「勝ったけど勝った気がしないー!」
フランさんは地団太を踏んで悔しがっている。ちょっ!綺麗に整えられている地面が陥没してる!
けれど、そう言われても仕方ない。フランさんのスペルカードの禁忌「レーヴァテイン」は被弾、というより被斬したら死んじゃいそうだし、禁忌「フォーオブアカインド」もあの弾幕の弾自体の威力が相当高かったと思う。複製するときに使った妖力量が相当多かったし。下手に被弾したら、体が千切れちゃったり抉れちゃったりしそうだったし。
「今度やるときは完封してやるんだからねー!」
顔を真っ赤にして興奮しているフランさんが私にビシィ!と指差して宣言した。やめてください下手したら死んじゃいます。わたしにとって右腕爆破の原因である彼女はちょっとした
しかし、断るのも悪い。そもそもスペルカード戦を教えたのはわたしなのだから。責任は、ちゃんと取らなきゃいけない。
「そうですね、いつか暇があったら…」
ここは当たり障りのない曖昧な返事でその場を紛らわすしかなかった。
後ろの方から僅かに音が聞こえてきたので振り向いてみると、ルナちゃんが慌てて近づいてきていた。
「だっ、大丈夫ですか?」
「一応ねー」
本当は精神的に大丈夫じゃないけれど、無駄に心配させたくない。
「ほら、話たがってた吸血鬼がいるんだから、ゆっくり話してくれば?…フランさん、この子、夜の妖怪である吸血鬼に興味があるそうなので。あとはよろしくお願いします」
「うん、何話せばいいか分かんないけどいいよ」
「それでは。…ルナちゃん、一人で部屋に戻れる?」
「はいっ!大丈夫です!」
それならよかった。わたしは早く休みたい。だから、とっとと大図書館に戻りたいのだ。そしてあのフカフカの布団で横になりたい。
大図書館に戻ってすぐに布団に横になった。そして、目覚めた。夢なんて見なかった。というより、時間が吹き飛んだのではないか?と疑ったほどだ。ふと、近くにあった時計を見てみると、六時を指している。どうやらちゃんと眠っていたらしい。にわかに信じがたい。
横にいたパチュリーさんは、いつもの椅子に座って読書をしていた。
「おはようございます…」
「おはよう、幻香」
もそもそと布団から這い出る。顔を洗おうと思ったけれど、面倒だからいいや。それよりも朝食を食べたい。何かないかな?
「朝食ってありますか?」
「今はないわ。あと一時間くらいしたら来ると思う」
一時間…。仕方ない、創った本でも読んでようかな。二回三回と読み重ねても損はないだろうからね。
◆
うん、やっぱり読み直して正解だった。スープを作る際には乾燥昆布と乾燥茸を一緒に入れると旨味の相乗効果なるものが起こって美味しくなるらしい。他にも、白菜なんかと肉も相性がいいとか。昆布は里に売っていると思いたい。
「朝食来たわよ。食べたいなら早く来なさい」
そんなことを考えていたら、もう一時間たったらしい。細部まで読み込めば意外と時間は過ぎていくものらしい。
本を閉じて、パチュリーの元へ行くと、そこには焦げ目の付いた黄色いパンに黄金色のソースがかかったものが置かれていた。香ばしい香りと甘い香りが鼻腔をくすぐる。うん、美味しそう。
「いただきます」
「そういえば、いつここを出ていく予定なの?」
横に添えられているナイフとフォークを使ってパンを切る。うわ、柔らかい。何かに浸したのかな?
