東方幻影人   作:藍薔薇

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第199話

この決闘は、いくら考えてもわたしの勝利の糸口はない。風見幽香の勝利は確定しているし、それによってわたしの敗北は確定している。なら、わたしはどう敗北すればいいか。そう考えを変えればいい。そして、その答えは既に出ている。生きて敗北する。それが必要だ。しかし、どうすればいいのかはまだ分からない。

風見幽香が振るった日傘から大量の弾幕が現れ、わたしに向かって飛来する。相当早い。が、対処出来ないものではない。妖力弾の間をすり抜けて接近、と思ったときに一つ一つの妖力弾が僅かに動いたのを感じた。

 

「鏡符『幽体離脱・滅』ッ!」

 

何かが起こるなら、起こる前に消し飛ばせ。わたしに染み付いた思考が自分の周りに見える弾幕を打ち消し、そのまま開けた空間を駆け抜ける。チラリと打ち消せなかった妖力弾に目を遣ると、妖力弾は大輪の花のように美しく花開いていた。…消せてよかった。

一見優しそうな微笑を浮かべているが、その内側に渦巻くものを全く隠せていない。少し前に見た侮蔑の視線に加え、失せることのない圧倒的威圧感。しかし、ここで体を竦ませるなんてしてはいけない。走る痛みを意識的に除外し、今の自分が最高の状態であると思い込む。言い聞かせる。そうでもしないと、この体が止まってしまう気がしたから。

日傘の先端に僅かに光が収束し、そこから光が放たれた。左足を地面に打ちつけて軸足にし、旋回して回避すると同時に右足で回し蹴りを放とうとする動きをする。しかし、この距離では届かない。わたしの脚から衝撃波が飛ぶなんてことはない。

 

「ラァッ!」

 

だから、わたしは近付いた。軸足から妖力を流し、空間把握。広大な大地から一本の棒状のものを思い浮かべ切り取り、わたしに重ねて複製する。瞬く間に射程圏内へ潜り込む。わたしを弾き飛ばしてすぐに棒状の土は崩れたのを感じ、残念ながら回収とはいかなかった。

右足を振り抜く手前で靴の過剰妖力を噴出し、通常ではあり得ない加速を生み出す。しかし、そんなわたしの初撃は右腕で容易く防御されてしまった。

 

「ちっ」

「…ふぅん?」

 

簡単に当たるとは思っていなかったけれど、やっぱり当てれないのはちょっと悔しい。内側のモヤッと残るものを吐き出すように舌打ちしつつ跳び退る。そんなわたしの見た風見幽香は、その笑みを僅かに深めた。そしてさらに一段威圧感が重くなる。…やっぱり小手調べで手加減してたんだね。分かってたけど。

両腕をブラリと降ろし、全身から無駄な力を抜いていく。必要以上に力んで動きが固まってしまわないように。

 

「――アグッ!?」

 

しかし、そんなわたしを嘲笑うかのように容易く接近を許し、日傘の先端で鳩尾を刺突された。けれど、ただで突かれるわけにはいかない。鳩尾に潜り込む一瞬前に日傘を掴み、勢いを僅かでも殺す。普段なら感じるはずの鋭い痛みはやけに鈍く感じ、それでも息が詰まる衝撃。

けれど、勢いを殺すためだけに掴んだわけじゃない。その衝撃を受け止めず、服の過剰妖力の噴出も追加して、掴んだ手を軸に円運動をして上へ回る。そして、手を離して糸の切れた振り子のように跳び上がる。

急速に妖力が充填されて薄紫色の淡く光る右腕。空中で右腕を引き絞り、わたしを見上げる風見幽香へと開放する。

 

「模倣『マスタースパーク』ッ!」

 

