て楽観的に考えることはとてもではないが出来ない。つまり、わたしが寝てしまう前にどうにかしないといけないわけだ。

 

「…ま、永遠亭にでも行けばいいかなぁ?」

 

右腕を生やすような薬を投与出来るくらいだから、心臓を生み出す薬くらいあるだろう。あれだって元から有する再生能力を促進するという薬らしいのだから、心臓だっていける気がする。問題は、その再生能力が心臓にも適応されるかどうかである。

しかし、迷いの竹林は人間の里を挟んだ向こう側にある。人間の里ですら遠いのに、迷いの竹林の中にある永遠亭はもっと遠い。むしろ、ここからよりもあの鈴蘭畑からのほうが近かった気がする。けれど、そんなことを考えても仕方ない。面倒くさいけれど、大きく迂回して行かないといけないなぁ…。

 

「ふぅむ…。後回しでいいや」

 

生死に大きく関わるというのに後回しに出来るあたり、遂にわたしもおかしくなってきたらしい。そういうことを頭で考えても改めないあたりが特に。

せっかく創った命を捨てることを平然と選択出来ることに、わたしは何とも思わなかった。何て言ったらいいんだろう。この程度で死んじゃうならその程度だったんだなー、って感じ?…ちょっと違うな。うーむ、言い表すのが難しい。

とは言っても、他に行きたいところがあるわけでもない。家に帰ってもやることがあるわけではないし、この絶不調では誰かと遊ぼうとも思えない。ただこの未開の地を知っておきたいだけなのだ。だからといって、その全てを知るために練り歩くのはすぐには終わらない。他に行く予定がないなら、やっぱり永遠亭に行ったほうがいいかなぁ…?

 

「…はぁ。…行くか。やること他にないし」

 

さっきまで後回しにしようと考えていたことをまとめて投げ捨て、詰め息を吐きながら迷いの竹林のほうを向く。とりあえず、真っ直ぐ進みますか。ある程度の距離を離して人間の里を迂回すればいい。飛んで行けば楽なのかもしれないけれど、今のわたしに飛んで行く気力はない。だから、地道に歩いて行きましょうかね。

それにしても、月の都から幻想郷に帰ってからまだ短いのに散々だなぁ…。鈴蘭を刈り取ろうとしたから、半分くらいは自業自得とはいえ、メディスンちゃんの毒に侵されちゃって体は動かし辛くなって気持ち悪くなって…。そして、その次はわたしの妖力量と『禍』の名から目を付けてきた風見幽香との決闘による心臓と右腕の喪失である。いいことなんて、月の都から幻想郷へ無事に帰って来れたことと、萃香に髪の毛を黒を抜いてもらったことくらいじゃないか?…何だろう。少し悲しくなってきた。

 

「ん?」

 

そんなことを考えながらゆっくりと歩いていると、視線を感じた。周りを見渡すけれど、それらしい影は見当たらない。上には小鳥の群れが飛んでいて、後ろの枝には鴉が留まっているけれど、視線を感じた方向ではないと思う。

ふと思い付いたのは、妖怪の山にいたあの超視力の白い人。あの人なら、もしかしたらここにいるわたしが見えているのかもしれない。けれど、妖怪の山にいるである彼女では方向が違う。

 

「…考えても仕方ない、かな。うん」

 

考えるにしても今のわたしにはちょっと見当も付かない。それに、さっき感じた視線はもう感じない。なら、視線を感じたということだけ少しの間頭に入れておけばいい。関係あれば何かが起こる。関係ないなら何も起こらない。それだけ。

そう考えることで、少しだけ気持ちに余裕が出来た。ちょっとした警戒も含めて周囲を見渡していると、自然と花が目に入る。四季折々の花々が咲いているのだが、わたしはシロツメクサの白い花が特に印象に残った。葉を乾燥させて煎じて飲めば風邪、解毒、鎮静効果、止血作用などが期待出来る。多分、その中に解毒があるから印象に残ったのだと思う。そこら中にたくさん生えているから、というのもあるだろうけど。

そういえば、さっきまで月の都に潜入していたわたしを永琳さんは診察してくれるだろうか?『地上の結界』とかいう無茶苦茶なもので月の使者を追い返していたとはいえ、恐らく元は月の民。うどんげさんは特に。そんな月の都に対して色々やって来たわたしを追い払わないだろうか、とちょっとだけ心配になってきた。…きっと大丈夫だよね?

 

「ん?……は?え?な、何で…?」

 

そんなしょうもないことを考えていたら、人間の里から大人数の男性がこちら側に集団で駆けて来るのが見えた。ちょっと待て。何で出て来た?

 

「…ちっ!」

 

とりあえず、彼らが駆けて来る直線上から離れるように走り出す。淡い期待を抱きながら横目で確認すると、それに合わせて彼らも動き出した。当然、わたしに向かって来ている。

 

「もしかして、こんな白昼堂々とわたしにかかって来ているのかな…?」

 

疑問形で呟いているが、それ以外の答えが出て来ない。出そうと思えば出るだろうけれど、無理矢理出した誤魔化しのように感じるだろう。

 

「見つけたぞ!本当だ!」

「て、手負いの…っ、わ、『禍』っ!」

「はぁ、本当に出たよ…」

 

かかってこい、と言ったのはわたしだし、あの新聞には『叩きのめす』と書かれているのだ。そう考えると、逃げるわけにはいかないよな、と思った。だから、彼らから離れるのは止めて、その場で待っていた。

うぅむ、前より全体的に若いな。歳は二十から三十程度がほとんどではないだろうか?たった一人だけど十に満たないくらいの男の子もいる。ざっと全員を見渡し、どこかしら体の部位を捧げている人がいないかを探すが、誰もそのような奴はいなかった。まあ、五感や寿命のように目に見えないものを捧げることだって出来るから安心は出来ないけれど。

全員を見終えたところで、一番前にいる男性が後ろにいる男共に向けて声を張り上げた。

 

「皆!出来るぞ!俺達なら出来る!『禍』からの脅威を取り除ける!」

「おお!そうだ!俺達なら出来る!」

「こんなぼろ雑巾みたいなんだ!ちょろいもんさ!」

「父ちゃんの敵なんだ…。やるって決めたんだ!」

 

たった一人の男の一声で、一気に活気付いていく。ふぅん、そっか。あれが今回の頭か。見事に全員をまとめ上げている。その数は前より少ない五十四人。けれど、あの時の爺さんと比べて、全体の士気が高い。一人一人がやる気に満ち満ちている。それこそ、最後の一人になろうとやってやる、といった雰囲気だ。

そんなことを感じながら、わたしは男共に問いだした。

 

「で、何の用ですか?」

「『禍』。お前を殺しに来た!」

「あっそ。けど、殺すってことは、逆に殺される覚悟だってしてありますよねぇ?」

「そんなものは必要ない!俺達は誰も死なない!」

 

何を馬鹿なことを言っているんだ?人は簡単に死ぬ。今日は死なないと思っているし、明日も死なないと思っていたとしても、人は死ぬのだ。事故で事件で病気で寿命で災害で死ぬ。斬られても折られても貫かれても壊されても砕かれても潰されても焼かれても溺れても死ぬ。

 

「…ふーん。じゃ、来いよ。そのつまらない目的を糧にさ」

 

…あぁ、本当に散々だ。

 


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