「そうですねー、午後になって昼食を食べたら帰ろうかなーと」
「そう。そういえば、レミィがあなたに興味を持っていたわよ。ちょっと会いに行ってみたら?」
「はい?私みたいな産まれたてほやほやの妖怪なんかに興味を?冗談でしょう?」
これでも幻想郷に生誕してから十年くらいしか経ってない。妖怪は年を重ねるほど強いものだと慧音が言っていた。そんな弱小妖怪に何の用があるというのだろう。
ちょうどいい大きさに切ってから口に含む。この味は、卵と牛乳かな?黄金色のソースは、かなり甘い。けれど、砂糖とは違う甘味だ。何だろ、これ。
「フランとのスペルカード戦を観たって言ってたわ。面白い娘だとも言ってたわよ」
「
「そう、それならレミィも喜ぶわ。多分。…あと、口にものを入れながら話さないで。分かりづらいし」
「んっく、はーい」
これってなんて料理なんだろう?まあ、普段パンなんて食べてないから作ることはないだろうけど。
「フランとのスペルカード戦はどうだったの?レミィは教えてくれなかったのよ。貴女から聞いた方がいいって言って」
「あー、わたしの負けですよ。スペルカード三回使い切って」
「そう、残念だったわね」
「いやー、あんなデカい剣振り回してきて危なかったですよー」
あれは今思い出しても、少し手が震える。死にかけるのはもうコリゴリだ。…ん?わたしが死にかけるのって、フランさんが原因ばっかなような…?
「それはどう対処したの?」
「それは同じものが咄嗟に創れたから防御に徹して何とか」
「そう。あれも創れるのね、貴女」
そう言えば、フランさんにも同じようなこと言われたなあ。確か『へぇ?これも出せるなんて驚いたよ』だっけ。まあ、自分の持っているものと同じようなものが突然出てきたら驚くよね。
「私も創れて驚いてますよー。パチュリーは、わたしのスペルカード戦を聞いて面白いですか?」
「ええ、知らないことだらけでとても興味があるわ。貴女の能力はちょっと特殊な部類に入ると思うし。あと、勝負事は思い返して良いところと悪いところをまとめることも重要よ。今後の教訓にもなると思うわ」
「ほう、相手がヤバそうなもの取り出したら同じもの創って対処すればいい、と」
「すべてそうとは限らないけれど、一つの対処法と思ったほうがいいわ」
たしかに、自分には扱えなさそうなもの――凄く重そうなものとか凄く大きくて持てなさそうなものとか――を複製しても意味はなさそうだ。そんなことをするなら逃げたほうがよさそう。
「そういえば、被弾回数は?」
「それは、わたしは零でフランさんが一です。フランさんのスペルカードはどれもこれも危なっかしいものばかりで…」
まあ、二つしか見てないけれどね。禁忌「レーヴァテイン」は見るからにヤバいけれど、もう一つの禁忌「フォーオブアカインド」は弾幕の威力さえ抑えられれば危険度は減るだろう。そのへんはフランさん次第だ。
「一度も被弾してないの?それは良かったじゃない。あの魔理沙はスペルカード被弾共に十回のルールでやったらしいけれど、八回被弾したらしいわよ」
「まあ、わたしは勝負を投げた感じですし、比較にならないような気もしますがね…」
そんなことを話している間に、朝食は綺麗に食べ終わってしまった。うーん、昼食もこれが出てきたらいいのに。
「ごちそう様です。このパン、とっても美味しかったです」
「そう。料理人にその言葉をちゃんと伝えておくわ。きっと喜んでくれる」
「あの、本と布団を持って帰りたいんですがどうすればいいですか?」
複製した『サバイバルin魔法の森』と『主婦のお供に!これでアナタも一流料理人!』とフカフカの布団一式のことだ。
「前にも言ったと思うけれど、妖精メイドに頼んだわ。既に待機しているから、あそこにいる子に渡せばいいわ」
そう言って大図書館出入り口の扉の横に立っている妖精メイドさんを指差した。え、あの子一人で布団持てるの?結構小さい子に見えるんだけど…。
まあ、いっか。きっと手伝ってくれる人が出てくるだろう。
「そうですか。ありがとパチュリー」
「礼には及ばないわ」
さて、複製された布団を畳んで、その上に本を二冊置いてから持ち上げようとするが、凄く重い。五分以上持ち続けたくない重さだ。
妖精メイドさんに頼んだら「では、玄関でお待ちしていますね」と言って持って行ってしまった。凄く重そうに顔を真っ赤にしながらフラフラと持って行ったので、少し心配になった。