右腕から放たれた膨大な妖力は、確かに風見幽香へと飛んで行った。しかし、その場で撃ち続けて返り討ちにされたくないので、放っている妖力の推進力に乗って離れていく。

ある程度離れて右腕に充填された妖力を撃ち切った。もうもうと漂う土煙に目を遣り、その中に人影があることを確認する。ま、知ってたけど。

中の人影が腕を横に一閃すると、宙を舞っていた土煙が吹き飛んだ。そして現れたのは無傷の風見幽香。わたしがマスタースパークを放っていた方向に日傘を差して佇んでいた。

さっきの何倍も離れているわたしと風見幽香の距離。わたしがどう攻めるべきか考えあぐねていると、ゆっくりと一歩ずつ近付きながら弾幕を放っていく。隙間なんて碌になく、わたしが避けようとしてもすり抜けれないほどの圧倒的密度。わたしの顔の真横を過ぎ去った妖力弾はわたしの遥か後方で爆音を放ち、大きく大地を抉っている。

 

「だぁーっ!やるしかないっ!」

 

『幻』展開。六十個全てを打消弾用にしたが、いつもの小さな妖力弾では打ち消せずに掻き消されてしまう。そんなことは分かり切っている。だから、『幻』から放つ妖力弾の威力を最大まで上げて、迫り来る殺意の塊を迎え撃つ。

それでも一発では打ち消せず、二発目を当ててようやく一つ打ち消せる。しかも、威力を上げたことで妖力弾を放つ間隔が長くなってしまっている。だから、今見える弾幕からどれを消すべきか選択し、わたし自身が被弾しないための最低限の空間を作り出す。

 

「ッ!まずっ!」

 

弾幕の向こう側に風見幽香がチラリと見えた。その距離は、既に接近戦の間合いの二歩程度手前。弾幕に意識を向けて必死に対応していたわたしにとってには、致命的な失敗。このままでは呆気なく終わってしまう。

弾幕の陰に隠れて引き絞られた右腕。一歩大きく踏み出し、二歩分の一気に詰め寄った風見幽香は、そのまま無防備なわたしへ拳を振り下ろす。

 

「…あら?」

「はぁ…、はぁ…。間に合った…」

 

鏡符「二重存在」。空間把握をして妖力を流し時間も、創造するために形を考える時間もなく、咄嗟に複製出来るものは目の前にいる風見幽香しかいなかった。お互いの拳をぶつけ合い、わたしが創った風見幽香の複製(にんぎょう)の右腕を丸ごと吹き飛ばした。けれど、いくら柔い複製でもその速度と威力は削がれ、何とか往なすことに成功した。

しかし、飽くまで何とか、だ。受け流す際に使った右腕からはミシリ…、とあまり聞こえてはいけない音がした。関節が増えたようには見えないし、手のほうがブラリと垂れ下がっていないから、完全に折れているわけではないだろう。けれど、罅くらいは入っている気がする。次にこの腕を使って同じようなことをしたら、完全に折れてしまうのではないかと思ってしまう。

 

「ふっ!」

 

目の前にある複製を蹴飛ばして距離を取りつつ、即座に炸裂させる。こんな攻撃が効くなんて全く思っていない。一瞬でいいから動きが止まってくれたらそれでいい。

残念なことにそんな淡い願いは叶えられることはなく、すぐに風見幽香は突撃してきた。打ち出される拳を横へ跳んで回避し、薙ぎ払われる日傘を後方宙返りで避ける。足の指先ギリギリを日傘が掠めた気がするが、血が舞っている様子はない。わたしが接近戦の間合いから離れると、あの弾幕を放ってくる。『幻』打ち消し、その間に詰め寄られてまた必殺の打撃が飛んでくる。

ただ、手加減はされているんだろうなぁ、とは思う。何せ、蹴りが飛んでこない。四肢の半分を使ってこない。それだけで、わたしが対応するべき種類が狭まっている。

 

「避けてるばかりだと終わらないわよ?」

 

大きく歪んだにもかかわらず、何処か美しさの感じる獰猛な笑み。ウロチョロと飛び回る蠅か、駆け回る鼠でも見ているような目。そこから放たれる殺意。

わたしだって、このままでは駄目だと思っている。けれど、どうにも策が思い付かない。どれだけ道を外れても、どれだけ掟を破り捨てようと、どれだけ禁忌に触れようと、全く意味を成さない。風見幽香の前では、わたしの考える策は全てがひとまとめに蹂躙され、例外なく塵と化していく。…これが、幻想郷最強。

…あぁ、お手上げだ。…本当に、どうすればいいんだろう?わたしは、生きていられるだろうか?

 


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